第5話「神の如き少女」

 ーーーー人質に捉えられ、拘束されていた住民たちが、『何か』を凝視して、震えながら言葉にならない嗚咽を漏らしている。


 『それ』を目撃していたグラハムは、戦慄した表情でその視線を翼の生えた少女に向けている。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 少女は、テロリストの耳元に当てていた無線機を投げ捨てる。

 無線機が地面に落ちた瞬間、テロリストの首から夥しい量の血が吹き出して、倒れた。


 返り血の赤と、純白の隊服が絶妙な美しさを醸し出す少女は、近くにあった木箱に腰掛け、こめかみに手を当てた。


「要人の居場所を確認。東部廃倉庫。近くにいるのは?」


 そういった少女の背後、そして住民たちの目線の先には、全滅したテロリストたちの夥しい数の死体。至る所に血や内臓や四肢が散らばっていて、目も当てられない光景となっている。


「気をつけてね。ヨクトくん」

 そう言ってこめかみから手を離した少女の目は、少し心配そうに曇っていた。






 ーーーー廃倉庫の、上部にある窓が大きな音を立てて割れた。


 そこから誰かが侵入してくる。地面に着地するまでに、その人物から光の銃弾が何発も放たれて、エリオットの周囲を見張っていた者たちを打ち抜き、彼のすぐそばに着地する。


 その顔は、見覚えのある顔だった。ヨクトだ。

 先ほど見た時のようなあっけらかんとした様子とは一変して、年齢にそぐわないくらいに殺気立った目で現れた彼は、エリオットを繋いでいた鎖を無言で打ち抜き解放する。


 今まで来ていたローブは脱いで来たのか、その下は純白の隊服で、先ほどみたいな小汚さは一切ない。

 両手には、真っ白のボディの小型二丁拳銃。赤い脈のようなものが全体に見られる以外は、やけにシンプルな形状をしている。


「中心街、東部市場、北部農耕地、南部住宅街、西部広場」

 銃口をテロリストたちに向けて、近寄りながら淡々と読み上げていくヨクト。

 冷や汗を滲ませながら、テロリスト達は後ずさりする。

「全箇所すでに制圧完了。住民達は解放済みだ」

 エリオットは、安堵したのか笑みがこぼれ。テロリストはざわつく。

「ボス、どこも応答しません!」

 ボスは、絶句する。


「にしても随分豪勢な武装じゃねぇか。背後関係!あんたら野良じゃねぇだろ」

 ヨクトは、表情を微塵も変えずにじわじわテロリスト達へと近づいていく。

「…教えてどうしてくれると?」

「全員土壌(ほし)の養分(エサ)とかどうよ?」

「ふざけるな!」

 ボスが銃を構えると。テロリスト達は一斉にサブマシンガンを取り出して、ヨクトに向ける。

「隠れろ!」

「う……うわぁああああっ!」

 銃弾の雨がヨクト達を襲う。エリオットは急いで物陰に身を潜める。


 ヨクトは常人ばなれした足の速さで横の壁側に向かって走り、敵の照準を撹乱する。そのまま壁を走って二階へと移動し、鉄格子でできた二回通路から狙う狙撃要員達を素早く次々と仕留めていく。


