EP.1「少年の独白」

第1話「子供達の叫び声」

「葬人(そうにん)が?」


 薄暗い場末のこじんまりとしたバー。カウンター内に店主と思しき初老の男性が一人。席には、ニット帽とパーカーがトレードマークの長髪の少年が座っている。

 

 街の少年エリオットは、バーの店主グラハムに尋ねる。グラハムは、カウンターに背を向け、棚から取り出した酒瓶を磨きながら少年に言う。


「あぁ、近々監査だと」

「『お空』の使いが、今更俺らに何の用があるってんだよ?」

「最近、近隣の街で紛争が多発してるらしいから、あいつらもピリピリしてんだろうよ」

「へっ。普段はロクに仕事しねーくせに」


 エリオットは拗ねている様子で答える。


 エリオットが面白くなさそうな表情をしていると、先程からエリオットの二つ隣の席に座っていた眼鏡の男が話に割り込んで来る。

 眼鏡の男は、年齢はおそらく三十路前半。細身で明らかに弱そうだ。軽快する必要は無いとエリオットは踏む。

「おいおい、何だい? その『ソウニン』ってのは?」

「はぁ? おっさん、常識だぞ?」

「俺ぁつい最近移って来たばっかりなんだ。まだこの街のことはさっぱりなんだよ」

 眼鏡の男は頭を乱雑に掻きながら、少々挙動不審気味に話す。エリオットは彼に多少の薄気味悪さを覚える。

「……おいグラハム、このオッさんは……」

「あぁ、先月から住民権を得たっていう連中の一人で……えぇと名前は……」

 グラハムがグラスを乾拭きしながら、名前を思い出せないでいると。

「『マルコ』だ。よろしく」

 マルコと自称する男性客は、親指を自分の顔に向けながら自己紹介する。

 エリオットは、まだ訝しげな目つきでマルコを見つめる。


「……ふぅん。じゃあ、あれ見て」


 エリオットが店の窓を指さすと、乱立する古びた建物を超えた遠く向こうに、巨大な塔が聳え立っているのが見られる。

その頂上には人工の擬似太陽が黒い煤のような粒子で覆われた空を照らしている。







ーー『天空都市アガスティア』ーー

 この世界を管理する人間達が集う天才達の集合体で構成される都市であり、その役目は主に、核戦争の後遺症で『死の灰』が立ち込めるようになった世界の環境問題改善の為、その重要部分を担う事である。

 しかし、肝心の彼らの研究や行いは、実際のところ惑星環境に対して長年大した効果を見せず、表面的な公約や口約束ばかりのみが一人でに歩いている、というのが現状である。

 地上の民達からは、『誰も手に届かないくらい空高い場所へ逃げ延びた人々。何もないお空のように頭すっからかんな人々』といった意味を込めて『お空』と蔑称される。



 …とエリオットはマルコに説明する。

「あぁ、そりゃあ流石にわかるけどよ」

「だよな」


 エリオットはさらに説明を続ける。



ーー『葬人』ーー

 アガスティアから派遣される地上の管理統制の為の特殊部隊。『神の兵器』と仮称される兵器を用いて、アガスティアと提携関係にある都市や村を反逆勢力…つまりテロリスト達から守る為に存在する特殊部隊。

