第4話「白光子」

 ーーーーエリオットが連れ去られたちょうど同時刻、街の至る所で急に爆発が起きた。


 爆発したのはどれも、襲撃に備えて作ってある武器庫だ。

 爆発が起きた近辺では肉片と化した死体が散らばり、反撃の手段を無くした民衆はパニックに陥って散り散りに逃げている。


 ぞろぞろと武装されたテロリスト達が現れて、街の人々を捉えていく。


 不意打ちに成功したことを知った待機中の仲間達が、続々と外部から街に流れ込んで行き、あっという間に街はテロリストたちに占拠された。



 中心街に、捕らえられた人たちが集められている。それを見張るテロリストたち、おそらく何十人単位でいる。中心街でこれだけいるのなら、他の区域も合わせたらどれほど大人数の組織なのだろう?


 テロリストたちは捉えた民たちを一箇所に集めていく。しかし、その中の1人がテロリストにたてつき始めた。

「お……俺はあんなたらになんか……!」

 その住民の後頭部を、弾丸が貫く。住民は絶命する。

「おーいおいおいおい。早すぎんだろ命令無視。ちったぁ弾の節約に協力してくれっての」

 怯える住民達の横を、テロリストのうちの一人が横切っていく。

「こっちだって毎度崖っぷちで仕入れてんだからよ。弾も金も命ももったいねぇよなぁ? こんな時こそお互い様って言えなきゃよ。……お?」

 目をつけられたのは、バーの店主のグラハムだった。

たまたま中心街に居たところ巻き込まれたみたいだ。グラハムは冷や汗を書きながら、近寄ってくる人物に視線をあわす。

「おーう奇遇だなじいさん! アンタもここにいたのか!」

 グラハムは、一瞬訳がわからなさそうな様子を見せるが、覆面を脱いだ彼の素顔を見て、愕然とする。


 彼の正体は、昨日エリオットとともに三人で親しげに会話して居た『マルコ』だった。

「……お前は!」

「おいおい、マルコって名乗ったろ?客の名前くらい覚えといてくれよ」

 グラハムは、近頃の街の不自然な状況を照らし合わせ、嫌になるくらいに状況を理解していく。

「……あぁ! そういうことか……!」


 彼らは、破壊された近隣の街の残党のふりをして、この街の漠然とした不安につけこみ、忍び込んで居たのだ。グラハムは瞬時にそう悟った。


「悪いな昨日は付き合わせちまってよ。アンタに色々聞いたおかげで、ぜぇんぶ上手くいったぜ」

 マルコは覆面を脱いで捨てて、下衆な笑みを見せつけるかのようにしながら言う。

 グラハムは、後悔と絶望で目の前が真っ暗になっていくような感覚を覚える。いっそのこと、本当に気を失ってしまいくらいだった。


 その時、隣にいた住人の一人がこらえきれず一言漏らしてしまう。

「今まで騙してたのか……に、『人間』じゃねぇ!」

 それを聞いて、微妙に眉を動かしたマルコは、即座に小型銃を取りその住民の頭を撃ち抜く。

「『人間』だろ。髪の毛の先から足の爪まで、ぜぇんぶ」

 虚ろな目をしながらマルコは片手に持った銃の先端から吹き出る硝煙を鼻で吸っている。おそらく、彼の癖なのだろう。


 マルコはニヒルな笑みを浮かべたのち、部下たちに命令を下す。

「他の区域の奴らに伝えろ。『反撃の可能性をとことん潰せ。一切の油断を許すな』と」

「了解!」



ーーーー『終わった』捕らえられていた住民の誰もがそう思った。



 しかしその時、中心街の入り口に小柄でボロボロのローブを纏った人物が姿を表す。テロリスト達の視線が一斉に集中する。


「……はぁ? ガキ?」


 ローブを脱ぎ捨て、少女はその顔を露わにする。

その顔に、グラハムは見覚えがあった。なんということだ、昨日閉店間際に現れた謎の少女じゃないか。


 そして、グラハムの目に信じられない光景が目に映る。本能で感じるこの恐怖は、以前感じたことがあるものだった。



 少女の背中に、周囲の粒子が集まって、大きな『翼のような物体』が生成される。

生き物のそれとも、機械のような羽とも表現し難いそれは、どことなく神々しい雰囲気を感じられると同時に、何か得体の知れない気味の悪さを感じる。

 その悪寒は、例えたら幼い頃、見るだけで恐怖を覚えた、本来なら神聖なものであるはずの薄気味悪い宗教画や、妙に不安になる古代の壁画だ。


