第6話「殲滅」


 時は少し遡り、中心街が占領された後の事だ。


 昨晩、グラハムが作った酒を楽しんでいた少女が、おそらくこの上ないくらい危険地帯となったはずの中心街の入り口に立っている。

 グラハムは見覚えのある少女に向かって、思わず大声をあげる。

「嬢ちゃん! 何をしてる!! 早く逃げろ!!」

 許可がないものは喋るな、との命令を破ったグラハムを、とっさにマルコが蹴り飛ばす。

「勝手に喋んなっつってんだろうが! こんの老いぼれがッ!!」

 マルコが小型銃を取り出し、グラハムの眉間に突きつけたその時、構成員の一人が異変に気付く。


「……た、隊長! あ、ありゃあなんですか?!」

 構成員の震えた声に、異変を察知し、撃つのをやめるマルコ。

「あぁ?! なんだ?!」

 振り向いて、構成員が指を指している方向を向いてマルコは驚愕した。


 ローブを脱いだ先ほどの少女がそこに立っている。様子がおかしいのは、彼女の『背後』だ。

 周囲から白い粒子状の『何か』が彼女の背中に集まっていき、徐々に形を作り上げている。集まっているのは地面の砂などが集まっているのではなく、何もない『無』であるはずの空間から粒子が産み出されている。粒子が発生している空間は、何やら空間がねじれたみたいに歪んで見える。


 マルコ達『鷹の眼』の構成員は、少女の姿を見て固唾を飲む。

 理由は全くわからないが、本能的に体が『逃げろ』と叫んでいる。しかし、そんな体中の叫びと、目の前の現象を認知している脳は乖離していて、彼らはただ、無根拠な希望に従って彼女の様子を伺っている。



 間も無く、彼女の背中に集まっていく粒子が、『それ』の形を完全な物へと作り上げた。『それ』とは、彼女の背中に取り付けられた『真っ白の翼』だ。


 鳥のような生き物の翼とも、乗り物やアニメに出てくるようなロボットの翼とも違う。翼角は無機質でシンプルな色合いや形状をしていつつ、妙に生々しい血管のような赤黒い脈が張り巡らされていて、それが脈打つように輝いたり、ゆったりとした光の点滅を繰り返している。


 少女はひどく虚ろで無感情な目で鷹の眼の構成員達の方へと目を向けた。


 その時、構成員の一人が能天気に彼女の方に近づいていく。

「おいおい嬢ちゃん。逃げ遅れか?」

 他の構成員が、『何やってんだ?!』と止めようとするが、完全に子供だと油断してるのか、彼は歩みを止めない。

「どうせどこにいっても逃げ場なんてねぇからよ、大人しく捕まったほうがいいぜ?それになんだ? 背中のそいつは。新しいおもちゃかなん……」


 その瞬間、少女に近づいた構成員の心臓を『何か』が貫き、彼女に大量の血液を浴びせた。その『何か』は付着した血液を振り落とすように宙を舞って彼女の背中に戻っていった。

 『何か』とは、彼女の翼から射出された羽の一片だ。


 心臓を貫かれた構成員は、ガクッと膝を落とし、そのまま倒れて体を痙攣させている。構成員達は一瞬にして青ざめた。


「や……やれぇッ!!」 

 一斉に少女を射撃する構成員達。サブマシンガン、ショットガン、手榴弾、ミサイルランチャー、世紀末世界には豪勢に思える武器のオンパレードが、彼女を襲った。

 爆煙が彼女の周囲を曇らせる。彼女の姿は確認できない。

「や……やったか?」

 しかし、徐々に晴れた爆煙の中、表した彼女の姿に、構成員たちは絶望する。彼女の翼が、彼女を覆うようにして守っているのである。その装甲は、全くの無傷だ。



 マルコが指示を出し、次の一斉射撃が始まろうとした時。彼女を包んでいた翼が開き、一度羽ばたいたと思ったら、彼女は一気に上空に飛んだ。

「はぁっ⁈」

 彼女を急いで目で追う構成員たち。しかし、見つけ出した時にはもうすでに遅かった。


 地面から離れた上空、中心街を取り囲む背の高い建造物の数々。その屋上よりも、少し高いくらいの位置で彼女は停止している。


「全目標、生体波動認識完了、追尾システム良好、照準固定、白光子残量クリア、目標人数確認……。」


 彼女の視界に、構成員達が映っている。そして、映しだされた構成員達にはレーダーのような照準が定められている。


 彼女は翼を大きく振りかぶり、地面に向かって空を切るように羽ばたいた。

無数の羽が彼女の翼から排出され、先ほど選定された構成員達を一瞬にして次々貫く。上空から降り注ぐ無数の鋭利な羽の雨によって、彼らの心臓や頭部、四肢を引き裂き、一瞬にして中心街を血の海へと染め上げた。


