第29話「ウエガトの眼」
三人は、カナの家へと場所を移していた。
随分と質素でこじんまりとした風景のリビングで、テーブルで向かい合うコウゲツと、カナとヨクトの二人。そして、相変わらず壁側で無言でたちっぱなしの神衛隊士たち。
「本題の前に二人に聞きたいことがあるのだが…。」
聞いただけで癒されるような声色と穏やかな口調で話し出すコウゲツ。二人は緊張した様子で、冷や汗を少しかきながら、緊張している。
「二人共、卒業後は『葬人』への入隊を志望する、で間違いはないかい?」
「はい。もちろんです。」
「俺も。」
「その意思に、変わりはないかい?彼らの責務は重い。おそらく君たちが想像している以上に。」
コウゲツの穏やかな目が、急に心のこもってないような冷酷な眼差しになる。そのただならぬ雰囲気に、二人とも固唾を吞み、恐怖を押し殺すように返事する。
「…もちろん。」
それを聞くと、コウゲツは虚をつかれたのか目を見張って、その直後すぐに元の穏やかな表情に戻る。
「…そうか、それは心強いよ。二人とも本当にありがとう。」
「にしても、随分情報早いっすね。俺なんて、つい最近決心ついたばっかなのに。」
「葬人の管轄は神議会では私の役目だからね。貴重な入隊希望者の情報はすぐに入ってくるんだよ。」
コウゲツは続ける。
「では…君たちの意思が硬いと見て、先に知っておいてほしいことがあるんだ。大前提として、このことは市民の間では機密事項としてほしい。良いかい?」
二人は怪訝そうな様子だが、了承する。
「もったいぶってないで、教えてくださいよ。」
コウゲツは語り始める。
「うむ。まずは先日捕縛したグレイブ・アレクサンドリアの処遇から。…テロリストへの協力扶助、暴力行為を伴う激しい反逆行為などの罪状により、彼は『地上堕ち』の刑に処すことが決定した。」
それを聞いて、二人は驚いた様子。
「…えっ…。」
「直接的に彼が原因ではないものの、今回の悲劇を招いたのは間違いなく彼の不注意や油断が招いたものだ。…こちらとしても非常に心苦い決断となったが、彼が民たちに与えた危害と恐怖のこと考慮したら、そうせざるを得ない。それに彼のような、見知らぬ囚人などに簡単に付け入れられる『心の隙』を持った人間は、この楽園では危険だ。」
ヨクトは、ロクでもない記憶しかないとはいえ、幼馴染の処遇に相当ショックを受けたようで、放心状態になっている。
「…そりゃ…そうですよね…。」
コウゲツは、うなだれるヨクトに対し哀れみの眼差しを向ける。
「…ははっ…あいつ、ほんと何してんだよ…最後までバカ丸出しなまんまじゃねぇか…。」
納得がいかない様子で、カナが口を開く。
「ちょっと待ってください父上!『テロリストへの協力扶助』というのは、どういうことですか⁈」
「問題はそこだ。単刀直入に話すと、今回の事件のそもそもの原因は、彼が勤務中にテロリストと接触し、甘い言葉で誘導された挙句『例の薬』をつかまされたことにある。」
「どうして⁈アガスティアに侵入者なんて、あり得ないはずです‼︎侵入者対策は完璧なはず!!」
コウゲツは少し間を置いて、語り始める。
「…元来地上では、市民の間で『PSY』と呼ばれる奇病が稀に発症してきた。発症者は、その大半は病に自我を支配され、様々な超常を発現させ周囲に危害を及ぼす。…例えば、確認されやすいのが『暗黒石』と呼ばれる鉱物を自在に生成させる、などだ。」
カナとヨクトの脳裏に、先日のグレイブの狂った様が思い出される。
「…それって…。」
「察しの通り。グレイブ君はアガスティアの民にして、初めてPSYを発症した。これがなぜかわかるかい?」