 少女の背中の物体の、その翼角に刻まれた血管のような溝が、脈を打つように赤黒く輝いている。



 ーーーー意を決した少女の、冷徹で空虚な目がテロリストたちに向けられた。







 ーーーーエリオットが目を覚ますと、そこはどこかの倉庫の中だった。


 見渡すと、十数人ほどのテロリストが倉庫にいる。テロリスト達は、エリオットを睨む。

エリオットの腕と足は手錠で拘束されていて、外すことができない。

 彼は自分が捕まった事を思い出し、現状を理解する。



 その時、奥から誰かがコツコツと歩いてやってくる。


「ご機嫌よう。エリオット・スミス君」

 

 奥から茶色のコートを着た、白髪のオールバックの中年の男がこちらにやってくる。


「私は『鷹の目』という『活動団体』のリーダーを努めさせてもらっている」

「……つまりテロリストのボスってこったな」

「ははは。悪く言ったらそうなるね。これでも慈善活動に精を出しているつもりなんだが」

「……俺みてーなガキさらって置いて何が慈善だ」

 それを聞いて1人の部下が激昂する。

「ボスを愚弄するんじゃねぇ!」

 エリオットは間髪入れずに返す。

「とっとと目ぇ覚ましやがれ! こいつに何の恩があって仕えてるのか知らねぇけどな……目下の者に武器持たせて、自分は安全な場所で好き勝手指示出してる奴なんかにロクな奴いねぇぞ!」

「……ガキが何をわかったような口を!」

 部下が機関銃をエリオットに向けようとした時、そこにボスがなだめるようにして割って入ってくる。

「そう熱くなるな。せっかく捉えた人質、蜂の巣にしまったらどうする?」

「……はっ、申し訳ございません。ボスを愚弄するがゆえ……」

「君は少し冷静さに欠ける……。こういう時はだね……」


 おい、とエリオットの近くで待機している別の部下に声をかけ、ボスは自分の足を指差す。

「……了解」

 部下は慣れた手つきで小型銃を取り出す。

 そしてエリオットの足に銃弾を一発打ち込み、倉庫内に銃声がこだました。


「……え?」


 銃弾が足を貫通する。痛みがないのに、足から吹き出ている血を見る。

 五感と矛盾した光景に驚いた直後、遅れてやって来た激痛にエリオットは悶絶する。

「ぁああああぁぁああああッ!!」

 焼けるような痛みに耐えるエリオット。息が荒くなる。

 声にならない呻き声をあげ、痛みを誤魔化そうと体を動かそうとするが、拘束されているが故にそれすらもまともにできない。


「……こんな風にね、死ねない程度に少しずつ傷つけていけばいい」

 ボスは口元はニコッとしてはいるものも、眼は全く笑っていない。そのままエリオットに語りかける。

「……というわけだ。くれぐれも発言には気をつけてくれよ」

 エリオットは痛みを堪えるのに精一杯の様子だ。昨日の怪我も、まだ癒えていない。

 エリオットを撃った部下が、彼が失血死しないように、包帯を取り出して足を止血する。


 ボスはエリオットの方に近づいてくる。

「申し訳ないが君に一切の拒否権はないと思ってくれ。先に話しておくが、すでに街は全て占拠し、我らの手中にある」

 エリオットは怒りで声をあげそうになるが、傷に響き痛みを加速させる。

「そして、現在君のお父上殿をここに招待中だ。少し尋ねたいことがあってね」

エリオットは痛みに堪えながら声を絞り出す。

「……親父に何の用だ……。」

「惜しいね。本当に用があるのは、もうちょっと『上』」

「……アガスティア?」

「そう。我々の目的は、君たちがあの神の都『アガスティア』に日々捧げているものにある」

「んなもんなけなしの作物やらに決まって……。」

「ノンノンノンノン! それは大都市に流して大衆用に複製加工するため。奴らにとってそれらは実はさほど重要では無い」

 ボスはニヤリとして彼に説明する。



ーー『白光子(びゃっこうし)』ーー

 半永久機関化した天空都市アガスティアの生活基盤(インフラ)を支え、葬人が使用する究極の量子兵器『神器』の動力源ともなっている微小生命体。驚異的な万能性を持ちあらゆる技術に応用が利き、この時代において人類の生命線となっているものの正体。周辺都市はその原料となる『何か』を献上品に含めている。



