第7話「慈悲」
ーーエリオットが幽閉されていた廃倉庫の中を、激しい銃声の嵐が鳴り響いている。
「どこだ?! どこに行った?! 早く見つけ出せ!!」
「し……しかし……!!」
先刻、ヨクトを押さえつけていた構成員達を一瞬にして吹き飛ばしたカナはそのままヨクトとエリオットを拾い上げ、二階の一室に避難していた。
「……ってて。もうちょい優しく運んでくれや……」
「バカ言うなよこの状況で」
エリオットは、気づいたらものすごい速さで移動していたことに、訳が分からず混乱している。
「……お、おい……今、何が起こって……」
「説明は後だ。先に奴らを片してくる」
そう言うと、カナは両手を開き、そこにどこからともなく真っ白の粒子が集まり、先ほど振るっていた極太の双剣のような武器が姿を表す。エリオットはその超常現象をみてさらに頭を悩ます。
「あーそれ! わっけワカンねぇーッ!」
混乱するエリオットを無視して、カナは扉に向かい、再び戦地に戻ろうとする。しかし、扉を開けようとする手をピタッと止めて、何かを思い出したかのように振り返り、ヨクトに強く言いつける。
「血迷っても戻ってくるなよ! そんな状態じゃ完全に回復するのも時間がかかる。足手まといだからな! あ・し・で・ま・と・い!」
それを聞いたヨクトは逆鱗に触れたのかカナに反抗する。
「るせえ! わざわざ強調すんじゃねぇ……よっ?!」
言葉が詰まったのは、エリオットが後ろから急いで口を塞いだからだ。
「ばっかやろ! 奴らにここが気づかれたらどうすんだ!!」
冷や汗をかきながら止めにかかるエリオットを見て、ヨクトは渋々黙る。エリオットは、安堵のため息をついて、それを見たカナはニヤニヤしながらヨクトに言う。
「おまけに要人の方が一枚上手ときた」
ヨクトは鬱陶しそうな顔をして、カナに言い返す。
「あぁもうわかったよ! とっとと行ってこい! どうせお前なら5分もかかんねーだろ!」
カナは再び扉へと向かっていき、扉を開ける前にこう言った。
「3分もいらないね」
不敵に笑った彼女はそのまま行ってしまった。
ヨクトは『大して変わんねぇよ』と悪態づいている。
エリオットは、ただ呆気に取られながらそれを見ていた。
ーー扉を開けて、鉄格子の二階通路から下を見下ろすカナ。
構成員達は、おびえた様子で銃を向けながらあちこち見回している。どこに天使達が潜んでいるかわからないからか、余計に動けないらしい。
カナは彼らの数を数え、その位置を指でなぞりながら、何かを見極めている。
「……1、2、3、4……ふむ」
彼女の頭の中での計算がすんだと同時に、構成員の一人がカナを発見する。
「い……いた!! うてェッ!!」
恐怖で声が裏返りながら号令をかけ、鉛玉の雨がカナを襲う。カナは二階通路の手すりを飛び越えて、一階へと落下しながら、それを避ける。
突然飛び降りたことで、不意を突かれた構成員達は、彼女に照準を合わせるのにわずかなラグを生じさせてしまう。
着地したカナは、そのまま足に力を入れて、思い切り地面を蹴り上げる。すると、すでにカナは何人かの構成員達が集っている『ひと塊り』を超えた先に移動しており、通過点にいる構成員達は宙を舞っていた。
宙を舞っていた構成員達が地面に叩き落とされる。痙攣したまま起き上がらない彼らを見て、生き残った構成員達の表情が段々と恐怖の色を帯びていく。
カナは、超速で移動した反動で、片足を地面に滑らせ大きな摩擦音を立てながら減速している。
浮いていたもう片方の足を強く踏みつけ、第2撃が始まる。
カナが二階で見極めていたのは、構成員達が密集しているブロックと、それを自身の速さを用いて最低限の労力で攻略する為のルートだった。
次々とブロックを突破していくカナ。その度に、構成員達が吹き飛び宙を舞う。
そしてカナが通った後に、光速で駆け抜けた際に生じた床が焼き焦げた跡と、彼女の持つ双剣の赤黒い光の残像が見える。
