第28話「基礎」

東部学院、教授室にて。

 額に青筋を立てて、椅子に座りながら、目の前にいるヨクトを睨みつけているボノ。

 ヨクトはバツの悪そうな顔をしながら彼の前で立たされている。

 ボノの目の下には、クマができていて、ストレスで寝れていないのがわかる。


「…『テロみたいな大犯罪』…言ったそばからだったな。」

「…いや、その…色々と複雑な事情がありまして…なんと言いますか…えっと…。」

「…ただでさえ卒業ギリギリの状態で、このクソ忙しい時期にチンケな理由で『デモ活動』だぁ⁇よぉしわかった…神議会が令を下さずとも、私が直々にお前を地上に…。」

 席を立ち上がり、ズイズイとヨクトに詰め寄るボノ。


 ヨクトは彼を止めようと両手を前に突き出す。

「待て待て待て待ッて‼︎不可抗力‼︎半分無理やり手伝わされたんだって‼︎」

「ほぉ『半分』⁈では残りの半分は⁈」

「同情4割‼︎…と…1割の共感…。」

「ではお前も同罪だ‼︎」

 ボノはヨクトの制服の裾を掴み、おもい切り持ち上げる。細身の彼からは想像もつかない力が込められている。


「いででででで‼︎ごめんなさいごめんなさい‼︎反省してますって‼︎」

 彼を持ち上げた手をパッと離し、ヨクトは床に落ちて『いでっ!』と声を漏らしながら尻餅をつく。


「…自分で招いた結果は受け入れるんじゃなかったのか?」

 怒りと心配が混じったような目でボノはヨクトに言う。ヨクトはボノと視線を合わせずに言う。

「…この前言ったことに、変わりはないよ。それに、みんな必死なってる中水差すマネなんて…。」

「…ではどうして?」


 ヨクトは、グレイブが言い放った『建前に逃げんじゃねぇぞ』という言葉を思い出す。

「…きっと、腹括れてなかったんだ。しょうもない理由だったけど、珍しくまっすぐな目して何かやり遂げようとしてるあいつの目見てたら…。」

「はぁ?お前なにを言って…。」


 ヨクトは立ち上がって言う。

「でもさ、それももう大丈夫。俺、仕事もう決めたから。」

「仕事?おお、そうか。それは安心だな…って…『仕事』⁇」

 ニカッと笑うヨクト。気の晴れたような表情でボノに言う。


「『葬人』。ついでに親父とお袋探してくっから。」


 ボノはそれを聞いてポカンとしている。

「葬…人……はぁあああッ⁈」

 問い詰められる前に、ボノの隙をついて彼の図体をくぐり抜け、教授室から飛び出すヨクト。

「頭悪くても入るだけなら入れるしッ!」

 走りながら言うヨクト。


 ボノは彼を追いかけて廊下に飛び出す。

 ヨクトは先日と同じように廊下を駆け抜け、階段を飛び降りる。ボノはそんな彼に追いつき、大声でこう言う。

「お…お前‼︎あんな仕事続けられると思ってるのか⁈」

 ヨクトは立ち止まって、ため息を吐いてからボノに言い返す。

「んだよ。せっかく進路決まったってのに、どっち転んでも説教かよ。」

「アガスティアの中でもとりわけハードな仕事に分類される!!脱落者だって毎年何人出てると思ってるんだ⁈」

「…ま、どうなるかワカンねぇけどさ。」

 冷や汗を滲ませながら怒鳴りつけるボノに向かって、ヨクトは振り返ってこう言う。


「『自分』からは逃げれねぇんだ。きっと。」


 ボノは、妙に吹っ切れた様子の彼をみて、呆然とする。

 ニカッと笑って「んじゃ。」と適当な挨拶をしてから、また急ぎ足で階段を降りていくヨクト。ボノはまだその場で呆然と立ち尽くしている。


「…血には逆らえないか…。」


 ボノの教授室、彼の机に置かれてある写真が映る。若き頃のボノと、ヨクトによく似た大柄な男、そしが仲むつまじげな様子で映っている。



***



 先日のように、学院正門へと降りる階段を降りるヨクト。

階段を降りた先には、いつもの面々が顔を揃えている。

 

「出た、反逆者。」

 アリエッタがヨクトを見て、小悪魔的な笑みを浮かべながらボソッと呟く。

「うおッ!モブ共!!」

「…誰がモブだ。『ダン』だろ。」

 金髪の髪を逆立たせているダンは、ヨクトの肩に片腕を回し、もう片方の腕をヨクトのこめかみ にグリグリと押し当てている。

「ちなみに僕は『ジェレミー』ね。」

 丸眼鏡をかけて、後ろで少量の髪を縛っているジェレミーが、ダンの後ろからニコッと笑って顔を出す。

 二人は、カナが屋上で講義をサボっていたヨクトを連行していた時に彼をからかっていた少年達だ。


「いでででッ!…お前ら、そんな集まって何してんだよ。」

「『応用数学』。最後の最後で難問だらけなのよ。みんなで攻略しよってこと。」

「って言って、ほんとはみんなカナに教えを請うためなだけだけどね。」

 サリアが悪戯っぽい笑みを浮かべ、アリエッタを補足する。

「おいおい、こいつだって卒業間近で色々あんだろ。気ぃ使えとか言ってたの、お前じゃねぇか。」

「あたしらはその時間を無駄にしないからいーの!あんたは全て台無しにすっからダメつってんのよ!」

 ヨクトとアリエッタがギャアギャアと言い合いしている。


「カナちゃん…忙しかったら無理しなくていいんだよ?」

 ミーナが申し訳なさそうに聞く。

「私は問題ないぞ。それに…。」

 カナは後ろで縛った長髪をサラッと手で流してから言う。

「…時間は無ければ作るものだ。」

「出た。得意の格言引用。」

「あぁ、ムカつく余裕だ。マジで。」

 ヨクトは悔しそうな顔で言い放つ。


「…ま、いいや。そんじゃせいぜい頑張れよ。俺はとっととかえ…いダッ‼︎」

 ヨクトがそそくさと帰ろうとした時、背を向けた彼の肩をカナが掴む。

「…なに一人だけ帰ろうとしてるんだ。」

 ヨクトが振り返ると、カナが彼に怒号を浴びせる。

「はぁ⁈俺にゃ関係ねぇだろ‼︎数字の計算なんて、基本できてりゃそれ以上は使わねぇって‼︎」

「部隊所属こそ学問を舐めるな‼︎状況が多岐にわたる任務の最中、瞬時に優れた判断を下すために必要なのはなんだ⁈幅広い知識の土台と鍛え抜かれた思考力だ‼︎経験のない新兵ともなればなおさらだろ‼︎」

「んなら模擬訓練でも受けてりゃいい話だろ‼︎離せっ‼︎」

「隊員以外が訓練所を使わせてもらえるか!私は特別なんだよ!」


取っ組み合いを始め出す二人を、みんな呆れた目で見ている。

「…ねぇ、あいつって結局なんの仕事することなったの?。」

「あ、あのね…えと…。」



***



 カナ達がいつも集まる講義室。先日ボノが使っていた場所と同じだ。

 彼らはいつもここに集まって、理解の及ばない箇所を互いに補いながら勉学に励む。


 人にもよるが、やる気のある場合、勉強は集団で行った方が効果が出る場合がある。

 人に教えるという作業は、自分にとってアウトプットに繋がる。そして、わからないことは自分で悶々と考えるより、得意とする人間に素直に教えを請うた方が速いするからだ。


 しかも、彼らは天下のアガスティアの民だ。途中でふざけ出したり、サボる人間などいない。

 …ただ一人を除いて。


 勉強会も落ち着いてきた頃。

「…しっかし、こいつが葬人志望とはなぁ。」

 机に突っ伏してるヨクトを見ながらダンは言う。ヨクトはしばらく前から集中力を切らしたようで、自主休憩(時間制限無し)に入ったままだ。

「私、『初任務で殉職』に一票。」

「私も。」

 アリエッタとサリアは、彼を全く信用していない様子だ。


「でもさぁ、葬人ってIQ高い人が集まってるイメージあるけど、そこんとこ実際どうなの?」

 アリエッタの疑問にミーナが答える。

「んとね…辞めていく人が圧倒的に多いから、常に人材不足なのが学力の壁を壊してるの。特に前線に立つ『機動班』はね。」

 カナが補足する。

「とは言っても、残り続ける人材は決まって学業でも優秀だったというデータが出てる。つまり継続力や忍耐力の無い者…意志薄弱はまずアウトだ。」

「こいつじゃねぇか。」

「したら、やっぱ殉職か除隊コースだね。」


ヨクトは、ダンとジェレミーの発言に苛立ちを覚えたのか、ボソッと呟く。

「…死なねぇよ。」

「あ、起きてた。」

「ま、お前の取り柄ったら『妙なしぶとさ』ぐらいだもんな。」

「あぁ⁈何言ってんだ、俺だってもっと他にもなぁ!………無いな。うん、無い無い。びっくりするほど無い。」

 ダンは不意打ちを食らったのか、吹き出す。

 サリアが背中を撫でながら「素直なとこも取り柄なんじゃない?」と励ましているが、ヨクトはすでにブルーに入ったようで「生まれてきてごめんなさい」と言いながらドンヨリとしている。


