第19話「野望」




 時刻は夕方頃。外で課外活動に打ち込む者、空いた講義室で各々の研究に精を出す者、アトリウムでくだらない話を長々とし続けている者、様々だ。

 ヨクトはどれにも当てはまらない。どれにも染まることができないでいる。その光景を眺めている目に、少しだけ悲しげな色が滲んでいる。


「……帰ろ」


 そう思い入り口に足を急がせると、同じく帰る寸前のミーナと鉢合わせた。


「まだ帰ってなかったのかよ」

「うん、ちょっと用事で。」


 彼女に近づいたら、物陰で見えなかったカナが横についている。それに気づいたヨクトは舌打ちをする。

「鬼女も一緒かよ……あでっ!」

 カナの強烈な蹴りがヨクトの尻を襲い、床に崩れ落ちる。

「やめろって言ってるよな?その呼び方」

「……うす」

「ったく。説教はもう終わったのか?」

「さっき終わったとこ。最近はこんなのばっかだ」

「ヨクトくん、この頃になって一層呼び出し多いもんね」

 ミーナがクスクス笑い出す。

「ねぇ、ヨクトくん」

 ミーナがしゃがみこんでうずくまってるヨクトの方に顔を覗かせる。


「せっかくだから、3人で一緒に帰ろ?」


 ミーナのかわいらしい笑顔に、ヨクトは少しだけ顔を赤らめて、「おぅ」と、うなづいた。



***



 学院の帰路。

 東部の住宅街の曲がりくねった細道を進んでいく3人。両脇には、シンプルな造形と配色をした純白の家屋が立ち並ぶ。

 現代で例えると、スペインの『ミハス』を彷彿させる街並みで、空を覆う暗黒とは打って変わって美しい街並みだ。


 ヨクトとミーナが先頭を歩き、カナは図書館から借りてきた書物のコピーを読みながら、二人とは少し距離を置いて歩く。


 何が彼を驚かせたのかわからないが、ヨクトの大声が、人通りの少ない街道に響く。


「はぁっ?! 『葬人』になりたいって……地上のめんどくせぇ事全部やる特殊部隊だぞ!!毎年鬱になって辞める奴続出してんだ!!お前わかってんのか?!」

「知ってるよ。それでもやりたいんだ。私、医学中心のカリキュラム受けてたんだけど、ここ(アガスティア)の病院、みんな病気しないから暇でしょ?」

 覚悟を決めた表情のミーナを見て、ヨクトは狼狽える。

「なっ……」

 ミーナは考えをヨクトに述べる。葬人の支援班の入隊すれば、地上で紛争が巻き起こった際に出る負傷者に治療を施したり等、アガスティアに留まるよりもより広範囲の人類に貢献できる、と。

 葬人には、『機動班』と『支援班』がある。大雑把に説明すれば、前者は有事の際の戦士として機能し、後者は前者をその名の通りバックアップする事、及び隊員から防衛対象の都市の住民達の治療などを担当する。(より詳細については後述する。)


「カナぁッ!! お前なんて答えた!!」

 後ろを振り返り、カナを呼びつけるヨクト。何故か彼はやけに焦った様子を見せる。


 本に夢中になっていたカナが、急に呼ばれた後、こう答える。

「もちろん、私は無論全面賛成だ。より多くの人々の力になりたいと願う志をどう否定しようって言うんだ?」

「せ……戦闘にだって出くわすかもしれないんだぞ!」

 カナは『臆病者め』と小言を呟いてから答える。

「お前な……『神器』を使う私たちがやつらに負けるわけないだろ?」

 カナは加えてこう説明する。

 −−−−葬人が使用する『対人対兵器戦闘用神器』はあくまでも抑止力の為に存在する。あまりの威力のために葬人の存在を仄めかすだけで内戦率が格段に下がるからだ。

 無闇矢鱈に敵を排除したり争いを煽るものでは決してないし、万が一戦闘が勃発しても我々が真っ先に為すべき事は……−−−−

 と、長ったらしいカナの説明を聞いているのか聞いていないのか、ヨクトはミーナに心配して声をかける。

「お前本当に大丈夫?」

「支援班は戦わないから……」

 カナは眉間にシワを寄せ、ヨクトに怒鳴りつける。

「いざとなれば私が守ればいい事だし……というより!お前人の事より自分はどうなんだ?!」

「はうっ!!」

 ヨクトに詰め寄るカナ。

「どうせ進路のことで呼び出し食らってたんだろ!! 大方末端職しか残されてなくて一丁前に絶望してたって顛末だ!! 容易すぎるくらいに想像できる!! 少しは捻ってみろ!!」