 隊員一人一人が、有事の際に独力で数百人と対峙できる戦闘能力を誇ると噂されており、空高くから派遣されてくる使者、つまり『天使』と地上の民達からは呼称されている。



「へ、へ〜……」

マルコは、空想じみた現実味のない話を、さも当たり前のことのように淡々と説明するエリオットを見て、型唾を飲む。


「つってもよォ、結局この街は俺達だけで守ってんだ。ぶっちゃけいてもいなくても大した変わん……ねッ?」

そう言いかけたエリオットの後頭部をグラハムが鷲掴みにして、顔面をカウンターに叩きつける。

目の前で苦しむ少年を見て、マルコは「何もそこまでしなくても…」とうろたえている。


 店主のグラハムは、饒舌に語る少年に苛立ちを隠せない様子で、少年に釘を刺す。

「エリオットぉ……オメェよぉ……。『空』の陰口はここじゃタブーつってんだろ。万が一聞かれてたらどうすんだよ。……ったく」

 後頭部を掴まれたまま話を聞いているエリオット。悔しさから、彼は思わず歯を食いしばった。




 ーーーー時は過ぎて、店の外。出て行くエリオットに扉からグラハムが声をかけている。

「明日も同じ時間にな、クソガキ。」

「おう。給料はずめよ」

「ウルセェとっとと帰れ」

 いつも通り昇給の話ははぐらかされて、バイトの後、賄いで晩飯を済ませたエリオットはバーを後にした。


「……んだよケチくせぇな。バックレんぞ」


エリオットは口を溢しながら家路へと向かった。



 ーーーー暗くなった中心街をエリオットが歩く。この街はまだ資源に恵まれている方で、人口も比較的に多く、市場もそこそこ賑わい、オンボロばかりだが街らしい建物や商店も軒並みに建っている。

 しかし、やはりどこか活気の無い雰囲気が立ち込めていて、あたりをよく見渡せば路上で寝ている者も少なくない。

みんな職にあぶれたり、無茶な額の税金や貸付の支払いに追い込まれて、帰る場所を失った者だ。


 こんなになったのは一体誰のせいだ?そんな考えがエリオットの脳裏に浮かび上がりそうになるが、ギリギリのところで思考を放棄するのにも、彼にはすでに慣れたことだった。



「……何が『神の国』だ……」



 エリオットはそう吐き捨てて、歩を進める。彼は、仲間がそうやって転落して行く過程を、育った環境上の理由で嫌という程たくさん目の当たりにしてきたのだ。


 ふと人混みの奥を見れば、白銀の長髪の若い男が、ボロボロなローブを身に纏い、壁にもたれかかっている。きっと彼も脱落者なのだろう。


『……こんなに若いのに』

 エリオットは哀れみの目で彼を見ていたが、安易な同情だけでは何の足しにもならないと思い出し、強引に目をそらす。

 この街に、いやこの時代に他人を思いやっている余裕なんて微塵もない。きっと自業自得の結果だ。

 そんなことより、みんな自分の生活や、今のギリギリな関係性をそれぞれ維持するので手一杯さ。

 言い聞かせるように、自分を保たせるかのように、自ら暗示をかける。



 

 『早く帰ろう』エリオットはその足を早めた。


 ーーーー無心に歩いたからか、気づけば全く遠回りな道を選んでしまっていた。

さらに、エリオットはそこがこの時間帯で最も近寄っては行けない場所だと気づく。


 この街道は、夜中になると街中のゴロツキどもがたむろすると知られている。

 この街のゴロツキは、普段は別々の派閥に別れて裏稼業に勤しみ、時に対立して抗争を起こしたりするが、敵の襲撃の際には団結して奴らに立ち向かう『自警団』のような役割も担っている。


 だからと言って、彼らが英雄的存在として崇められているわけではなく、むしろそういった手柄を盾にして、好き放題やらかすような連中だ。万が一の際の街の戦力として機能している分、容易に取り締まれないことも彼らをのさばらせている原因の一つである。


 嫌な予想があたって、道の向こうから大柄でタトゥー塗れの人相の悪い男たちがこちらに近づいて来るのにエリオットは気づく。表情は何やら不吉にニヤついてるように見える。

 エリオットは、警戒して歩く。結局、予想は外れて男たちとは何も起きずにエリオットを通り過ぎて行く。


 面倒ごとにならなくてよかった、とエリオットが安堵していると、後ろでさっきの男たちが騒ぐ声が聞こえてきた。


 エリオットは何事かと思い後ろを振り向く。すると、ボロボロのローブを着た人物がさっきの男たちに絡まれている。後ろにそんな奴がいたことさえ気づかないくらいに、自分は無心で歩いていたのかと驚く。


 その人物の表情は、フードを被っていて見えない。


 エリオットにとってはこれも見慣れた光景だ。先ほどと同じように他人事に思うようにして前を向きなおそうとしたその時、その人物のフードが捲られ、その顔が顕になりエリオットは動揺する。


 ーーーー女だ。どうやらあいつらの今夜の目的は、身ぐるみを剥ぐことではなく、至極邪な事らしい。その女はエリオットと同じくらいの年に見えて、白金の長髪で、貧相な格好とは不釣り合いな整った顔立ちに見えた。


 この辺りじゃ見かけたことがない。例の街の新入りの一人か?いや、ただの旅行者か?

どちらにせよ、この娘のこれからを考えただけで、遣る瀬無い気持ちと何もできない自分の無力さに苛まれる。


 男たちの一人が、女の両腕を後ろで拘束し、もう一人が女の顎を掴んでいる。女は殺気立った目で、静かに黙ったままその男を睨みつけている。

 周りには誰も頼れそうな人は歩いていない。



 ゴクリと固唾を呑み、少年は意を決したかのように地面に落ちていた鉄パイプを握った。





 ーーーー人気のない路地裏で、屈強で人相の悪い男たちが、小柄な少年をこれでもか?と言うほどに袋叩きにしている。


 結局、最大限の力を込めて振り下ろした鈍器は、あっさりと避けられ地面に直撃、そのまま何事もなかったかのように顔面に重い一発を返されて、グワングワンと揺れる視界が回復しだした頃にはここに連れてかれていたのだった。


 後頭部を鷲掴みにされ、果物でも叩き付けるかのように思い切り顔面を壁に叩きつけられる。酒場でグラハムにテーブルに叩きつけられたそれとは、威力が段違いだ。


 すでに虫の息で地面に倒れるエリオットに、二人のゴロツキたちが集まり、思い切り蹴りをお見舞いしている。蹴りが運悪く鳩尾に入り、呼吸ができなくなるが、それでも攻撃は続いていく。


 先ほどの女はゴロツキの仲間の一人に後ろで両手を捕まれて拘束されているが、幸い怒りの矛先がエリオットに集中したため、彼女にそれ以上の被害は今のところないようだ。


 虫の息になったエリオットを見て、ゴロツキの1人があることに気づく。


「…おい、待て! ヤベェって!」

「あぁ?! なんだ?!」

「こいつ、エリオットだ! 市長の息子の!」

「はぁ?! なんだってそんな坊ちゃんがこんな夜中に?!」

「知らねぇよ!」


 男たちは一気に青ざめる。市長の息子に手を出したとなれば、いくら街を暴力で守っている自分らでも、どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。


「女助けようとして半殺しなんて芸の無いマネしやがって! 殺ったか!? 殺っちまったか!?」

 エリオットはすでに虫の息だが、「生きてるよ」と聞こえないように呟く。

「あぁクソッ! こうなりゃ……」

「いやそれは……」

「何今更芋引いてんだ! どの道引き返せねぇっての!」

 ゴロツキ達は、死んだと誤認したエリオットを始末する算段を取り始める。かろうじて呼吸を保っているエリオットにも彼らが自分にやろうとしている事が伝わったようで、彼は自分の終わり痛感し、腹を決める。

 あぁ、こんな事なら大見えを張って人助けなんかしなきゃ良かった。余裕も喧嘩の力量も、微塵にも持ち合わせてないくせに、何を愚かな決断をしたのだろうとエリオットは後悔の念に駆られる。


 しかし、その時だった。彼らの後ろから足音がする。不審に思い、リーダーは背後を振り返る。


 振り返った瞬間、道の真ん中に、先ほどまでいなかったはずのローブの男が立っている。女と同じようなボロボロのローブだ。

 男はフードを被っていていて見えにくいが、天然パーマのやや長い黒髪で、細い目をしている。ここじゃ滅多に見かけないかつての東洋人の末裔だ。


 ゴロツキのリーダーは、瞬時にこの男を危険人物だと判断。腰元に備えていたファイティングナイフをとっさに取り出して、男に切り掛かる。

 しかし、容易にその手をいなされて、一気に懐に入り込まれた挙句、ゴロツキはそのまま投げ飛ばされていた。


 その光景を、薄れていく意識の中でエリオットは見ていた。

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