第8話「氷解」

 ーー外に出た頃には、ヨクトの怪我はほとんど治っていた。走るのにも問題ないようなので、足を負傷したエリオットをヨクトがおぶさって、3人は中心街へと向かっていた。

 全区域、敵による占領状態からは解放したと聞いていたので、エリオットは先ほどよりいくらか気が緩んでいた。


「にしてもよぉ……あんたほんとすごかったな。昨日の俺、やられ損じゃねぇか」

 それを聞いてカナは誇らしげに語り出す。

「まぁな! 私の成績は入隊からの期間内で言ったら、歴代トップクラスだ」

「……さすが『稀代の天才様』は一味違うようで」

 話を聞いていたヨクトが、面白くなさそうに嫌味ったらしく割り込んでくる。あからさまに悪意を含んだ発言だ。

 それを聞いたカナは、ムッとしたのち、何か思いついたのか悪人のような笑みを浮かべてエリオットに囁く。

「……ちなみに、こいつは『ドベ』だ」

 それを聞いてエリオットは驚愕の表情を浮かべる。

「てててて、てんめぇえッ!! 任務終わったら絶対覚えてろよ!! カナ!!」

 ヨクトは顔を真っ赤にして憤慨している。相当恥ずかしかったらしい。カナはニヤニヤと笑って聞き流している。


 しかし、エリオットは彼をバカにしたくて驚いたわけじゃなかった。

「は、はぁ?! あれでドベ?! ありえねぇだろ!!」

 二人にとって、予想外の発言だったらしい。ヨクトは、怒りで顔を真っ赤にしていたのに、今度は何やら別の理由で顔を赤らめているように見える。一方カナは、面白くなさそうな顔…をすると思いきやなぜか嬉しそうな顔をしていた。


 エリオットは、彼が何を考えているかもわからないでいる。

 すると、口を開いたのは嬉しそうに笑うカナだった。


「照れてんだよ、こいつ」


 まだヨクトは何も言わない。エリオットはヨクトの心境を悟って、何故かこっちまで恥ずかしくなって笑ってしまった。カナもクスクスと笑っている。

「……はははっ……」



 同年代で、こんな平和なやりとりとするのは、エリオットにとっては久しぶりのことだった。

 暖かい感情が彼の心を満たしかけていた。エリオットは安心してヨクトの背中に身を沈めようとした。



 しかし、エリオットは、彼らが葬人であることを思い出し、条件反射でさっと身を引いた。その緊張感が、二人にも伝わってしまったらしい。


「あ……その……」

 エリオットの心境は複雑なものになっていた。

 口だけで何もしてくれない。期待させるだけ期待させておいて、結局大した仕事もしてくれないので、彼らは結局自分達の力だけで血の滲むような努力を重ねて街を守ってきたのだ。



 彼らが決して悪意の塊のような存在じゃないのはなんとなくわかった。

 今回もこうして、助けに来てくれた。だがしかし、彼の脳裏に焼きついたアガスティアへの先入観と嫌悪感は、そう簡単には消えない。


 複雑な顔をしているエリオットを見て、カナは先ほどまでの嬉しそうな表情とは打って変わって、初めて会った時のような気の張った表情で前を向きなおす。エリオットは、少し申し訳なくなる。


 しばしの間沈黙が流れる中、口を開いたのは、羞恥心のせいで黙っていたはずのヨクトだった。

「エリオット!」

 急に強い口調で呼ばれて、エリオットは驚き、返事をする。

「……な、なんだ?!」

 ヨクトが返した言葉は、至極シンプルなものだった。


「もうちょっとだけ、付き合っててくれ」


 全てを察したかのようなヨクトの言葉に、エリオットの心の中で何かが変化した。

エリオットは、力が抜けたように、ヨクトの背中に体を預けていた。







 ーー今回の任務が始まる前、どこかの司令室のような場所でカナ達が作戦会議をしている。

 取り仕切っているのは短髪の大柄な男だ。


「今回の我々の任務は通常の監査及び都市警護に加えて、彼の護衛だ」

 カナ達の部隊の隊長と思しき男性が説明するには、昨今立て続けに起きているアガスティア周辺都市への直接的な攻撃は、よく観察すると規則性のようなものが見られて、次の標的となりそうな都市の予測が、いくつか建てられたのである。

 その警告を前もって市長に伝えたところ、いわゆる慢性的な家出状態であるエリオットの安否を案じた市長が、直々に依頼したとのことであった。


「……それはわかるんだけどよ……」

 任務内容を確認するカナたちは、指令文の中にある一文がどうしても気になっている。

「『要人に決して接触してはならない』とは…なぜでしょうか? 非効率的だと思うのですが」


 隊長は、少し困った表情をして答える。


「それに関してだがな……なんでも彼は大のアンチアガスティアだそうで、接触してしまっては仕事にならない可能性が大きいらしいんだ」


「はぁ??」


「残念だが、我々は彼ら(地上の人々)からあまりよく思われていない。組織全体の都合上、周辺都市への我々の対応に、どうしても偏りや不備が出てしまうからだ。業務怠慢と思われているのだよ」


「そんな!」

 カナは悲しそうな表情で反応する。ヨクトは複雑そうな表情で俯いている。


「慢性的な人手不足、そもそものアガスティアの人口の少なさから、全てに平等で質の高い仕事を割り振ることは難しいんだ。よって今回のような不条理は、常々つきまとうものだと心得てくれ」

 隊長は締め括った。


 作戦会議後、目的地へ到着まで談笑しているカナとヨクトとミーナ。

「……一応、身分を隠した上での接触は大丈夫と言われたが…現実問題難しいだろうな」

「さすがの天才様もお手上げとなったら、俺らじゃどうにもなんねーっての」

 嫌味くさいヨクトの尻に、額に青筋を立てたカナの蹴りが炸裂する。ヨクトは『うっ!』と変な声をあげて、痛みのせいかその場に座り込む。


「要人のエリオット君って、私たちとあんまり年変わらないよね。できれば……心、開いてくれたらいいのにね」

ミーナが少し悲しげな表情で言うと、カナが彼女を励ますように答える。

「……大丈夫さ、きっと。いざという時は、心から真摯に向き合えば、きっとわかってくれるはずだ」

 蹴りの痛みで涙目のヨクトもそれに便乗する。

「俺たちが弱気じゃ、なんも始まらねぇだろ?」

 ミーナは安心したのか、嬉しそうな表情で答える。

「……そうだよね。しっかり仕事して、誤解を少しでも解ければ、わかってくれるよね」



 3人は、エリオットが自分達を簡単には受け入れないことを知っていた。だから最初は、彼から少し離れたところで、彼が知らない状態で護衛についていた。いざ接触してしまった時は、彼の複雑な心と真っ正面から向き合う覚悟もしていた。



 そう、していたはずだった。

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