第10話「終わらない悪夢」



 構成員達が拘束されている東部廃倉庫にて。


「……?」

 中心街の方角へと振り向き、何かの気配を察知する人物がいる。

 男は、黒のハットとコート。顔面は片目だけプリントされた奇妙な覆面で見えない。



「どうやら『急患』だ。……ねぇ?みんな」

 そう言って振り返った先には、赤黒い物質で作られた無数の巨大な棘が、カナが拘束していた構成員達に突き刺さっている。


 その中で、頭の男だけがまだ生かされている。

「ど……どうしてですか? ……我々はあなたに教えられたように事を進めただけで……」

 覆面の男が人差し指を頭の男に向けると、一瞬にして棘が生成されて、彼の胸部を貫く。


「『事を起こせ』とは一言も言わなかったはずだ。早合点したのは君たちの方だろ」

 夥しい量の血液が、床に飛び散る。

「いらないよ。勝手な真似をする馬鹿は。ここの所負けが続いててね。これ以上少しの情報も漏らしたく無いんだ。ゴメンね」


 頭の男は少しの間なんとかもがいていたが、瞬く間に表情から生命力を無くし、絶命した。


 事を終えた覆面の男は、倉庫の出口へと振り返り向かっていく。



 男は、串刺しとなった死体の山と、地面に広がった血の海を背にして、その場から消え去った。



***



 ーーエリオットの体中から飛び出た赤黒い突起物が、瞬く間に巨大化していって、四方八方に突き刺さる。

 エリオットがいたのが死体置き場となっていた場所だったのが幸いで、生きている住民たちはカナの先導で安全な場所へと避難する。


 一瞬にして、エリオットを覆っている赤黒い物質の肉体が膨張して、手も足も数がまばらで位置も滅茶苦茶な造形をした化物が生まれる。


 化物と化したエリオットの周囲に棘が生成され、四方八方に射出される。

 逃げ遅れた子供が一人いて、射出された棘が彼へと物凄い速度で飛んでいく。


「あッぶねェッ!!」

 子供が貫かれそうになったその時、ヨクトが子供を突き飛ばして救出し、棘は彼の腹部を貫通する。


 血反吐を地面にぶちまけるヨクト。

 直後、ミーナの羽がヨクトに突き刺さっている棘を切り裂く。バラバラになった刺の残骸は、黒い砂となって消えていく。


「ヨクトくん!!」

 倒れたヨクトを、駆けつけたミーナがそのまま抱きかかえる。ヨクトは、度重なる失血のせいか、意識が遠のいている。


「(……『光脈』が引いてきている……不味い)」

 その時、再びおびただしい数の棘が彼女たちに襲いかかる。彼女はそれに気づくが、防御が間に合いそうに無い。


 もうダメか。と思った束の間、目の前に巨大な腕が振り下ろされ、棘は全てその腕によって弾かれる。


「……隊長!」

「すまない、少し遅れた!!」

 安堵するミーナ。隊長と呼ばれた男の表情は、真っ白の鎧で覆われていて見えない。


 巨大な腕の正体は、彼女たち葬人第七部隊の隊長である『エヴァン』だった。

 彼は、全身に純白の鎧のような神器を身にまとっており、鎧には紅色の脈が張り巡らされて、脈を打つかのようにして発光する。


 ミーナたちをかばうために伸ばした腕が、粒子を撒き散らしながら本来の大きさに戻っていく。


「大至急ヨクトを支援班の元へ!!」

「わかりまし……」

 ミーナがその場を離れようとしたとき、また棘の弾幕が打ち出されようとする。

「あぁ! しつこいなぁ!」


 ミーナが翼を体を覆うように畳んで防御の体制を取ろうとした時、棘が飛んでくる方角に向けて極太の光線が通過する。

一瞬にして棘は消滅し、光線は、棘を発射した本体であるエリオットに直撃し、彼の装甲を広範囲で抉りとる。


 エリオットは、もはや人間のそれとは思えない、やけに耳につくように甲高くて、拡声器を通したかのようなダブって聞こえる叫び声をあげて苦しんでいる。



 隙ができたうちに避難するミーナたち。

 走って遠くへと逃げていく彼女たちと逆行して、巨大な銃をエリオットに向けて構えながらジリジリと近寄ってくるアルジャーノ。

「ウルセェな。超音波みてぇな声出しやがって」


 彼の『神器』である巨大な薄気味悪い生き物のような造形をした、純白のレールガンに張り巡らされた赤黒い脈が一層激しく輝きだす。銃口の中心にプラズマが集まり、第2撃が始まろうとした時、カナが彼を食い止める。


「アル! 待って!!」

 カナがアルジャーノに呼びかける。

「待てるか‼︎ 被害が拡大する前に、とっとと仕留める‼︎」

「そいつは、例の要人だ!!」

「はぁ?!」


 アルジャーノは砲撃を中断する。銃口に集まったプラズマが消滅していく。


 さっきまでエリオットであったはずの血液が凝固してできたような怪物は、北部の団地へと繋がる街道を通って逃げ去っていく。

「……あー、クソッ!! 言わんこっちゃ無い!! あの方角、確かもう誰もいねぇぞ」

 アルジャーノが歯痒そうな様子で言う。

「カナ、それは確かかい? だとしたら一大事なのだが」

 エヴァンがカナの元にかけてくる。


「はい。ヨクトが避難勧告を挙げた時そこにいたのは……」

 それを聞いたエヴァンは、表情は見えないが手を額に当てて、困惑している様子だ。

「あちゃー……参ったな。要人だからと言ってそのままにもできんしねぇ……。あとは彼自身の問題か……」


 カナは決心したかのような目で、エヴァンに尋ねる。

「……あの、少しだけ私に時間をいただけませんか?」

 エヴァンは少し考えたのち、彼女に聞き返す。

「……もしもの時は、わかってるね?」




***




 北部の団地の方へと向かっていくエリオット。滅茶苦茶な位置から生えている手足で、這いずり回るかのように鈍足で街道を進んでいく。


 彼の体から四方八方に伸びる突起物が、周囲の建物を傷つけ、破壊していく。

 時折、出来損ないのような赤黒い液体が、彼の体から漏れ出して、そこらへんに飛び散っている。


 もはや毛ほどもはっきりしない、彼の微かな意識の中では、頭の中で、通常では不快極まりない様々な音が響いている。




 強烈で何重にも重なったノイズ音。常に、彼の脳を支配し、頭が爆発しそうなくらいに響く。

 誰かもわからない何十人もの叫び声。記憶の断片などではない。男女、声色、様々な知らない人間たちの断末魔のような叫びが、ノイズに混ざって聞こえてくる。

 そして、途切れ途切れで聞こえてくる、気色の悪い統合性の取れていない音楽。音程もリズムもめちゃくちゃなそれが、ノイズの合間合間に流れてくる




 ーーしかし、今の彼にはそれがなぜか心地良く、癒される感じがするのだ。




 ゆっくりと歩行していた彼は、急に足を止める。その目の前には、道沿に並ぶ建物の屋根を超速で移動し、先回りしたカナが立っている。


「……」

 両手に電撃が散っている神器を握りしめ、無言でその場に立つカナ。エリオットも硬直し、しばし互いに様子見状態が続く。



 沈黙を先に破ったのはエリオットの方だった。


 まず、第1撃として、棘の弾幕がカナを襲う。カナはそれを凄まじい速さで跳ね返し、捌いていく。


 そして第2撃、カナが棘を捌ききる頃に、巨大化したエリオットの片腕が薙刀のように弧を描いてカナの足元を横薙ぎに払う。カナはとっさの判断で、これを飛んで躱す。


 カナが『しまった』と思った矢先に第3撃、エリオットの背中から生えている何本かの突起物が彼女の元へ高速で伸びていく。空中ではどうにも対処できない彼女は、体をそのまま貫かれ宙に晒される。


 エリオットは彼女のを串刺しにしている突起物を、思い切り振り払い、カナは横の建物へと弾き飛ばされる。


 カナが絶命したか、確認するのに彼女の元へと近づいていくエリオット。砂埃で彼女の姿をよく確認できない。


 その時、砂埃からカナが飛び出してきて、一瞬の内にエリオットの懐に入り込む。

間合いまで飛び込んだカナは、化物の装甲の胴体部分を神器で斬り裂く。


 ーーー斬り裂いた胴体から、生身のエリオットが姿を表した。



「おい!! 聞こえるか?!」



 白目を向いて意識を失っているエリオットにカナは呼びかける。


「お前が大切にしてきた物を自分で壊してどうするんだよ!!」


 カナは、斬り裂いたエリオットの装甲の胴体に手を突っ込み、無理やりこじ開け生身のエリオットを救出する。


「戻ってこい!! お前は……『人間』だ!!」


 胴体からエリオットを引き摺り出し、そのまま抱えるカナ。



「俺たチはナナナナにもマモレなイ」

「…守れた人だってたくさんいただろ?」

「みンな死んダ。たくさンこロシた」

「だからまたそうやって……」

「終わラなイんだ。ずっと。ズッと。悪夢みたいナ。また、入り口」

 口から赤黒い液体を吹き出しながら彼は続ける。

「だかラァッ、……もう……ゥッ!?」

「……だからもうなんだ?」

「俺ハ、オれれは……」

「……言いたいのはそれだけか?……」


 エリオットは赤黒い涙を流す。


「俺は……」


 少女は、少年の目をまっすぐ見つめる。

 少年には、その眼差しが、いつからか死体のように冷え切っていた心に、懐かしい暖かさを感じさせた。


 少しずつ、彼の体を何重にも覆っていた、赤黒い装甲が、砂となって溶けて行く。



 以下に載せるのは、「魂」を取り戻していった、とある一人の少年の独白だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る