第13話「PSY」


 病院のある一室にて、エリオットはベッドから体を起こした状態でいる。周りにはアルジャーノを除いたカナ達葬人の面々。


 エリオットは汗だくで、ひどく緊張し、不安気な様子だ。


「幸い、君が死体置き場の近くにいたおかげで死亡者はゼロ。軽度の負傷者が数名出た程度だ。……良かったね、エリオット君」


 エリオットに語りかけているのは、先日の戦闘時では神器の鎧で覆われて見えなかった顔が露わになっているエヴァンだ。

 彼は、すらっとした長身で筋肉質、二十代後半〜三十路前半くらいの男性である。黒髪短髪のアップバンクで、短い顎髭のナイスガイといった感じの男だ。


 報告書類を持ったまま、優しい笑顔をエリオットに向けるエヴァン。それを聞いて、深いため息を吐き、心底安堵するエリオット。

「良かった所の話じゃねぇって……誰か殺してたらいよいよ首吊ってるとこだったっての……」

「おいおい、やめてくれよ。私たちの仕事がまた増えるんだから」

「はぁ!?そんな言い方あるかよ‼︎」

 カナは椅子に足を組んで偉そうに座りながら、ニヤニヤと笑いながらエリオットを見つめている。


 二人のやりとりを暖かい眼差しで見ているミーナ。

「良かった。なんかすっかり仲良しみたいだね」

「仲良し? 新しいオモチャだよ」

 悪魔のように笑うカナ。知らない間に『古いオモチャ』の矢印がつくヨクト。


 エリオットは心の中で『昨日見せた優しげな笑顔はなんだったんだ』と思いながら、悔しそうな顔をしている。




 そう、あの後エリオットが急に眠りに落ちて、病院まで搬送されて目覚めるまで、丸一日かかったのだ。



 エリオットは、恐る恐る一番気がかりであったことを、エヴァンに尋ねる。


「なぁ、隊長さん」

「なんだ?」

「昨日の俺……あれ、なんだったんだ?俺、途中まで全然意識なくて……」

 それを聞いたエヴァンは、何かを確認するように他の隊員達と顔を合わせて、皆はうなづいて応える。


「エリオット君、これから話すことはくれぐれも内密にしてくれるか?」

「もちろん。もったいぶらないでくれよ」

 真剣な顔つきになるエヴァン。エリオットは思わず、緊張して背筋を伸ばす。


「では……」



 エリオットが聞いた話は、到底信じられないような話だった。その存在自体もだが、自分が『それ』にかかってしまったのも、信じられなかった。

 しかし、彼には何よりもの証拠である『経験』ができてしまっていたので、それを信じることを余儀なくされた。























ーー『PSY(サイ)』ーー



 いつ頃からか、地上の住民の中で発症が確認されるようになった精神疾患。


端的にその内容を述べると、発症者の脳の松果体が過剰に活性化されることにより、超常現象を呼び起こす力が発揮されるようになる奇病である。


 発症者は初期症状として、軽度のサイコキネシス、ポルターガイスト、透視、テレパシー…etcの現象が度々見られるようになる。


 本格的な能力の覚醒(=『発症』とする)では、先述の超常現象に加え、まるで血液が凝固したかのように赤黒く、妙に透き通った材質である『暗黒物質』を自在に操る力を得る。


 なお、精神疾患に分類されているかの理由は、これが発症する人物のほどんどが、事前に強い精神的ストレスを蓄積させていたことが判明しているからである。

 

 また、居住区の大気にわずかに含まれている『死の灰』を体内に吸入し蓄積してしまった事も発症要因の一つとして推測されている。


 一度発症すると、安定した精神状態を維持することが、症状をコントロールすることに繋がる。


 逆に状態が悪化した際には、上記に上げた能力が暴発。周囲に危害を及ぼしたり、最悪自死に至る場合もある。



 なお、上記の発症条件に関してはあくまで一要因に過ぎなく規則性に欠けており、確固たる情報はアガスティアの技術を用いてでも未だ未解明なままである。



 『無』から『有』を産み出すこの力を、アガスティアの研究員達は『超能力』と呼称する。









 ーーーー唖然としているエリオット。


「公用語である英語の『Psychokinesis(超脳力)』と、漢字の『災(サイ)』を掛けて名付けたって……ほんと呑気だよな、あのふわふわしたおっちゃんは」

「おい! 教皇様を侮辱するな!!」

 皮肉交じりにヘラヘラ話すヨクトに、カナが呆れた様子ではなく真剣に怒っているのが珍しく見えたが、エリオットの頭はそれどころじゃなかった。


「ちょっと待って‼︎ 超能力だぁ⁈ あんたらバカにしてんのか⁈ そんなもん、数百年前の創作に出てくるようなもんじゃねぇか‼︎」

「してない。仮にそうだとしても、昨日のお前はどう説明するんだ」

 カナの真剣な目つきを見て、エリオットは疑念を晴らす。


 ミーナが意味深げな目つき語り出す。

「先代の科学文明の終わり頃にはそれが目に見えない素粒子の作用によるものだって解明され始めていたみたいだよ。『事実は小説よりも奇なり』超常的な力を引き起こす存在は舞台裏で保護管理……もしくは弾圧され、研究は秘密裏に続けられていた」

