第16話「生きろ」


 数日後、病室にて、ベットから出て自分の服に着替えているエリオット。

「だぁかぁらぁ、もう大丈夫だって」

「でも、まだ完治したわけじゃ……」

 看護師がエリオットを引き留めようとするが、エリオットは止まるつもりはない。

「これだけ治れば動けるよ。……それに」

 急いで支度を済ませて、病室の扉へと手をかけるエリオット。


「もたもたしてたら、あいつらいっちまうだろ?」


 エリオットは、小走りで病室を出ていってしまった。



***



 方舟前、カナとヨクトとミーナの3人が座って空を見上げている。

「……なんだか随分長居しちゃった感じするね」

「そりゃあ目の前であんだけ派手にやられちゃあ、仕事も増えるわな」



 会話に混じらずカナは、浮かない目をしている。

 カナの異変に気づいたヨクトは、彼女に声をかける。

「おい」

「……っへ?なんだ?」


 いきなり声をかけられて、思わず驚くカナ。

「余計なこと考えんじゃねぇぞ。お前の責任じゃねぇんだから」

「わ……私は!奴らから聞き出せたかもしれない情報のことを考えてただけで……」

 慌てて聞かれてもいないことまで答える彼女に、すかさずヨクトは彼女の心の内を見透かしたような目で突っ込む。


「誰があいつらの命の心配の話をしたよ」


 カナは虚を突かれたような表情をした後、いてもたってもいられず顔を背ける。

 ヨクトはそれを見て、難しい顔をしながら軽く舌打ちをする。


「……そろそろ行こっか」

 ミーナがそう声をかけたので、3人は船内に乗り込もうと、方舟の入り口から伸びた通路へと向かった。


 その時だった。


「あーッ!! 間に合った‼︎」


 呼び止めたのはエリオットだった。


 カナ達は声の方へと振り返る。


「何これ!? でっか!! これ船なのか?!」

 エリオットは初めて見る方舟の姿に驚愕している。


「お前らほんっと……訳わかんねぇのばっか持ってんのな」



***



 ーーーー先日、カナたちが去って、エリオットの父が病室に入ってきた時のこと。


 エリオットの父『ウィリアム・スミス』は、ベッドのすぐそばにある椅子に座っていて、二人ともなかなか口を開かない。


「……」

「……」


 いくら待ってもお互い一向に喋る気配がないので、しびれを切らしたエリオットがとうとう口を開く。


「あぁもう! なにしに来たんだよ! 見舞い来て一言も喋らねぇ親いるか⁈」

 ウィリアムはエリオットに顔を向けずに、静かに喋り出す。


「……元気にやっていたか?」

 ようやく一言目を発したウィリアムに向かい、彼は乱暴に吐き捨てる。

「入院してるやつに言うセリフじゃねぇ。しばらくの間に耄碌してんじゃねえかクソジジイ」

「……お前はまた口が悪くなったようだな」

 ウィリアムの目は死んでいる。前より一層だ。心なしか、体もやつれて来ているように見え、頬がこけている。


「……飯、食ってんのか?」

「飢えない程度には……今となってはあの薄味のスープすら少し恋しい」

 エリオットは意外な父の発言に、少し驚く。

 しかし、その発言が母を追い詰めた免罪符になる訳でもなく、エリオットは冷ややかな目で父を見る。

「……今更後悔してんじゃねぇぞ」

「私の責任だ」

 エリオットは、父から聞いた初めての言葉に戸惑いを見せる。


「妻の死も、街の腐敗も、今回の襲撃も、全て私の管理能力の弱さの結果だ。家族、企業、街、組織というのは人の体と同じくして頭部に問題があればたちまち不具合を体中に連鎖させる。もう長い間この地位に納まっているが、毎度のこと思い知らされるばかりだ。……痛いくらいに」


