第4話 闇の皇子は冗談も言えない
立ち話もなんだ、ということで学食へと移動した三人。その一角に座るや否や、フィオナは嬉しそうに語り始めた。
「覚えていないかも知れないですが……いえ、きっとテリオス様にとってそれは記憶するまでもないぐらい当然の行いだったのでしょう」
どうして帝国民は話の前置きが長くて仰々しいのだろう、と思いつつもテリオスは黙って話を待った。
「今日だけではありません。実は私、過去にもテリオス様に命を救われているのです。帝都から東にあるシェルタンという小さな村がありまして……五年程前、盗賊達に襲われたのですが」
記憶のあやふやなテリオスは小声でエヴァンに尋ねてみた。
「なぁエヴァン、そんな村行ったっけ」
「殿下、我々は行ってない村の方が少ないです」
が、解答はテリオスの満足の行く物では無かった。
「しかぁし! 白馬に跨り現れたテリオス様が兵を引き連れ! 次々と盗賊達を打ち倒しぃ!」
熱が入り身振り手振りを交えるフィオナ。そしてまた満面の笑みをテリオスに向けた。
「皇子様に助けられた少女はテリオス様が将来この学園に通うという噂を耳にしました。そして分不相応にも特待生という立場を勝ち取り……また、助けられたという訳です」
深々と頭を下げるフィオナ。
「ありがとうございました、テリオス様。それから……ありがとうございます、テリオス様。私が今ここにいるのは、全て貴方のお陰です」
それはフィオナにとって当然の行動であった。なぜなら彼女は『テリオスが改善しまくったこの世界』における『テリオスのおかげで治安が改善し餓死者が消えた一般的な田舎の帝国民』なのだから。
ちなみテリオスは知らない、今年度の帝国の特待生試験は同じような受験生ばかりで過去最高の一万倍であったことを。
エヴァンは知っていた、ので誕生日パーティで言おうとしていた。言おうとは。
「フィオナ嬢、でしたね。特待生に選ばれるには並大抵の努力では足りないと聞いています。努力家なのですね、貴方は」
「いえいえ、テリオス様にお会い出来るかもと思えば勉強も鍛錬も辛くはありませんでした」
ウフフあははと笑う二人、それを見たテリオスは確信する。
このままじゃ今までと変わらない、今すぐ悪役ムーブをしなければ、と。
「ハッ、田舎者のくせによく勉強なぞ出来たものだな。ん?」
腕を組み尊大な態度を取るテリオス。
「殿下、そのごっこ遊びまだ続けるんですか?」
もう遅いとエヴァンに呆れられるも、彼はその態度を崩そうともしない。
「ごっこ遊び?」
「気にしないでください、殿下は時折こういう発作を起こすのです」
エヴァンがため息を漏らすも、テリオスは荒い鼻息で答えるだけだった。
「そうなんですね、あとでメモしなきゃ……あっ、でも私が勉強出来たのだってテリオス様のおかげなんですよ?」
「なんでぇ」
「えーっとですね、村に来てた商人さんが言っていたんです。テリオス様が印刷機? を作ったお陰で本が物凄く安くなったって」
「幼い殿下が『帝国の本はつまらん上に数が少ない』などと言った『せい』ですね。あれの影響で本の価格は随分下がり、識字率も大分上がったそうですから」
テリオスは黙った。ぐうの音も出ない事実だったせいである。
「ほ、本が安く読めたって時間がないなら読めないだろう。田舎者なら田舎者らしく土でも耕してたらよかったんじゃないのか? ん? どうだ?」
「それもテリオス様のおかげですね……テリオス様が農地の改善法? を広めたお陰でお金も時間も楽になりましたから」
「確か殿下が『この村のスープは具が少ない』などと言った『せい』ですね。その場で肥料等について説明したのは私もよく覚えていますよ」
テリ黙事実。
「し、しかしこの学園は魔法が使えなければ入学が出来なかったはずだろう。へ、平民のくせによく魔法が使えたなぁ? ん? これはいけるよな?」
「それこそテリオス様のおかげじゃないですか……誰でも簡単に魔法を使える方法をまとめた本を出版しましたよね、忘れちゃったんですか?」
「確か殿下が『印税っていうのを貰ってみた』」
「もういい、わかった!」
テリオス黙らない、全部事実なのに。
「あれも俺のおかげこれも俺のおかげ……そのうち銅像すら建ちそうな勢いだな」
天井を見上げながらテリオスは嘆く。このままじゃ自分は悪役どころか信仰対象にされそうだな、と。
「ふふっ、テリオス様ったら冗談もお上手なんですね」
「――もう建ってますよ?」
「なんだと?」
だが、彼が善行に手を染めたと嘆くにはあまりにも遅かった。
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