最後に残った鷹の眼のボスの背後に一瞬にして現れたカナは、すでに空中で剣を振りかぶっている。
構成員のボスはその一瞬の気配に振り返る暇もなく、気づいた時には天井を見上げていた。
ーー先程、廃倉庫二階の部屋からカナが出て行った後のこと。
カナに散々コケにされたせいか、やけに不機嫌な顔をしたヨクトにエリオットは恐る恐る疑問を投げかける。
「……な、なぁ」
ヨクトはふてぶてしく答える。
「あ? なんだ?」
「えと……なんつうか……あんたの体どうなってんだ?」
ヨクトはそれを聞いて少し体を揺らす。エリオットはまずいことを聞いたのかと不安を覚える。
「あんたらが良く聞く『お空の超技術』ってやつの一つだよ」
エリオットは、良く見るとさっきよりヨクトの体の損傷が回復していることに気づく。あれだけ蜂の巣にされていたはずなのに、だ。
「……不老不死ってやつか?」
「んや。俺らにもちゃんと『最期』はある」
それを聞いてなぜかエリオットはホッとした。
「にしてもすげぇな。さっきの傷、もうだいぶ回復してきてんじゃねぇか。なんかちょっとズリィ……」
思わず本音が出てしまっていて、エリオットはとっさに口を手で隠す。しかし、ヨクトは気にもとめずこう答える。
「……ただでさえ少人数の俺らが、簡単にやられちまったら元も子もねぇだろ?」
彼の言葉を聞いてエリオットはハッとする。
『こいつらはやる気が無いんじゃなくて人手が足りないだけなのかもしれない』と。
「それに、なんもいい事だけじゃないぜ? いくら痛覚遮断が可能とはいえ、多少の痛みは感じるからな」
ニヤッと皮肉めいて笑う彼の発言を聞いて、エリオットは青ざめる。それじゃあ先ほどの鉛玉の極刑は、どれほどの苦痛だったのだろう?
彼女も、カナもそうなのだろうか?何度攻撃を食らっても、死ねない体で毎日戦って…
「終わった」
そんなふうに考え始めた瞬間に、扉が開いて、彼女は傷一つ無いまま颯爽と戻ってきた。
彼女の言ったとおり、その間3分くらいだろう。
「はやッ!!」
あまりの驚きに、エリオットは思わずツッコミのように反応してしまった。
ーーー倒れている構成員達を、縛り上げているカナ。
エリオットが、彼女に倒された構成員たちに一切出血が見られないと気づくのは、そう時間がかからなかった。
「……生きてんのか?」
「ああ。私の神器のおかげだ」
構成員たちを鎖で縛っていたカナの頭をヨクトが叩く。
「ったぁー! 何すん?!」
涙目で後ろを振り返るカナ。ヨクトは青筋を立てて怒っている。
「お前はそうやすやすと俺らの秘密を喋るな!」
「隠してたってしょうがないだろ!! 別に隊則違反でもないのに!」
「隊則に無くてもやめといた方がいいことくらいわかんだろ!!」
兄妹喧嘩のような二人の小競り合いにもいつのまにか見慣れていたエリオットは、ギャアギャアと言い合う二人を気にせず、カナに疑問を投げかける。
「なんで殺さねぇんだ?」
そう言うと、カナは妙なラグを置いたのち、背を向けながらこう答える。
「……捕まえたやつらから背後関係が暴き出せるかもしれないだろ? 犯行動機からテロリスト達の心理の研究にも繋がるし、犯行の手口がわかれば今後の対策にもつながる。……無闇にただ殺処分ってのは……少し短絡的だ。」
その時のカナの言葉は、どことなく心がこもってないような気がした。嘘はついていないのはわかるのだが、なんというか社交辞令のようなそれと同じものを感じた。
「不服か?」
「あ、いや別に。っていうかむしろ……もうこりごりかも」
「そうか。珍しいやつだな」
ヨクトは頭を片手でクシャクシャとかいたのち、気絶いている構成員の前にしゃがみこむ。
「あーあ。あんたらよ、長生きしちまったな」
拘束が硬く、目が覚めても抜け出せないことを確認したのち、3人は廃倉庫を後にした。
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