「う……う……うるっせえええええッ!! お前らエリートなんかにゃ俺の苦悩がわかってたまる……かっ……」

 ヨクトは思わず口を塞ぐ。

 彼の異変に気づいたのはミーナだった。

「……やっぱり、なにか悩んでる。変だと思ってたんだ。ヨクト君、昔はちゃんと講義に熱心だったのに……」


 ヨクトは、学院の方を振り返る。ここからでも、いくつかの講義室や研究室の明かりがついているのがわかる。それを見て、彼はまた寂そうな目をする。

「……何にも意欲がわかないんだ。ガキの頃だったらあんなにワクワクしてたようなことでさえ、『こんなことやっててなんの意味が?』って考えが勝っちまう」

 カナが少し眉をひそめながらヨクトの話を聞いている。

「外にいても、学院にいても、みんなキラキラしてるだろ?なんかそれ見てたら、自分だけが別のとこにいるみたいに感じちまって……」

「……頻繁に講義を抜け出してたのはそれのせい?」

「……こんな状態なんだ。やりたい仕事なんて見つかるわけもねーし、仮にできたとしても今からじゃ間に合うわけもない。末端職だろうがなんだろうがありがたく就かせてもうらよ」

「……そっか」


 −−−−その時、聞くに耐えない、とでも言いたげな表情で彼の話を聞いていたカナは、読んでいた本を閉じて、強い口調でヨクトに言い放った。


「諦めただけだろ」


「……あ? なんだよ急に。」

 逆鱗に触れたのか、目の色が変わるヨクト。

「理想を諦めただけの自分を惨めにさせないために、必死に飾り付けしているように見える。違うか?」

「はぁ? もう少しわかりやすく言えよ」

「これならどうだ? お前はただの夢に敗れた負け犬だ」

「負けい……てめぇ!」

 ヨクトは憤慨してカナに詰め寄る。

「ちょ、ちょっと二人とも! よしなよ!」

 ミーナが二人の間に仲裁に入り、喧嘩になるのを止めようとしているが、二人の間に生じた軋轢は、もう留めが効かない。


「お前は悔しいとは思わないのか!」

カナはヨクトに怒鳴りつける。

「昔よりはマシになったが、お前はいつまでたってもみんなからの笑われ役だ! お前は意欲が湧かないんじゃ無い……努力から逃げているんだ!! 無我夢中で必死に努力する者は決してそんな事を言わない!!」

「カナちゃん!! ちょっと止まって!!」

「いいんだこいつには! 自分が惨めに思われないように、それらしい理由で予防線を貼って……今のこいつは単に自分で自分を慰めているだけの弱虫だ!」

「お前……舐めた口聞いてんじゃねえぞ!!」

 カナの胸ぐらを乱暴に掴むヨクト。

「カナちゃん!!」


 ミーナが止めに入ろうとしたその瞬間、カナは自身の襟を掴んでいるヨクトの腕を掴み、そのまま背負い投げて地面に叩きつける。

「……うッ……」

 投げ飛ばされて意識が朦朧としている無惨なヨクトの姿を見て、カナは再び怒鳴りつける。



「……お前、『野望』はどうした?!」



ヨクトは倒れたまま、この世の終わりかのような表情で大嫌いな空を見上げている。


「……ほっといてくれよ」

と小さく吐き捨てて立ち上がり、その場から逃げ出すヨクト。


「ヨクトくん! どこ行くの?」


「カナちゃん! ちょっと言い過ぎだよ! いくらなんでもあんな詰めなくても……」

カナは俯いていて表情は見えない。

「……カナちゃん」

また、あくまで時間帯だけの夜が始まる。真っ暗な夕方終わりの出来事だった。




***



 −−−−先ほどの街道から少し離れた公園にて、ヨクトは椅子に座ってうなだれながら幼き頃のことを思い出している。



 ヨクトとカナが、二人が育った東部貧民街から少し離れた場所にある展望台で話した事だ。

 ここからは学院の屋上同様に、地上の景色がよく見える。とは言っても、お世辞でも、男女二人で見るようなロマンチックで綺麗な景観とは言えない。

 アガスティアから離れれば離れるほど荒廃した景色が広がり、さらに奥に見える海はここからでも死んでいるのがわかる。先の時代の後遺症だ。


「しっかしまぁ、よくもここまで『差』が付いたよな。『ここ』と『あっち』で」

 

 幼きヨクトが、展望台の柵から顔を出して言う。後ろには幼きカナがいる。

「ここに住める人数は限られてるから、アガスティア創立の時に大規模な『選別』があったんだ」

「『選別』? どんな?」

 カナは少し悲しそうな表情をしてからこう答える。

「賢い人だけを選んで、それ以外を置いてけぼりにしてきたってことだ。…地上の人々は、卑怯で粗悪な人ばかりだから、優しい人だけを選びなさいって」

「んだよ。それならこのあたりなんてそんな奴ばっかじゃねぇか。神様、人選ミスってるっつの」

 ヨクトとカナは自分たちがいじめられてきた光景を思い浮かべる。とは言っても、カナがいじめっ子たちをボコボコにやり返している。


 ヨクトはじっと、目前に広がる殺風景な景色を見つめている。少し沈黙が続いて、彼がゆっくりと口を開く。


「なぁ。地上のみんなは、一体どんな生活してんだ?」


 カナは何も言わない。その理由は、ヨクトにだってなんとなく想像できた。


「……カナ……俺……」


 ヨクトは、目前に広がる殺風景な景色に向かい、指をさした。




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