第38話 闇の皇子は約束を果たす
菱川友介が隼人と出会って半年が経った。
冬は終わり桜も散り、夏の暑さが顔を出す。
そして少年の人生には、転機が訪れていた。
児童相談所の職員は、隼人に微笑みを向けている。けれど小さなその体は、友介にしがみついて離れない。
「泣くなよ隼人、そりゃあ親と離れ離れになるのは辛いだろうけどさ……」
半年間、友介は何もしなかったわけではなかった。児童相談所に連絡をして、警察に通報して、それから証拠をいくつも集めた。おかげで隼人を虐待していた両親は、晴れて警察に捕まった。
世間的に正しいことをした自覚はあった。けれど迷いもあった。結果的に自分のしたことは、少年から両親を取り上げただけじゃないかと。
「ちがう、あんな奴らはどうだっていいんだ!」
隼人は叫んだ。彼はもう知っていた、自分のおかれた環境がまともではないことを。それから救ってくれたのが、目の前の優しい青年であると。
「だって友介と……もう会えないから」
他に身寄りのない隼人の向かう先は、隣県の児童養護施設となった。
「会えない距離でもないだろ?」
無言の隼人の頭をそっと撫でる。このまま引き取ってやれたらと願ったのは、一度や二度ではなかった。
けれど現実が許すのは……他人ができるのは、ここまでだった。
「ちゃんと勉強しろよ?」
「うん」
「それから毎日歯は磨けよ?」
「うん」
「あとは……悪い、特に言うことないや」
はにかみながら隼人の体を引きはがす。真っ直ぐと向き合えば、互いに涙は乾いていた。
児童相談所の職員が一例して、隼人の手を優しく握る。
徐々に遠くなる小さな背中が、ふと友介に振り返る。
「友介! 僕が困ったときは……また助けてに来てよね!」
それから声を張り上げて。
「ああ、隼人……約束だ」
いつかどこかで果たされる、どこにでもある約束を交わした。
◆
英雄像が消え去ると、広間に地鳴りが響いた。揺れる地面に驚きながらも、生徒たちの目は現れた剣に釘付けだった。
「あれが……『英雄の道標』か」
テリオスはゲームと同じ見た目だな、と安堵した。派手な装飾のない、純白の片手剣。しかし刀身には人間には読めない文字が刻まれている。
「そうじゃ。その一振りは海を裂き、その一突きは大地を穿ち……人に邪竜を破る力を与える。かの英雄が携えていた、神が造りし聖剣……ミザールの剣じゃ」
剣の刺さった台座の前で、仰々しく語る学園長。
「諸君! これにて武の試練は終了じゃ! 誇って良いぞ、ここまでたどり着いたのは学園史上始めてじゃからな!」
その一声に、生徒達が歓声を上げる。
「英雄より強いとは、いよいよ人間卒業ですね」
「流石ですテリオス様!」
「テリオス殿下ならやると思っていましたわ!」
「……やっぱり凄いね、大将は」
三者三様の言葉に笑顔で応えるテリオス。しかし激戦の疲労は既にテリオスを襲っていた。
「流石に疲れたよ」
このまま風呂入ってコーラ飲みてぇなぁ、と夢見るテリオス。しかし同時に、それが無理だと知っていた。
「けど!」
剣を抜き、放たれた魔法を切り裂く。突然のことに驚く生徒たち。だがそれ以上に驚いたのは、魔法を放った相手だった。
「ほう、今のを弾くか」
右手を伸ばし、感嘆の声を上げる学園長。予想外の敵の出現に、思わずエリーゼが怒鳴る。
「学園長、何をするんですの!?」
「いつかテリオスには言ったのう……英雄というのは、いつだって窮地に立たされるものだと。例えばそう、満身創痍のその時に、強大な敵が現れることもあるのじゃ」
長々と口上を述べてから、学園長は呪文を唱えた。すると体は宙に浮かび、魔力が肉体を繭のように包み込む。
「ならば!」
だから、羽化をした。繭を破り現れたのは、妖艶な姿をした美女だった。
「このワシ自ら、お主らの敵となってみせよう」
美しい羽根をはためかせたその姿こそ、本来の彼女のものだった。
「さぁ、未来の英雄たちよ。天に輝く導きの星……この精霊王ナヴィ=ガトレアに」
凛とした声で彼らに告げる。
「己が『勇』を示してみせよ」
最後の試練の、幕が上がったと。
真の姿を現した学園長が高威力の魔法を連発する。
煌めく羽根をもった妖艶な美女の体こそ、本来の彼女のものだった。
の、だが。
「ほれほれほれほれぇ! どうしたお主ら、動きが鈍いぞ!」
――中身は変わってなどいない。それどころか、久しぶりに発揮した本来の力に酔いしれ、いつもよりもクソガキ成分が三割ぐらい増していた。
「そっちが早すぎるんだよ……!」
火、風、氷、土。飛来する四種の魔法を必死で避けるテリオス。この戦いこそが仲間を温存した理由であった。
しかしいくら温存したとて、生来のものまでは覆せない。一番足の遅いエリーゼに、集中砲火が浴びせられる。
「フィオナ、エリーゼを!」
「はい!」
指示に従い、フィオナが駈ける。エリーゼの体を抱え、窮地から逃した。
「助かりましたわ、フィオナさん」
「お礼はテリオス様に」
「そうですわ……ね! ファイアーボール!」
エリーゼの火球が放たれる。
いつぞやの演習の時とは違い、特大のそれは避けることを許さない。
だから学園長は、真正面から防いだ。
「甘いっ!」
空中に作られた氷の盾が、火球そのものを相殺する。
巻き起こった蒸気が視界を奪えば、エヴァンが好機と判断する。
「そこです!」
鋭い風の刃が学園長を襲った。しかし、届かない。
「なんのなんのぉ!」
巻き起こった火の柱に、風の刃が溶かされる。
「これならっ……どうだい!」
その瞬間、ツバキが天井の岩を操る。鋭利な杭となった岩が、学園長の脳天めがけて落下する。
「芸がないぞ……それに、土魔法とはこう使うのじゃ!」
今度はそれを防風で吹き飛ばす学園長。さらに右手を前へと突き出し、無数の杭を生み出した。
それを、放つ。
テリオスとエヴァンが前に出て、必死にそれを弾いていく。続く三人も応戦するも、無傷で済むはずもない。
学園長が高笑いを上げる。
「ハーッハッハ! 気持ちええのう気持ちええのう!」
調子に乗りに乗りまくっていた彼女は、まだ知らない。
「みんな、絶対ボコボコにしょう」
この後、人生最大の屈辱が待っていることに。
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