 住民達は、あまりの光景に絶句している。恐怖で体が硬直し、涙すら出ない。


 やがて、地面に彼女が降りてくる、ゆっくりと離陸した彼女は、虚ろな表情を変えずに顔を上げる。


 ーー戦いは幕を閉じたと思われたその時だった。彼女の背中に無数の銃弾が的中し、鮮やかな血液が飛び散る。不意打ちをくらい目を丸くした彼女は、そのまま前方に倒れる。


 どうやらかろうじて生き残った構成員が虫の息のまま、彼女にサブマシンガンの連射をお見舞いしたらしい。

 地面に倒れながら、両手で構えたマシンガンを少女の方に向けている。その片足は既に切断されていて立つ事が不可能なようだ。

「ヘっ、へへっ……どんなもんよ嬢ちゃん」

 痛みに汗を滲ませながらも、仲間の仇を討ち、満足げにほくそえんだ構成員だったが、その直後上空から猛スピードで落ちてきた羽が彼の片腕を突き刺した。


 腕を貫かれた構成員は、聞いてられない様な野太くて悲痛な叫び声を上げる。最後の羽は上空を踊るように舞っていって、元の位置に納まる。


 ーーー鉛玉の雨を食らって絶命したはずの少女が、血だらけで起き上がっていた。


 彼女は先ほどの傷などなかったかのように、痛みを感じさせない表情で、最後に射抜いた構成員の方へと振り向き、近づいていく。



 片足を失い、片腕の機能を無くした構成員は、彼女に襟を乱暴に掴まれ、無理やり起こされる。

 そして、再び彼女の翼から排出された羽が一つ、宙を華麗に舞って彼の喉元に突きつけられ、ピタリと静止した。

 彼女は、空いた腕で構成員の無線機を手に取り、彼の耳元に押し付けた。


「エリオット君の居場所を教えていただけますか?」


 これが、少女が中心街を制圧し、東部を担当していたヨクトにエリオットの居場所を知らせるまでの過程である。




 ーーひと仕事を終え、溜息を吐きながら木箱に座っている少女。その純白の衣や体には、返り血や先ほど銃撃された時の傷からの出血によって、血染められている。


 彼女の後ろの翼が、粒子となり分解されて大気中に消えていく。小休止を終えた彼女は木箱から立ち上がった。


 その時、中心街と西部を繋ぐ街道から数人の構成員達が走ってくるのが見えた。

しかし、それが援軍などではないことは、彼女はすでに『知らされていた』ので理解していた。


「た……助けてくれぇ!!」

 

 構成員達に目を向けると、彼ら逃げてきた街道の奥が光り輝いた。一瞬輝いた直後、街道から中心街を突き抜ける極太の光線が通過し、巻き込まれた構成員達は一瞬にして塵となった。光線が突き抜けた跡には、微弱な稲妻がまばらに現れては消えてを繰り返している。


 光線によって巻き上げられた砂埃から、一人の人物が現れる。その人物は少女達と同じように純白のコートのような隊服を身に纏い、白銀の長髪で小柄な男だ。


 その手には巨大な真っ白のレールガンの様な物が、小柄な体に似合わず軽々と握られている。

 少女の翼同様、銃の装甲には赤い脈が張り巡らされており、砲撃直後の影響か、脈打つかのように激しく点滅を繰り返している。


 その人物は、エリオットが先日グラハムのバーを後にした直後見かけた、銀髪の青年だった。


「アル、遅かったね」

 少女は、男の名を『アル』と呼ぶ。アルは略称で、正しくはアルジャーノだ。

「わり、ちょっと逃しちまった」

 アルジャーノは反省の色気もなく、さらっと平謝りする。

「ミーナ。他の状況は?」

 少女はどうやらミーナという名前らしい。

「通信ちゃんと聞きなよ…もう」

 ミーナは呆れた顔をしたのち、質問に答える。

「市長も無事だし大方片ついたかな。今、ヨクトくんが単身敵さんの本拠地に突入しているとこ」

 それを聞いて、アルジャーノは不安げ表情をする。

「よりよってあいつか…」

 ミーナは彼を安心させるようにニコッと笑って答える。



「大丈夫。もう、カナちゃんが向かったよ」





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