「…事件の発端となった『例の薬』のせいですか?」
「そう。彼は接触した侵入者から、一時的に発症状態にさせる薬を渡され、効果を知らずに使用した。…そして、PSYが引き起こす力は先ほど説明したものだけじゃない。発症者によって様々な特異能力を引き出すという報告がある。」
「…侵入者もまた、発症者ということだったわけですね?」
「…それが今のところの見解だ。」
「それじゃあ…なんでわざわざこんなことしたんすか?アガスティアに乗り込んで喧嘩売るなんて、死にてぇヤツかよっぽどのイカれ野郎じゃなきゃ…。」
「我々は今回の事件は単独犯ではなく、組織的な犯行だと見ている。…それに、大方の目星も。」
コウゲツは、少し間を置いてから、再び語り出す。
「『ウエガトの眼』。彼らはそう自称する。兼ねてから我々が対峙してきた組織だ。」
「ウエガトの…眼?」
コウゲツはこう説明する。
ー『ウエガトの眼』ー
PSYの発症者を懐柔し、その力を攻撃手段として利用するテロリストの集合体。アガスティアは兼ねてから対峙してきた構成員を極秘裏に捕虜とし、彼らから読み取った記憶に決まって組織の連絡係と思しき人物が映し出された為、組織の存在が判明した。
連絡員は『奇怪な片目だけが描かれた覆面』と『なんらかの変声技術』を用いて素性を隠し、構成員もそれぞれの目的のために傘下に降っているため、幹部や首謀者の身元、組織全体の目的は未だ判明していない。
しかし、彼らは提携都市などアガスティアに関与する人間達を狙う傾向にある。そのため、アガスティアに強い怨恨を抱いた者達で構成される組織と推測されている。
「彼らによる攻撃である事は推測できるが…それが単なる威嚇のためだったのか、はたまた別の目的があったのか…結局不可解な点が多いんだ。」
「なぜ、神議会はこんな重大なことを民に黙っているのですか?」
「外敵の脅威に対し、余計な不安を煽って民のそれぞれの生活に滞りや混乱を生じさせないためだよ。」
「…でも、いつかはバレるんじゃ…。」
「だから、『我々』が先手を打ってこの問題を解決する。」
ハッとするカナとヨクトをみて、コウゲツはさらに続ける。
「これらのことは、葬人や中央関係者など、地上と密接に関わる人間しか知らない。本日私が直接出向いたのは、『PSY』と『ウエガトの眼』の存在、この2つの機密事項を指導者である私自身の口から君たちに話しておきたかったからだ。」
コウゲツはカナの方を見てニコッと笑う。
「…久しぶりに愛娘の顔も見たかったしね?」
顔を真っ赤にするカナ。
「大規模なテロ組織との戦闘や殲滅作戦は上位部隊になるにつれて多く任されてくる。…君たちは恐らく第7部隊の所属となるだろう。エヴァン君とは、もう会ったね?」
「はい、先日、彼に助けてもらいました。」
「彼は非常に優しい。彼の部隊も、同じくしてだ。…きっと、君たちが最初から大規模な戦闘に巻き込まれる可能性は少ないだろう。…しかし…いざとなった時は、自分と味方の身を第一に優先しなさい。言いたいことはわかるね?…大丈夫、私たちが負けることなど決してありえないよ。」
コウゲツは、長々とした説明に多少疲れたのか、小休止を挟んでこう締めくくる。
「以上が話しておきたかった内容だ。最後に今一度聞くが、君たちの意思はそれでも変わらないかい?」
二人は少しの間だけ黙る。しかし、すぐに決心がついたような目になり、返事をする。
「…はい‼︎」
コウゲツは、彼らを見て、再び優しい父のような穏やかな笑みを浮かべる。
「…ありがとう。」
彼の話が終わった直後、微動だにしていなかった神衛騎士の一人が動き出し、カナの元に近づきひざまづく。