「……という情報をたまたま聞く事ができてね。近隣の都市に聞き周ってたんだ。まぁ、収穫は今の所皆無だがね。今回は真実にたどり着けることを願うよ」

 ボスはエリオットに背を向け、どこかへ立ち去っていく。

 

 『狂ってる』そんなソースも無い曖昧な情報で、街を潰し周ってたいたとは、エリオットには予想もつかなかった。


 そこでエリオット思考する。

 もう、葬人達は街に到着しているのだ。ヨクト達の存在で、それは明らかになっている。 こいつらは、その事実についておそらく知らない。知っていれば、慎重派なこいつらがこんな大掛かりな作戦を実行するわけがないからだ。


 あいつらが来てくれれば…さっきまで彼らを散々嫌悪していた自分を思い出して、嫌な気分になるが、それ以外この現状を乗り切る術はない。


 しかし、すぐに彼の頭は否定的な思考で埋め尽くされる。人数はどれくらいいるのか?いくら葬人といえど彼らの実力は?カナなんてゴロツキたちに簡単に捕まってたし、何より二人ともまだ若い。ボロを出した回数も多かったし、日の浅い新米である可能性が高い。

そもそも、さらわれてから結構時間が立っているのに、何のアクションも見受けられないのは何故だ?


 どんどん希望が絶望へと変わっていく。あぁ、あいつらはどうせまたやってこない。いつものことじゃないか。甘い期待を抱いたって、裏切られたときに苦痛が倍になって返ってくるだけだ。



 『甘い期待は捨てろ。自分のことは自分で守れ。』



 呪いのようなこの言葉が、彼の頭の中で鳴り響く。



 絞り出すかのように、エリオットはこの状況を切り抜ける方法を思考する。一人で、一人で何とかするんだ。そう言い聞かせながら。

 だが、何をどう考えても皆殺しのバッドエンドしか思い浮かばない、ツケが回ってきたかのように絶望感に苛まれる。


 エリオットの顔から、みるみる生気が失われていき、彼はぱたっと地面に倒れる。昨日の暴行の傷と、鉛玉でブチ抜かれた片足の痛みが彼の抵抗力をどんどん奪っていく。


 虚ろな目で彼は、廃倉庫のボロボロの天井を見上げる。考えたってどうにもならないような考えばかりが、どうしても頭に浮かんでしまう。



 神様がいるんなら、何故俺たちをいつもこんな目に合わせるんだ?

いったい、これはなんの間違いだ?何かの罰か?輪廻転成なんて信じたくはないが、前世で自分はどんな極悪人だったんだ?

 もしも、そんな悲観自体が自分の勝手な偏見や都合によるもので、これが完璧な世界だって言うんなら、設計ミスにもほどがある。まるで何かの悪ふざけだ。



 ーーーー神様。できるのなら、いっそあんたを殺してしまいたい。



 そんな、今まで不毛なものだと切り捨てて、何度も押し殺してきたはずの、いや、もはや飽きていたかもしれないくらいの絶望が、今になって溢れ出してくる。もういい加減、気が狂ってしまいそうだった。



 俺たちを助けてくれ。自分たちの力でだけなんて、もう限界だ。

エリオットの目から、なぜか赤黒い涙が流れる。周囲には、黒い煤のような粒子が何箇所かに分かれて集まってきているが、彼自身がそれに気づいていない。


 そのとき、先ほどエリオットの足を銃撃した部下の無線機が鳴った。

「こちら東部廃倉庫。どうした? ……おい、何を言っている? ……はぁ? ……あっ……」

 無線機からの声は、『ごめんなさい、ごめんなさい』とだけ言い残して、無線はぷっつりと途絶えた。


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