 ミーナは続ける。

「……けど、結局突き詰めた所まではわからなかったみたい。『空』の過去の文献データにも詳しい事は書かれていないんだ。ごめんね? 結局参考にならなくて」


 エリオットは何かを思いついた様子で、再度エヴァンに尋ねる。

「……それじゃああんたらの『神器』ってのは……」

 エヴァンは話を遮るようにして立ち上がる。

「更に詳しい話は追々嫌でも知っていく事になるよ。なぜなら…君にはこれから定期的に我々の研究に付き合ってもらう。この病について深く知っていくための実験等だ。病の原理解明が地上環境改善に繋がる力になるかもしれないんだよ。代わりに高待遇や街への物資支援も手厚くなる。君にとっても悪い話じゃないはずだ」

 エリオットは訝しげな様子でエヴァンの話を聞いている。


「なぁに、負担が大きい事はしないし、どれもこれも後々君のためになる事ばかりだ。…ちなみに発症直後の記憶はどうだい?」

「……全然覚えてない……です」

「だろ? 病に呑まれている証拠だ」

 

 エヴァンは続ける。

「現在協力関係にある発症者は3名。彼らに共通している事は初期症状を脱した者は一度力がリセットされる事、PSYの操作には各々に応じた修練が必要と判明している。半無制限にも見える無からの物質生成能力、加えて『死の灰』との関連性。現在我々は発症者達をこの資源危機から脱するための重要な鍵と見ている。……それが君なんだよ。エリオット君」

 何かを期待しているかのような眼差しで、エヴァンはエリオットに言う。


 エリオットは、あまりにも突拍子も無い話に、驚きと戸惑いを隠せないでいる。

「俺……俺が……?」

 不安そうな彼を見て、苛ついたカナは彼の耳を引っ張る。

「あーもう!! うじうじうじうじ見てられないな!!」

「いでッ!!」


 耳を引っ張られて痛がっている彼を気に求めず、彼女は彼に言い聞かせる。

「嫌いなんだろ? 非力な自分が。いいから乗れよ。こちとら全面支援上等だって言ってんだ」


 ーーーーその言葉を聞いて、少年の中で何かが熱く動き出す。


「……あ……でもよぉ」

「なんだ! まだグチグチ言うつもりか?」

「……あのままだったら、俺、どうなってたんだ?」


 その場にいる葬人達の目の色が、微かに変わる。エリオットはそれを見逃さなかった。

「……あれ? 俺なんかヤバい事言った?」



 その時、廊下からドタドタと大勢がこの病室に近づいてくる足音が聞こえてくる。

「……おい、目覚めたってほんとか?!」

「病室はどこ?!」

 足音の主達の会話が、かすかにこちらに漏れて聞こえる。


 病室のドアが勢いよく開いて、ぞろぞろ住民たちが病室に入ってくる。住民たちはこぞってエリオットの元に集まり、カナたちはその勢いに身を引く。


「エリオット! オメェ心配したぞ!!」

「よかったなぁ……ほんと、よかったなぁ……」

 住民達は、エリオットを心から心配していたようで、涙ぐみながら彼の手を握る。


「……み、みんな?!」

「もう、苦しくはねぇのか?どこか痛くねぇか?」

「ジズも殺されちまって……お前まで死んじまったら……俺ぁどうしようかと……」



 最後に発言した住民は、どうやらエリオットがいつも手伝っている商店の店主らしい。

「……そっか……ごめん、心配かけ……」


 住民達はその場で談議する。

「にしてもよぉ、どうなってんだ今回の襲撃は」

「先の見えない油田発掘で頭イカれたかね!!」

「北東のスラムの連中がトチ狂った結果だって噂だぜ」

「ホントおっかねぇよな、何も捨てる物もねぇ奴らは!!」

「法整備見直してもらわねぇとな!!」

「市長は相変わらず無能だなホント」

「あんな奴ら無用心に受け入れやがって……」


 ーーー違う。そうじゃ無い。

 黙ってその会話を聞いていたエリオット。しかし、何か言いたい事を隠している様子だ。


「なぁエリオット!! またガツンと言ったれや!! お前と母ちゃん追い詰めたあのクソ親父に!!」


 しばし閉口するエリオット。少し歯を食いしばったあと、こう答える。


「……みんな、あのさ。これって『誰か』のせいなのかな?」


 エリオットの素っ頓狂な発言を聞いて、訳のわからない様子の住民達。


「……いやいや何言ってんだよエリオット。責任の所在の追求から逃げちゃいけねぇって」

「まぁエリオットもまだガキだしな!! 大人の議論にゃついてけねぇよ!!」

「しゃあねぇしゃあねぇ!!」

 笑い出す住民達。


 その場から、ミーナは席を外した。



***



 寂しげな目でどこかへ消えようとする彼女を、一人の初老の男性が止めた。

「嬢ちゃん」

 ハッとして振り返るミーナ。誰かを確認して、再び逃げようとする彼女の背中に、グラハムは語りかけた。


「チップにしても貰い過ぎだろ。あの額はよ」

 足を止めるミーナ。グラハムは続ける。


「汚ぇ金受け取ったみてぇで落ちつかねぇよ。ツケにしといてやっから……」


 彼の言葉を最後まで聞く事なく、彼女は立ち去ってしまう。


 初老の男性は彼女を黙って見送った。


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