「カナ様。先日の襲撃、対応が遅れて申し訳ございません。我々が真っ先に気づいて駆けつけていれば…。」
「その声…アウスゲイルか?」
「はい。覚えておいて頂き、光栄です。」
「忘れるわけないだろう。『神衛騎士』は神殿を守るための戦士のはずだ。お前が責任を感じる必要は無いよ。」
カナは優しく微笑んで彼に言う。
「…誠に有難きお言葉…それでは失礼いたします…。」
アウスゲイルは膝まづいたままカナの手の甲に口づけをすると、元の位置に戻っていった。
コウゲツが、椅子から立ち上がる。
「…さて、伝えたいことも伝えたし、二人の意思も聞けた。それではおいとまするとしよう。」
カナは寂しそうな表情をする。
玄関へと歩いていくコウゲツと神殿騎士達。コウゲツが最後にミッシェルに声をかける。
「…引き続きカナをよろしく頼むよ、ミッシェル。」
「えぇ、お任せあれ。」
ミッシェルが余裕の笑みを浮かべると、安堵してコウゲツは家を後にした。
「…ひぇーっ…頭がパンクしそうだ…。」
その時、カナが『ガタッ』と大きな音を立てて椅子から荒々しく立ち上がる。
「…俺、なんか癇に障ること言ったか⁈」
そんな勘違いをするヨクトを無視して、カナは走って家を出て行ってしまった。
「…は…はぁ⁈」
「…あらあら。」
ミッシェルはクスクス笑っている。
「んだよあいつ…。」
「ちょっと甘えん坊発揮しちゃったみたい。」
***
貧民街を後にするコウゲツと神殿騎士。
「…父上ッ‼︎」
後ろから声がすると、そこには急いで走ってきたであろうカナが、乱れた呼吸を整えながら、膝に手をついて苦しそうにしている。
「…カナ…。」
カナは強く歯を食いしばり、コウゲツに向かって大声を上げる。
「…私っ…たとえ、どんな厳しい任務があったって、どんな辛い戦いに巻き込まれたって…その先に真の平和があるのなら…絶対に耐えてみせます‼︎そしてッ…‼︎」
顔をあげるカナ。
「絶対あなたの後を継げる人間になります‼︎」
それを聞いて、しばし閉口するコウゲツ。
「…バレちゃうよ?」
カナは周囲の住民から『なんだなんだ?』と注目を浴びていることに気づく。
「あっ…。」
焦りだすカナ。コウゲツはそれをみて彼女に言う。
「私はいつだって、君に期待してるよ。カナ。」
コウゲツはそう言い残すと、また前を向いて歩き始める。
背中を向けたまま、片手をあげて手を振る。
カナはそれを見て目頭を熱くさせる。彼女もまた、寂しさを振り払うかのように背を向けて、家へと向かった。
***
葬人東部支部のある一室で、エヴァンがまじまじとグレイブの記憶の映像を見ている。
そこにアルジャーノが入ってくる。
「まだ見てたのかよ。」
「…おっと、すまない。つい夢中になってしまった。もう出るよ。」
「何か引っかかる点でもあんのか?」
アルジャーノがそう言うと、一瞬黙るエヴァン。妙なラグに違和感を感じるアルジャーノ。
「…いや、何か発見がないかと思って見ていただけだ。結局、何もわからなさそうだが。」
「…あ、そ。じゃあ、俺もう帰っから。」
「あぁ、お疲れ様。」
そう言って、帰ろうとするアルジャーノ。
しかし、一瞬立ち止まって、エヴァンにこう言い残して帰る。
「『隊の中では隠し事は無しだ』…違ったか?」
エヴァンは目を丸くする。
「ゴタゴタ考えこんでこじれるくらいなら、言えよ。気ぃ向いた時でも。」
最後まで言うと、アルジャーノはスタスタと行ってしまった。
「…参ったな。」
エヴァンは独り言のように呟いて、苦しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます