第27話「処分」



 地下収容所の廊下を大柄な男が歩いている。エヴァンだ。

 エヴァンは『特別尋問室』と書かれている部屋の前にたどり着き、ノックしたのちに部屋に入る。


 部屋に入ると、そこには四肢を拘束されヘッドギアを嵌められたグレイブと、椅子に不良のようにだらしなく座るアルジャーノが、モニターに映し出されている映像を凝視している。


「『映画鑑賞』、どんな調子だい?」

「最悪だな。完全にしてやられてる。」


 アルジャーノは映像に映し出されている、白髪で傷だらけの顔面の黒人男性を凝視しながら吐き捨てる。

 映像は、白髪の黒人男性がグレイブに薬を渡そうとしている場面で映し出されたまま、静止されてる状態である。

「侵入者なんて、公になったら大問題じゃねぇか。」

 苛立ちながら吐き捨てるアルジャーノ。その傍らで、グレイブがこの世の終わりかのような表情で、拘束されたまま俯いている。


「…あの…あん時の…怪我人は…?」

「重傷者はいたが、全員命の別条はないよ。さすが、アガスティアの医療技術といったところだ。」

 グレイブは、それを聞いて心底安堵する。なんの警戒も無しに完膚なきまでに騙され利用された彼ではあるが、決して誰かを傷つけたかった訳ではない。

 赤黒い化物と化した自分が暴れまわり、住民たちを傷つけた記憶。彼の脳裏をよぎり、とうとう堪えきれなくなって涙を流し始める。


「……俺…俺…どうかしてたんだ…あんな簡単な罠に…。」

「ここにいちゃ滅多に誰も嘘なんてつかねぇからな。平和ボケに付け込まれたんだろ。」

「…あいつは⁈あいつは今なんていってんだ⁈あんなもん渡しやがっ…。」

 グレイブが鼻声で声を荒げると、話を遮るようにエヴァンがきっぱりと吐き捨てる。


「消えたよ。」


 グレイブは、彼の言葉を聞いて目を見張る。

「…ど…どういうことだ?」

「君の言う独房『E-29』の『ジョン』と称する男は、君との会話のあと姿を消している。…そもそも、そんな囚人が収監されてる記録すら存在しないとのことだ。」

「何いってんだ⁈映像に残ってんだろ⁈俺は嘘なんかついてね…ッ‼︎」


 声を荒げるグレイブの腹に、アルジャーノの蹴りが炸裂する。鳩尾に入ったようで、グレイブは息苦しそうにみっともなく悶絶している。

「デケェんだよ声が無駄に。こっちは貴重な休み返上してテメェみてぇなクズの尻拭いしてんだ。

「おいおい…暴力はいかんって。」

「こいつのしくじりでどんだけの危害が出たと思ってんだ。足りねぇくらいだろ。」

 エヴァンはため息をつく。


「『何らか』の方法により、収容所に侵入し、同様にして脱獄した。…こんなことが可能と思われるのは…。」

「『奴ら』に潜入能力(スニーキングスキル)を持った奴がいるってか。」

「あぁ。今回単独だったのは威嚇のためか、はたまたただの愉快犯か…。」

「戦力不足じゃねぇのか?一般市民を駒にして内部破壊を狙った、とか。」

「内部の手薄さを知らないが故に、か。…何にせよ、神議会に大至急報告だ。都市内の警備強化を要請しなくては。」


 グレイブは怪訝そうな表情で彼らに問いかける。

「……奴ら?…あ、あんたら何いって…。」

「あぁ、すまない。君にはまるで知る必要のないことだ。どの道、もうここにはいれないのだから。」

 エヴァンの放った言葉の最後の一文を聞いて、グレイブは訳がわからない様子だ。


「先ほど、君の『地上堕ち』が決定した。」

 怪訝そうな顔をする彼に向かって、エヴァンは言う。口元は優しく微笑んでいるものの、目は全く笑っていなく、冷たく彼を見つめる。

「…へ…?」

 信じられない、とでも言いたげな様子のグレイブ。


「悪意はないとはいえ、テロリストへの協力と、過激なテロ行為の実行、及び民の殺害未遂。残念だが、流石に見過ごせないとの神議会のお達しだ。」

「…そ…そんな…俺…俺はッ…。」

「こんな簡単に敵に騙されるような馬鹿がここにいれるわけねぇだろ。命があるだけマシって思っとけ。」

 アルジャーノはグレイブに冷酷な口調で言い放つ、グレイブはどんどん絶望的な表情になり、涙をポツポツと垂らしながら悲痛な声で呟く。



「…話を聞いて欲しかった…だけなのに……。」





















 尋問室を後にし、廊下を歩きながら二人は会話する。


「…とりあえず、皮肉にも『薬』の存在は収穫だったな。昨今発症者の確認が増加していることも、これで合点がいく。プロトタイプの試用だったとも予想できる。」

「『薬物兵器の開発員がいる』ってこともだな。…ったく、奴らはどうなってんだ?」

「発症者増加の原因が奴らのせいだとして、我らにとって驚異化するならば、さらなる研究の強化も必要になってくる。となると、被験体の確保は我々の役目だ。」

「また余計な仕事が増えんのかよ。人手もねぇってのに。」

 アルジャーノが心底嫌そうな顔をしてそう言うと、エヴァンが嬉しそうな顔をしてこう返した。


「それについては朗報だ。我が隊への入隊志望者が今年は3名もいる。」

 それを聞いてアルジャーノは目を丸くした後、エヴァンに隠れるようにして少し嫌そうな顔をする。

「昨日の奴らか?どうせまたすぐに根ぇあげて辞めてくだろ。」

「いや、今年のは結構期待できそうだぞ?特にその内『2人』は。」

「はぁ?何を根拠に…。」


「…なんにせよ、『家族』がまた増えてくれそうで私は嬉しいよ。」

 エヴァンは少し寂しそうな目をしながら笑う。アルジャーノは納得の行かなそうな様子で彼を見つめている。


 二人は、収容所を後にした。

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