第11話「少年の独白」
俺がまだまだ小かった頃。税金や借金が払えなくなって、親父にすがりついて泣きながら懇願する人たちを散々目にしてきた。
そりゃあ中にはただロクでもない奴もいたけれども、中にはそうじゃない人だって僅かながらいた。
クソみたいな親に捨てられて育った子供。
男に逃げられたせいで一人で家族を養うことになってしまった母親。
不正を正そうと勇敢に立ち向かった果てに、仲間達に裏切られて仕事を失った労働者。
知らない間に悪事の片棒を担がされ、全てを押し付けられた罪の無い人。
同情心につけ込まれて多重債務者となったお人好し。
そんな、そんな馬鹿が確かにいたんだ。
けれど、俺たちの街はそんな弱者には目を向けない。
いかなる理由があったって、それがそいつ自身の問題の範疇をこしていようがいまいが、『自分でなんとかしろ』で一蹴されるような街だ。
そしてその口数の少なく暴虐的なまでの風習は、そこそこ幸せな人間にとっては、ただ『自分が血を見る思いで脇目も振らずに努力してきた』からの一点張りで目を瞑っていられるには勝手のいい盾、免罪符、言い訳のようなものとしても働いていた。
それは、もちろん黙って傍観を決め込んでいた自分にとっても例外なく言えることで、みんな心のどこかに根付いた微かな罪悪感をネグレクトし、時には鬱陶しくつきまとうそれを血眼になって殺して生きてきた。
その理由は、なんの飾りもつけずに正直に言えば、もちろん自分が生き残るためだ。
生きとし生けるものにとって、当たり前のことだ。
文句を言うんなら、この世界を作ったやつに直接問いただしてくれ。
そんな現実にはびこる生々しい不条理を、頭ではちゃんと理解してる。
だけど、それでもどうしようもなく嫌になってしまう時があるのが、きっと人の性って奴だ。
惨めったらしく土下座して泣きつく弱者に向かって、大声で罵声を浴びせたり、その背中を何度も踏みつけている親父の目は、嫌という程醜く映った。
そしてある日、親父からの家庭内暴力を受け続けたストレスで、母さんが死んだ。
俺は初めて親父に反抗した。
『母さんを殺したのはテメェだ』
親父はいっつもそうだった。
気に食わないことがあればすぐに『自分の責任だ』と他人のせいにする。他人に自己責任を押し付ける癖に自分自身にはその言葉のナイフを向けない。
俺は初めて親父に包丁を向けたんだ。
すると親父はそんな俺をひっぱたき、首根っこを掴んでどこかに連れて行こうとした。
その手を振り払い、窓ガラスに砕いて家を飛び出した。
親父は俺にこう言った。
『甘い期待は捨てろ。自分のことは自分で守れ』と。
俺はそのまま家を走って出ていった。
ーーそれからの事は、あまり覚えてない。
だけど、事の転機は覚えている。
家を失くした人、末期の債務者、闇カジノで破産した馬鹿野郎。そして、薬物を売り飛ばすチンピラ共。
そんな奴らが集まり、酸性雨が降り注ぐ路地裏で、死んだ目をしてボロ雑巾みたいになっていた俺をグラハムが偶然拾ってくれた。
グラハムは昔からの親父のダチだ。意識もおぼろげな赤ん坊の頃から、俺達は面識があった。
なんとなく、親父が手配してくれた事はわかっていた。
グラハムに手を引かれて、路地裏を後にする時、こんな会話をしたのを覚えている。
『どうしたらこの街、もう少しマシになれっかな』
『んなもんガキなんかに簡単に解られてたらこんな世の中にはなってねぇよ』
まずは自分が生きる事だけ考えろ。グラハムは俺にそう言った。その時、おこがましいけど、悔しさを感じたのを覚えている。
それから、俺は寝る間も惜しんで街中のいろんな手伝いをして日銭を稼ぎ、その日暮らしで今まで生きてきた。
そうやってく中でこの街のことを、もっと知らなければいけないって思ったんだ。
みんなが実際どんな思いで生活してんのだとか、口に出さないだけで何が不便なのかとか、こうすりゃもっと良くなるな、とか。自分の目で理解していけば、何か自分にもちょっとは力になれるんじゃないかって思ってた。
けれど、理解していくのは、自分一人で生活するだけで精一杯で、何もできずにただ現状維持を重ねるだけしかできない自分の無力さだけだった。
何も変えられない自分が嫌で、グラハムに止められるのを無視してとうとう俺は銃を取った。
街を守るためなんて口実をつけたが、ヒーローにでもなれれば少しは心が報われる気がしたのかも知れない。
そうして、初めて撃ち殺した敵の死体を見て思った。
『俺がやってるのは、親父のしていたそれとおなじことだ』と。
街を守るって大義名分があったから誤魔化しが効いているが、人の命を奪った以上、下手したら親父以下なのかもしれない。
いや、直接的に殺すのも、間接的に殺すのもおんなじようなもんだ。と頭の中の天使が俺を甘やかす。
やがて卑屈にねじ曲がり病んだ心、その怒りの矛先は、自分より上の立場の人間へと向いていった。
そして心のどこかで、自分と同じように何も変えられない仲間にも。
けれど、結局どれも余計に自分を突き刺して行くだけだった。
ゆっくり時間をかけて、少しずつ包丁の切っ先を沈めて行くように。
わかっていた。いや、わかっているつもりだっただけかも知れない。
ーー俺が一番大嫌いなのは、「俺」だーー
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