「真面目な話、葬人は入隊時に脳内に埋め込んだ『光殻』を調整する施術を受けるから、戦死する心配はそこまでいらないんだ。」

 ミーナが説明する。

「『光殻』を⁇脳内通信とか個人認証するくらいなら私達にだって出来るわ。」

「光殻はその他にも、体内に溜め込んだ『白光子』を自身の意識を介して自在に操作できる機能があるの。白光子は、様々な物質に瞬時に変化する性質を持っていて、意識の力で栄養成分やホルモンを自在に生成する事ができる。その機能を利用して身体能力を極限まで引き上げる事ができるんだけど、悪用を防ぐ為に普段はその機能が停止状態になってるんだ。…葬人は戦闘に介入する為に、その機能の使用を許可されているの。」

 ミーナの説明を聞いて、皆が感心している。ヨクトだけがちんぷんかんぷんな様子だ。


「…スッゲーな。俺もこんなことしてねーで早くそういう有意義な研究してぇ〜…。」

 ダンの発言にカナが釘を刺す。

「こんなこととはなんだこんなこととは。歴代の学者たちに失礼だろ。」

「だってよぉ。数学なんて一定ライン以上は実生活で滅多に使わなくなるんだぜ。要するにただのパズルじゃねえか。なのに必修に入ってるじゃん?」

 それを聞いたカナは、しばしの間考えた後、答える。


「…脳細胞の接触構造であるシナプスは、新しい知識や発見に出会うたびに無限に増殖する。そして、ある時思わぬところで知識の点を繋げるんだ。…例えば、橋の崩落危険度を計算するには微分積分をベースとして…」

 ダンがキョトンしてそれを聞いてると、ヨクトがすかさず彼女に突っ込む。

「おい、悪りぃ癖出てんぞ。つまり噛み砕け。」

 カナは、ヨクトを見て少しムッとしたのち、口を開く。


「『無駄なことなんて』一つもないんじゃないか?ってことだ。」


 ダンに向かって優しく微笑んで彼女は続ける。

「急ぎすぎるな。変に焦ったって大成なんかしない。人生は長いんだから、もうちょっと遠目で物事を判断してもいいだろ?」

 ダンは、なんだか安心した様子だ。

「…そっか、そうかもな。」

「人間一番大事なのは、なんやかんや『基礎』だ。論理的思考力を養っておけば、どこかで絶対に役に立つ。無駄な事なんて一つも無いよ。」


 その時、講義室の扉が開いて、教授がやってくる。

「おーいお前ら、そろそろ閉門だぞ。」

 随分と話し込んでしまっていたことに気づいた少年たちは、急いで片付けを開始して、学院を後にした。














***


 学院の帰り道。久々に一緒に帰る七人。七人とも、東部出身の幼馴染だ。

 下り坂の街道から、少し見える地上の方に目をやり、見下ろすアリエッタ。


「…しっかし改めて思うけど、私たちすっごい環境に生まれたわよね。巨大樹から組み上げられる『白光子』をエネルギー源にして様々な技術に応用…それもこれまで発達したどの文明よりも遥かに優れた物。」

「擬似太陽から放出される光状態の白光子が周辺都市に行き渡ってることで、皮肉にも彼らは外部から狙われ続ける運命にあるって…なんだか申し訳なくなるよね。僕らのせいな訳でもないのに。」

「大丈夫、その状況を少しずつでも改善していくのが私たちの役目だ。様々な技術提供と慈善活動を通してな。」

「そのとーり。だから今日も元気に、『滅私奉公』って奴ですよぉ〜っと。」

 そうつまらなさそうに言った矢先、アリエッタの表情が、険しくなる。嫌いな人間でも思い出したかのような顔だ。


「…あぁ最悪、この前のアイツ思い出しちまった。マジでなんだったんだよあのバケモン…。」

 彼女の機嫌を察知して慌ててなだめ出すサリア。

「お、落ち着いて!いいじゃんとりあえずみんな無事だったんだし…ね?」

「警備隊の人もあれからダンマリだし…そいや、あの後あいつらどうなったのよ。こいつはお咎め無しみたいだけど。」

「…他の奴もとりあえずは注意だけだとよ。馬鹿(グレイブ)のことは…知らん。」

 ヨクトは少し苦い表情をしながら答える。


 少し時間は経って、サリアが口を開く。

「あ〜あ。にしても、もう少しで卒業かぁ。今日みたいに集まるのも少なくなるんだもんね。」

「なにあんた。寂しいの?かぁわいぃ〜ねぇ。」

「むっ…なぁによぉ。あんただって昨日寂しがってたくせに。」

 サリアに隙を突かれて、思わず少し顔を赤らめて恥ずかしがるアリエッタ。


「…なぁ。卒業したらさ、定期的にみんなで集まる日作らねぇか?月一とかでもいいからさ。」

「それ、いいね!賛成!」

「いいんじゃない?私も賛成。」

「僕も。さすがにたまには気使わない空間にいたいし。」

 ダンの提案に、賛成する一同。

「だろ⁈…お前らは、どう?」

 ダンは葬人志望者達の方へ顔を向けて言う。


 しかし、三人は少し答えづらそうな顔をしている。

「…私たちは、どうだろう…基本方舟での生活って聞くしね…。」

 ヨクトは心の中で『クソブラックだな』と思うが、口には出さないでおく。

 ダンは、少し困ったような表情をした後、こう答える。

「…よしわかった。そしたらよ、俺らでお前らの休みに合わせりゃいいんだ。そしたら問題ないだろ?」

「そ、そんな悪いよ!」

「いいんだよ!みんなは、異論あるか?」

 他の三人も、『賛成』の意思表示をそれぞれとる。

「…それとも、俺らにせっかくの休み取られるの、嫌か?」

 ダンの言葉を聞いて、カナは即座に返す。

「ち、違う!そんなわけじゃない…けど…。」

 申し訳なさそうに俯いてから、上目遣いでカナは言う。


「…良いのか?私たちのために…。」

 カナの上目遣いに顔を赤くするダン。

「お…おう!もちろんよ!そしたら、決まりだな!」

「最悪、カナとミーナさえ揃えば問題ないしね。」

「どういうことだよそれッ‼︎」

 ヨクトがジェレミーに食ってかかり、ギャアギャアと騒ぎ出す。

 カナは俯いたまま、誰にも見られないように嬉しそうな表情を隠している。ミーナがその様子になんとなく気づいて、愛おしそうに微笑む。


 七人の笑い声が街道に響き渡る。

 年頃の少年少女たちの、なんの変哲も無い青春が、この楽園では許されるのだ。


 時は過ぎ、ダン、ジェレミー、アリエッタ、サリアはすでに別れた後。

「…そしたら、私こっちだから、じゃあね。」

 ミーナが手を振る。

「あぁ。また明日。」

「じゃなー。」


 貧民街へと歩く二人。気づけば、二人で帰るのも久しぶりと気づく。

 二人とも一向に口を開かない。黙々と、前に進むだけである。


「…なんかしゃべろ‼︎…よ…ッツ…。」

 しびれを切らし、言葉を発するタイミングも内容も合致する二人。思わず途中で言葉に詰まって、仏頂面をする。


「…ったく…いっつも思うけどなんで『お姫様』のお前が保護居住区(こっち)なんだよ…。」

「はぁ?なんか文句あるってか?」

「いんや。おかげでミッシェルさんいるし。ありゃ俺らのシマの女神だ。」

「はっ、女神なんて…普段のだらしなさ見たら幻滅するぞ。」

「…あの人ももともと『中央』の人なんだっけ?」

「ああ。神殿にいた頃からの私の付き人だ。…と言っても、ここに来てからはもはや上下関係もへったくれも無いザマだが。」

「ふうん。にしても、教皇様も随分無防備だよなぁ。実の娘がこんな場所で使用人と二人暮らしって…。」

 その時、何者かがヨクトの背後から話しかける。


「かえってそっちの方が目立たなくて良かったりもするのだよ。」

「にしてもよぉ、ちょっと不自然すぎねぇか?…って、え?」


 ヨクトが振り返ると、そこに白髪の壮年の男性がいる。隣でカナも口をパクパクとさせながら驚いている。

 そこにいたのは、ちょうど話題になっていた、アガスティア教皇「天音皐月」である。カナの実父だ。

 彼の後ろには、男性4人、女性2人、計6人の側近がついている。

 側近達は『神殿騎士』と呼ばれる、教皇一家が居住する中央神殿内部を護衛する騎士団だ。


「しばらく見ない間に大きくなったね、ヨクト君。」

 コウゲツはニッコリ笑ってヨクトに言う。ヨクトもカナも、青ざめた顔をしている。

「な…なな…。」

「ど、どど、どうして⁈父上⁈」


「カナも随分久しぶりだね。…二人とも、ちょっと話に付き合ってもらって良いかな?」

 コウゲツの妙な威圧感と、後ろでピタリとも動かず無言で佇む神殿騎士達に、ほんのわずかな恐怖を覚え、二人はコウゲツについて行った。



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