第25話「幸せ」






 病院に向けてミーナを背負いながら走るヨクトと少年。

「はぁっ……はぁっ……大丈夫だぞ……すぐ着くからな!」

 無我夢中で走っていると、後ろの方で啜り泣く少年の音が聞こえてくる。

「ごめん……僕がすぐに逃げ出してれば……。」

「……お前のせいじゃねぇよ。泣くな。余計な体力使っちまう。…それに…。」

 ヨクトは歯をくいしばる。

「……俺は……何やってんだよ……」


 ヨクトが自責の念にかられていると、彼におぶさられたミーナがか細い声で彼に話しかける。

「……ヨクトくん」

「あ……すまん!どっか苦しいか⁈」

「違うの……このまま聞いて」

 ミーナは苦しそうにしながらゆっくりと口を開く。


「あのね……ほんとはね、昨日私がカナちゃんの相談を受けてたんだ」

「は……はぁ? なんだってこんな時にそんな……」

「ヨクトくん、『葬人』目指してたんだよね? カナちゃんと一緒に」

 ヨクトは彼女の独白を聞いて目を見張る。彼は何も言葉を発することができない。

「あの子、ああ見えて結構不器用でしょ? だからね、昨日あんな言い方しちゃってたけどね……ほんとはあの子……」

「もういい‼︎」

 ヨクトはミーナの話を遮る。ミーナは無視して最後まで言い切る。


「……一緒に、夢を叶えようって……」


 ヨクトが立ち止まる。少年が不思議に思い、彼に呼びかける。

「どうしたの⁈ 早くしないと……」

 その時、向かっていた先から物凄い速さで救急車がやって来る。ヨクト達を迎えに来たのだろう。

 救急車が止まり、後部の扉が開く。中から現れたのはアリエッタだった。


「……ちょっと、ミーナどうしたの⁈」

「早く病院まで頼む‼︎ こいつも‼︎」


 ヨクトはミーナをアリエッタに託し、少年を持ち上げて救急車に乗せる。

 しかし、彼自身は車内に入らず、その場に立ち尽くして何やら考え込んでいる。


「何してんの⁈ 早くあんたも乗りなさいよ!」


 ヨクトは、静かに口を開いた。


「……アリエッタ……ごめん!」



 そう謝ると、ヨクトは後ろを振り向いて広場へと走って行ってしまった。

 アリエッタは訳がわからないと言いたげな表情をしている。


「え⁈ ちょ……ちょっと……あぁ……」

 アリエッタが錯乱してると、サリアが顔を出して聞いてくる。


「アリエッタ!! そろそろ行かなきゃ!……あれ、ヨクトは?」

「知らんわッ! もう、どうにでもなれぇーッ‼︎」



***


 

 アガスティア頭部に位置する、葬人東部支部にて。

 方舟停留所のゲートが開き、方舟が一隻帰還する。

 船内から、アップバングと顎髭が特徴の男性と、白銀の長髪の男性が降りて来る。


「なんだか随分久しぶりな感じがするなぁ。隊員全員に辞められて以来なんじゃないか?」

「あんたの接し方が悪いんじゃねぇの?」

「何を言うか、アレは深く情熱的なコミュニケーションのための……」


 すると、支部の職員の一人が大慌てで駆けつけて来て、二人を呼びかける。

「エヴァン隊長‼︎よかった……本当にちょうどいいところで‼︎」

「どうしたんだ?そんなに慌てて。」

「広場で……事件です‼︎赤黒い化け物が……どうか救援を‼︎」


 『赤黒い化け物』その言葉を聞いて、エヴァンとアルジャーノは目を見張った。




***

 

 東部貧民街近くの路地裏にて。

 まだ幼き頃のヨクトの周りに、同い年くらいの数人の男がたむろしている。

 ヨクトの真正面に立っているのは、同じく幼い頃のグレイブだ。


「……あ?なんだよ。俺が何したってんだよ。」

「とぼけんじゃねぇよ……テメェまた俺のことジロジロ睨んでたろ。」

「誰かテメェのツラなんか……知ってっか?それ『自意識過剰』って言うんだぜ?」

「あぁ?もっとわかりやすい言葉使えよ。」

「『被害者気取りのナルシスト』ってことだよバァーカ。」

 グレイブはどんどん顔を赤らめていく。

「……ててててててててんめぇえええええ‼︎」

 思いっきりヨクトを殴りつけるグレイブ。周りの奴らがヨクトを一斉に押さえつけて、グレイブがボコボコにしだす。


 すると、離れた場所から誰かが駆けつけてくる。グレイブがそれに気づいて振り向くと、走って来た人物はすでに飛び蹴りの体制に入っていて、グレイブの顔面に炸裂した。


 勢いよく吹っ飛んで地面に叩きつけられるグレイブ。華麗に着地しのは、カナだ。


 青ざめるグレイブの取り巻きの男たち。よく見ると、彼らは幼き頃のレジスタンスのメンバーだ。

「お前ら……何やってんだ?」

 何も言わずに、冷徹な目で男たちを睨みつけるカナ。男たちは叫び声をあげながら一目散に逃げていく。

「っでッ‼︎ あでッ‼︎」

 無我夢中で逃げ出す彼らに、地面に倒れているヨクトはなんども踏みつけられる。


 カナは、ヨクトに近寄って声をかける。

「……またやられっぱなしだなお前は……いい加減一勝くらいできないのか?」

「オメェと一緒にすんじゃねぇ‼︎」



 状況が落ち着き、貧民街のベンチに隣り合って座る二人。

「……とにかく、下手な喧嘩は辞めろ。見つかったら、評価に響くぞ。」

「チッ……なんだよ、俺が悪いってか⁈ あいつらがふっかけてくんだぞいっつも‼︎」

「あと、言葉遣いと態度! 素行が悪いから余計に悪い印象与えるんだ!」

「親かお前は! ……って俺、親いねぇけど……」

 ヨクトは、自分で言った途端に虚しさを覚える。悲しそうな目で、うつむき出すヨクト。カナはそれに気づくが、何も言えない。


「……父上と母上、まだ見つからないのか?」

 ヨクトはため息を吐く。

「任務中に『突然の行方不明』って、どこで何ほっつき歩いてんだかな。おかげで息子は貧民街に追いやられ、今日も除け者扱いだよ」

「二人がいなくて、さみしいか?」

「べっつにぃー。それに、そもそもあんまり記憶にねぇ」

 ヨクトは少し黙ってから、こう続ける。

「……けど、二人がすげぇ人だったってのは、ばあちゃんから聞いてる」

 ヨクトは、カナの方へパッと向き直って、興奮気味で語り出す。


「第七部隊のヤシロ隊長夫妻って、破天荒ですげぇ有名だったらしいぜ! 白の隊服真っ黒に染め直して、悪目立ちするくせになんでも完璧にやってのけたって! おまけにつえぇ上にみんなに優しかったってんだ!」

 カナは目を丸くして彼の話を聞いている。


「親父もお袋も不必要な殺しはしなかったんだ。被害が大きくなる前に場を鎮圧して、収容所に送り込んだ奴らから徹底的に動機を洗い出して、紛争を未然に発生させないように最後まで尽くした……この時代で、人を生かそうとしたんだ! そんなんイかれてんだろ!」

 ヨクトが嬉しそうな表情で話していると、カナが割って入ってヨクトに言う。


「お前も、そうなるんだろ?」


 カナは子を見守る母のような愛おしそうな表情でヨクトに言う。

 ヨクトは、ハッと我に帰って、急に顔を真っ赤にしながらベンチに座りなおす。

「……悪り……」

 顔を真っ赤にして俯くヨクトを見て、カナは優しく微笑んだ。


 少年は夢を語っていた。その目は、穢れなきまま、希望の光に満ちていた。

 そのままで、そのままでいて欲しかった。子供のような笑い声を、ずっと聞かせて欲しかったんだ。


 少女は、思い出す。気恥ずかしい夢を語り合ったあの日々を。



***



 広場の建物の壁に、カナはもたれかかって座り込んでいる。

 肩、脇腹、腕など各部位に棘が突き刺さり、壁に標本のようにされている状態だ。


「……なんで今こんなこと……」

 彼女はなぜか急に昔の事を思い出してしまっていた、走馬灯でもあるまいのに。

 向こうからグレイブがズンズンと大きな足音を立てて、ゆっくりと近づいてくる。


「(不味いな……身動きが取れない……このまま嬲り殺しか?切っても切ってもあの物体は生成される……クソ……もう本体を直接叩き斬るしか……)」


 ここまできて、カナはようやく最適解へとたどり着く。いや、もしかしたら、辿り着きたくなかった彼女の本心が思考にブロックをかけていたのかもしれない。



 −−−−最初から、そうしておけば−−−−



 しかし、彼女はまだ理想を折らない。

「(……いや、安易な方法に走るな。幸いこの場にはもう住民は一人もいない。だとしたら、とことんあいつで試して見ればいい!)」


 その時、カナは聞き覚えのある声を聞く。声の主はヨクトだ。カナは驚いて彼を見上げる。

「カナ!」

 ヨクトはカナの惨状をみて苦い表情をする。

「お前⁈ どうして……二人は⁈」

「もう預けた!……お前、『再生機能』は⁈」

「へ? あぁ、施術は済んであるが……」

「……すこぉし我慢しとけよ……うらァあっ‼︎」

「ちょ……ちょっと待って!……あ……うあぁあああああ゛‼︎」

 カナの腕の棘を抜くヨクト。カナは痛みで大きな叫び声をあげる。

「……クッソぉおおお‼︎」

 ひたい青筋を立てやけくそになりながら、空いた腕で肩に刺さった棘を抜く。最後にヨクトが足の棘を抜く。

 彼女をお姫様抱っこの状態で抱えて、その場から走って逃げ出す。


「その傷すぐ治るんだよな⁈ 死なねぇよな⁈」

 さすがに罪悪感を感じている様子のヨクト。

「治るけどっ!……お前最低だぁッ‼︎」

 涙目でヨクトを叱咤するカナ。

「仕方ねぇだろ⁈ 抜かなきゃもっとひでぇことになってた‼︎」

「4本も刺さってたんだぞ⁈ 女の体くらい丁寧に扱え‼︎」

「この状況で女出してんじゃねぇっつのぉッ‼︎」


 再び棘の嵐が飛んでくる。カナを抱えたヨクトはギリギリそれをかわす。

「うぉッ!……っぶねぇなちくしょおッ‼︎」

 走ってる途中、隠れるのに最適そうな建物を見つけるヨクト。

「……しめた……! おぉーい! こっちだぁー!」

 建物の中に入り、グレイブを中へ誘導する。

 グレイブが建物の中に入ると、そこには誰もいない。ヨクト達はすでに別の部屋に移動している。



 グレイブは、何を思ったのかまた悲痛な叫びをあげた。



 部屋の窓から少しだけ顔を出してグレイブの様子を伺うヨクト。彼はこちらに気づいていなく、建物の中をうろうろしている。


「……っし……少しは時間が稼げそうだ……」

 カナの方を振り返り、怪我の具合を確かめるヨクト。

「怪我、どうだ? まだきつそうか?」

 そう聞かれたカナは、まだいじけているのか不貞腐れている様子。

「……別に……もう治ったけど」

「あぁもう、俺が悪かったっての……わかってくれよ……」

 再び窓から顔を覗くヨクト。グレイブはまだこちらに気づかない。

「……にしても、この状態もいつまで続くかわかったもんじゃねぇぞ。早くあいつをなんとかする方法見つけねぇと」

 思い出したかのようにハッとして、少し小声でヨクトに言いつけるカナ。

「……っというより! なんでお前わざわざ戻ってきたんだ! 来たって足手まといなるだけだ!」

「はぁあ⁈ やられそうになってたくせに何言ってんだ⁈」

「私は大丈夫に決まってるだろ‼︎」

「お前の『大丈夫』はなんか不安なんだよ‼︎」


 そんな小競り合いをしてると、二人の頭上の窓ガラスが割れて、棘が何本もヨクト達と向かい合わせになっている壁に突き刺さる。

 二人は、冷や汗をかいてそれを見つめる。

「……ば……バレたか?」

 割れた窓から少しだけ顔を出すと、グレイブが眼に映る。しかし、何か様子が変だ。


 グレイブは、その場でうな垂れるようにうずくまっている。そして、耳をすますと、何やらブツブツと何かを呟く声が聞こえる。


 ヨクトはそれを聞き取ろうと注意深く耳をすます。

「(あいつ……一体、何言ってんだ?)」

 注意していると、かすかにグレイブの言葉が聞こえてくる。

「……ワセ……イ……セニ……リタイ……」

「(……なんだ⁈……聞こえね……)」

 そのあと、はっきり聞こえた言葉に、ヨクトは目を丸くする。



−−−−幸せに、なりたい−−−−



 グレイブを見たままで、静止するヨクト。グレイブは依然として、うずくまったままだ。


「……お前、なんであいつらに付き合ったんだ?」


 カナはヨクトの心を見透かしている。ヨクトは少し黙った後、こう言い返す。


「……なんでだろう……俺……多分あいつのこと……」




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