 ボスは悔しそうな声をあげて、惨めったらしく地団駄を踏んで憤っている。

「奴一人に苦戦してどうする! あの若さ……おそらく新兵だ! モタモタしてたら隊長格が来る!」

「は、はいっ! ……あ……」

「どうした?!」

「……見失い……ました。」

 震え声で言う部下にウィリアムは、苛立ちを隠せない様子。

 筒抜けの二階通路にいたはずのヨクトは、姿を消して狙撃兵の死体だけが転がっている。




「誰の差し金だ?」


 後ろから声がして、恐る恐る振り向くと、ウィリアムの頭に銃口を突きつけたヨクトがいる。

 一気にテロリスト達は青ざめ、部下達は銃口を向けてはいるものの、何も動くことができない。

「おかしい……おかしいぞ……。予定より随分と早いのでは無いかね?『天使達』よ」

「あぁ?どこのホラ掴まれてんだこのオッサン。いい歳こいて情けねぇな」

一歩ずつテロリスト達の方へ近づいていくヨクト。

「俺ぁ誰かさんと違って甲斐性なんてカケラもねぇからよ。あんたさえ連れ帰れば全部わかんだろ。とっとと終わらせてもらうぜ」

 ボスが恐怖の表情を浮かべたその時、エリオットのいた方角から声が上がる。



「待て!」

 いつのまにか、部下の一人がエリオットを捉えてしまっていたらしい。首に腕を回され、頭に銃を突きつけられたエリオットがいる。

「こいつには傷一つつけられねぇはずだろ……!」

「で……でかしたぞ!」

 しかし、拘束されたエリオットは、決意を固めた顔でこう言い放つ。

「……か、構わねぇ! 撃て!」

「お、おい! 勝手にしゃべんな!」

「いいから撃て! ヨクト!早く!!」


 ヨクトは、表情を考えないまま、少し考えているようだ。

 そして、ボスに突きつけた方とは違うもう片方の銃をエリオットの方に向ける。

「う……嘘だろ?!」

 エリオットは覚悟を決めたのか、歯を食いしばって目を瞑る。

 目を瞑る中、床に軽めの金属が落ちたような音が倉庫内に鳴り響いた。変だと思い目を開けたエリオットは驚愕する。


 表情を変えないまま、ヨクトは両手を肘を曲げた状態であげて、降参のポーズをとっているのだ。

 二丁の白い銃は、彼の足元に転がっている。

 テロリスト達の銃口は依然としてヨクトに向けられたままで、ボスは冷や汗をかきながらも、勝利を確信し、にやけた表情になる。


「う……撃てぇッ!」


 テロリスト達はいっせいにヨクトを射撃した。蜂の巣になり、見てもいられない姿になったヨクトは、そのまま後ろに倒れる。



 エリオットは全身の力が抜け、絶望に満たされる。終わった。今度こそ終わった。





 自分のせいだ。また自分は何もできなかった。勝てるはずの勝負だったのに、自分が足を引っ張った。そんな絶望が彼を追い詰めて、悲痛な叫びとなる。



「ぁ……ぁああああぁぁああああああああ゛!!」

 

 ボスが高笑いしながら、歓喜の声をあげる。

「ハハッ、ハハハハッ! やったぞ! 天使達の一人を! 我々の手で! 随分と容易いではないか!! ハハハハハッ!!」


 エリオットを拘束していた部下が、彼を離して仲間の元へとやってくる。

「ふぅ……ヒヤヒヤしましたよほんっと。」

「存外、噂の一人歩きで大したことないのかもしれんな。にしても、君はよくやった。みんな、勇敢な同胞に拍手を」

 テロリスト達が、エリオットを拘束した仲間に大きな拍手を送っている。仲睦まじ気に肩を組む者や、『よくやった』と言わんばかりに肩を拳でこづく者も。

 エリオットは、放心状態でその場にしゃがみこんでしまっている。ショックで完全に気力が抜けてしまったようだ。

「さて、油断するのはまだ早い。早くここを出よう。残念だが、他の仲間達はやられてしまっている可能性の方が高い。一刻も早く街から脱出しなければ」

「ガキはどうしますか?」

「ふむ……深追いはよくないとおもうが……そうだな……」

 狂気に満ちた笑みでエリオットの方へ近づき、手を伸ばした。

「……利用価値は存分にあるな」



 皆の視線がエリオットに集まったその時、後ろから断末魔がこだました。



 ボスは後ろを振り返る。

 すると、振り返った先には、先ほどエリオットを拘束していた部下が頭を撃ち抜かれて倒れる様子と、倒れた位置から上体を起こした状態で銃口をこちらに向けている血まみれのヨクトがいる。

 その目はおぞましい怒りで満ち溢れている。


「ヨクト!」

 エリオットの表情に生気が少し回復する。

「そ……そいつを抑えろ!」

 部下達がいっせいにヨクトに飛びかかり、何人も束になってヨクトの両手両足を拘束する。

 ヨクトは思い切り力を込めて振り洗おうとするが、さすがに人数が人数なのか、苦戦している。

「な、なんて力だよこいつは!」

 手の空いている部下が、仲間に当たらないようにヨクトの体を小型銃で撃ち抜く。何回も、何回も。その度にヨクトは苦痛の声を漏らし、血反吐を口からこぼす。


 しかし、奇妙なことに何回打っても、何回打っても彼は死なない。荒々しく苦しそうに呼吸をしながら。

「……驚いたもんだな……どうしたら死んでくれるんだね?少年」

 冷や汗を書きながらヨクトに尋ねる。

「……残念ながら、生き汚さには自身あんだ」

 ヨクトは苦痛を紛らわすかのようにニヤッと笑いながら答える。

「……そうか……化け物め!」


 そう言い捨てると「やれ!」と指示を出して、部下達はいっせいにヨクトに向けて鉛玉を連射する。

 ヨクトは歯を食いしばりながら必死に耐えている。

「こいつが! 完全に! 事切れるまで! 殺せ! 何度でも殺すのだ! 持ちうる武器全弾装填しろ! 弾が切れても殺せ!」



 エリオットの目の前で、訳のわからないことが起きている。


 ヨクトの手足を多勢に無勢で屈強なテロリストがようやく押さえつけ、残ったテロリストは、仲間に弾が当たらないようにいっせいに彼を打ち続けている。

彼の体から血しぶきが上がる。何度も何度も。その度に彼は苦痛の表情を浮かべ、歯をくいしばる。


 おそらく数ある拷問の中でも、ここまで酷い物はないんじゃないか?という、不謹慎な言い方をすれば少しレアな光景が目の前で広がっている。

シャワーのように吹き出て、無限に飛び散る血しぶき。悲痛な叫び声と、鳴り止まない銃声。



 昨日から衝撃の出来事の連続で、本当に気が狂ってしまったのではないかとエリオットは思う。

 現に、さっきヨクトが息を吹き返すまではまともな思考をしていなかったのだ。

これはきっと幻だ。いや、もしかしたら自分はもうすでに死んでいるのかもしれない。


 まともじゃない考えがエリオットを狂わせかけていた、その時だった。





「なぁんだ。また負けっぱなしじゃないか、お前は」




 

 その場にいる全員の視線が、その人物に移る。テロリスト達が躍起になってヨクトに銃弾の雨をお見舞いする後ろで、いつのまにかその人物はいた。



「……どぉこがだよ。この通りピンピンだろ? ぜんっぜん負けてねぇ」

 血まみれで震えながら、ヨクトはニヤッと目の前に現れた人物に語りかける。

「よく言うよ。帰ったら、みっちり鍛え直しだな」

 その人物も、余裕を見せるかのようにヨクトに向かって軽口を叩く。

「ゲェっ!? マジかよ! 死んでたほうがマシじゃねぇか!」

 口に溜まった血の塊を、下を向いて地面にペッと吐き出すヨクト。再び前を向いた顔は、今度は安堵に満ちた笑顔だ。



「疲れた。あと頼むぜ。カナ」

「おう。少し休んでろ。ヨクト」

 そう言って少女は不敵に笑って見せた。




 目の前に現れた人物は、カナだった。

エリオットは、駆けつけた彼女をみてなぜか『もう大丈夫だ』と心から確信した。


 彼女の両手に握られた真っ白の棘の形をした双剣のような物が、雷を帯びて輝いている。

全身には、赤黒く輝く血管のような紋様があり、脈を打つように生々しく輝く。


 それに見とれているうちに、ヨクト達の前方にいたはずの彼女は、一瞬で彼らの後方に移動していて、ヨクトを拘束していたテロリスト達は四方八方に散っていた。







 ーーーー少年の目には、その時の彼女が、まるで「神様」に見えた。




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