第9話「発症」

 ーーエリオットの目の前に、信じられない光景が広がっていた。いや、信じたくないと言った方が正しいだろうか。


 まず、おびただしい量の血痕。見るだけで吐き気を催しそうだ。

 そして、並べられた大量の数の死体と肉片。左側には殺処分してしまった構成員達。そこから離れて、負傷した住民達が集められていて、葬人の支援班が怪我の治療にあたっている。

 何よりエリオットの心を痛めつけたのは、右側に並べられた街の住民たちの死体だ。


「被害者の数、今までで一番じゃないか、だって」


 ミーナが申し訳なさそうな表情でカナに言う。無力感にかられているのだろう。

 アルジャーノは、次々と新しい死体を運んできて並べるのに忙しそうだ。非常に淡々と作業している。


 今回の襲撃に関しては、相手が悪かった。

 単純な真っ正面からの攻撃ではなく、長期にわたり綿密に練られた作戦によって、街の内部から徹底的にしてやられたのだ。


「ジズ……カテリーナ……ラムダ……アルガスおじさん」

 並べられた死体の内、良く知る人物が何人もいたそうだ。エリオットの表情はみるみる絶望的なものになっていき、その声は力なく震えている。



 カナから離れたミーナは、負傷者が集められている場所へと向かっていく。

 片腕にひどい怪我を負った小さな子供を見かける。その子は母親と思わしき女性に抱かれているが、表情はひどく辛そうだ。


 ミーナは少年に近づいていく。

「……あの……」

 母親と子供は、ビクッと体を強張らせて、ガタガタと小さく震えている。おそらく、戦闘時にもいた二人なのだろうと、ミーナは理解する。


「私、もともと支援班なんです。だから……足の怪我、良くできるかも……」

 膝をついて、子供の足に触れようとした時だった。



「お姉ちゃんは人間なの?」



 それを聞いたミーナは目を丸くする。


「人に羽なんて生えないよね? あれ、どうやって……」


 すると、母親らしき女性が、恐ろしく怯えた表情で、大声をあげて謝り出した。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 悪気はないんです!! まだ子供なんです!! 私があとできっちり教育しますので、どうか……どうか!!」


 思い切り息子の頬を平手で打つ。怒鳴り散らしているが、冷静さを失っているようで、何と言って叱ってるかも良くわからない。

 子供は、今までに見たこともない形相で怒鳴りつけてくる母親を見て、流れていた涙すらも止まって、ひどく怯えた様子で母親を見つめている。


 全て悟ったミーナは、何も言わずに後ろを向き、二人の元を離れた。カナに呼び止めらようとするが、ミーナはどこかに行こうとする。

 いたたまれなくなったカナは、彼女を優しく抱き寄せて頭を撫でる。ミーナはとうとう堪えきれなくなって声をあげずに泣き出した。


「……ザマァねぇな嬢ちゃん……」


 構成員の生き残りがまとめて拘束されている場所から、ミーナたちに向けて声をかけたのは、ミーナの羽によって両足を切断され、身動きする術を無くしたマルコだった。

 幹部であることが明白であった為に、殺されないまま捉えられていたらしい。その掠れた声から、すでに満身創痍である事がわかる。


 抱き合っているミーナとカナは彼の方へ視線を向ける。マルコは、苦しそうに咳を交えながら発言を続ける。


「……そんなわけわかんねぇ体になってまで救った連中から『人外』認定かい。同情するぜ」

「……何が言いたいんですか……あなたは……」


 足を切断されながらも、ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべながら話しかけてくるマルコに、カナの腕に抱かれていたミーナは、怯えた目で睨みつける。


「おぉっと! こちとら気ぃ使ってやってんだ。も少しラフに行こうぜ。俺もあんたの仲間だからよ」

 マルコは、わざとらしくニヤけた表情で空を見上げながら語り出す。その目は、ひどく無気力に満ちていて、全てを投げ出す覚悟の決まった者の目だ。


「おいお前。少し黙れ」

 カナはマルコに目を向けずに言う。

「なぁあんたら。学のねぇ俺に教えてくれよ。『人間』ってどっから『人間』だ?」

 妙に凄みのあるマルコに、周囲の目が集中し、静まり返る。

「…ッ! 守るべきものはなかったのか?!」

 カナがそう言い返した時、アルジャーノが構成員の死体からゴソゴソと何かを探し始めた。

「そいつがあればぬくぬくと生きていられたかい?」

「……」 

 カナは黙って何も答えない。

「悪りぃな。大人がわからねぇことガキに聞く方がナンセンスだった」


 マルコは妙にやり遂げた表情で擬似太陽の方を見つめる。


「あーあ。最ッ高な天気だ。お天道様は今日も呑気に輝いてやがるぜ」


 そう語った直後、静まり返っていた中心街で、一発分の銃声がか細い悲鳴をねじ伏せるかのように大きな音を立てて響いた。先ほどまで饒舌に語っていた眼鏡の男は勢いよく倒れる。


 横に立っているのは、先ほど構成員の死体から銃を拝借したアルジャーノだった。

彼はそのまま、何も言わずに自分の仕事を再開しだした。


 その一部始終を見ていたカナの表情は、曇っていて見えなかった。


 ヨクトは、死体の川の前で膝をついているエリオットを見かけ、声をかける。

「遺体は全部こっちで引き取らせてもらう。肉も、骨も、もしかしたら『魂』なんてのも、ナノレベルで分解されてあの太陽の光になって俺たちに恵みをもたらしてくれんだ」

 ヨクトはエリオットの方を向かないまま、彼のそばで語り続ける。

「墓の下で燻ってるよか浮かばれんじゃねェのかな。……知らねぇけどさ」

 エリオットは放心状態のまま、目の前の動かなくなった仲間達を凝視している。

「『死の灰』を消し去るのは俺たちの役目だ。お前が気に病む事は何もねぇよ。……強いて言えばもう少しだけ耐え続けてくれりゃあ……」


「いツまデだ?」


 エリオットがヨクトの言葉を遮る。その声は、所々ダブって聞こえて気色悪く聞こえる。



「いつまデ。こんナァ。ア゛ッ」


「……おい。なんか変だぞお前」


「おレたチ。どうしテ」



 「しっかりしろ」と、ヨクトの呼びかけにも答えず、エリオットの様子はみるみるおかしくなっていく。

 違和感が確信に変わる。ヨクトは『それ』について、よく知っている。彼は急いで大声をあげた。



「逃げろ!! 『発症』した!!」



 その瞬間、エリオットの全身から赤黒い物質が大量に生成されて、彼の体を瞬時に纏った。


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