 ウィリアムは頭を抱えながら懺悔する。


「私はその重圧を、お前達に理由も無しにぶつけることで現実逃避し、人一倍努力してきた自分が正しいのだと過信したただの大馬鹿者だ」


 エリオットはしばし閉口する。


「わざわざ顔出しに来たのは懺悔の為か?」

「……いや、お前を見たら何故か話してしまった。今日はただ……」




「見舞いに来たかっただけだ」




 沈黙がしばしの間、その場に流れる。

 エリオットは静かに口を開く。

「……俺さ、あんたのせいだけじゃ無いと思う」

 ウィリアムは、予想外の息子の言葉に、思わず目を見張る。


「家出てからマジで色々あってさ、立場がどうとかの話じゃなくて、人って本来独りで生きる事ができない生き物だし、なんなら『一人で生きる』なんてただの幻想で、結局どっかでみんな繋がっている。それを否定すんのはただのクソガキの戯言だ。……だから他人の期待しあっちゃ、人のせいにしあっちゃダメなんだ」

エリオットの言葉に、ウィリアムは思わず目を見張る。


「……そうだろ?親父」

 エリオットは、自分で言っているのがおこがましくて思わず恥ずかしそうに片手で髪に触れる。


「なんかまだ上手く言葉にできねぇんだけど、俺……アンタの事憎んでいるけど、こんなご時世だし、これからもクソな事ばっかなんだろうけど、ちょっとずつで良いと思うんだ」



 エリオットは、勇気を振り絞って、その言葉を吐く。




「取り戻せねぇかな。俺達が失った『何か』を」








***



 時は戻り、方舟が停留している更地にて。

「……つーわけでぇ、この街はこれからも自分達で守って行きますんで、アンタらの助けはいらねぇ。ま、言われんでもアンタらまたヒーコラ言って間に合わねぇんだろうけどさ!」

「はぁ? お前またそんな事言って……」


 カナは怒鳴り散らす。更地で口喧嘩になる二人。

「また症状悪化させてみろ!! これからのお前、やる事だらけだぞ!!」

「へっ!! こちとら不眠不休なんで朝飯前……つーか朝飯ねぇよ!!」

「あと!! 腐った物を口にするのは止めろ!! もう少しマシな食事を……」

「なら支援物資もっと増やしやがれ!!」

「お前言ってる事無茶苦茶だ!!」



 嬉しそうな、はたまた少々寂しそうな表情でミーナがカナに声をかける。

「カナちゃん、そろそろだって」

「……あぁ、すまん。行こう」

 3人は箱舟の中へと入っていく。地面に伸びた通路が、音を立てて舟の入り口へと畳まれていく。


 方舟が稼働する。徐々に土埃を上げて、空中に浮かんでいく。

「……エリオット‼︎」

 まだ開いたままの入り口から、カナが大声で呼びかける。エリオットは、どんどん浮かんでいく彼女達を見上げる。





「生きろよ‼︎」



 最後に見えた少女の顔は、これまでに見たことないくらい輝かしい笑顔だった。




「……ったりめェだ‼︎」




 少年も、憑き物が落ちたかのように清々しく、それでいて少し恥ずかしさも混じったような笑顔で彼女たちを見送った。











 ーーーー彼女たちを見送ってから、後ろを振り返るエリオット。そこには、少しだけ理解しあうことができた父親がいる。


「……んだよ、いたのかよ。声くらいかけろや気色悪りぃな……」

「エリオット……お前、いいのか?あんな馴れ馴れしい口聞いて」

「は? なんで? 年なんて大した変わんねーだろ、あいつ」

「いや……彼女がいいならいいんだが……」



 エリオットはそこ直後にウィリアムから発せられた言葉を聞いて、絶句する。






「彼女……現アガスティア教皇、天音コウゲツ様の一人娘……『天音カナ』様だぞ」


「……は?」

















































この物語は


滅び行く世界に救いをもたらそうともがいた


ある一人の穢れなき少女と


彼女を最後まで支え続けようとした


勇敢な仲間たちによる


「魂」を取り戻す為の闘いの記録である






























ーー物語は一年前に遡るーー















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