第5話 闇の皇子は復唱されたくない

「いや銅像って、俺何も聞いてないんだけど」

「そうなんですか? どこの村に行ってもありますけど……」


 冷や汗に塗れたテリオスはフィオナに尋ねるも、想像以上の答えが返ってきてしまった。思わずエヴァンに振り向くと、知っていたのか小さく咳払いをした。


「帝国臣民が殿下の像を『建てたい』と仰るのです、断っては却って可哀想かと」

「俺は可哀想じゃないのか?」

「その発想はございませんでした」


 エヴァンの発言は冗談ではあったが、事実として銅像を建てられたくない為政者など帝国の歴史上テリオス一人であった。


「ご迷惑でしたか? 村の皆でお金を出し合って購入したんですけど……」

「嫌……じゃ、ないよ」


 目を潤ませるフィオナから思わず目を逸らしてしまうテリオス。皮肉にも彼は『断っては却って可哀想』というエヴァンの諫言の意味を否応ながら理解させられてしまった。


「だめだ、このままだと教祖か何かになってしまう……」


 頭を抱えて頭を掻きむしるテリオス。と、ここでエヴァンが事前に頼んでおいた三人分の食事が給仕によって届けられた。


「おまたせしました、チーズインハンバーグ定食でございます」


 三人の鼻孔をくすぐる肉とソースの焦げる匂い。と、ここでテリオスは思い出す。何故か学食にチーズインハンバーグが存在して、それをわざわざ給仕が届けてくれたという事実から目を逸らしながら。


「フッフッフッ……エヴァンよ、そう言えばお前は知らないだろうな」


 彼の脳裏に過ぎっていたのは、ゲームでの出来事だ。あくまで設定上の話ではあったものの、登場人物達は学食について同じ指摘していたのだ。


「ここの学食が……驚くほど不味いってなぁ!」

 

 学食の飯が、不味い。半ばネタとして扱われていたそれは、コラボカフェで再現される程であった。


「そ、そうなんですかぁ!? こんなに美味しそうなのに」

「ハッ、ここでシェフを呼び出し文句を言えば俺は悪役間違いなしだな」


 フィオナの言葉を聞かずして、一人ほくそ笑むテリオス。 


「どうぞお召し上がり下さいフィオナ嬢」


 そんな主を無視して、エヴァンはフィオナに食事を促す。テリオスもそれに続いて、一口大に切り分ける。


 溢れた肉汁と溶けたチーズが熱々の鉄板の上に流れれば、景気のいい音と香りを醸し出す。それをテリオスが口に放り込めば……答えはもう決まっていた。


「うまいっ! シェフを呼べ!」

「美味しい……!」


 感嘆の声を上げるテリオスとフィオナ。その瞬間、彼はようやく思い出す。


「ちょと待てエヴァン。何で学食にチーズインハンバーグがあるんだよ……」


 マジックアンドソードタクティクスは中世のような世界で繰り広げられる剣と魔法の物語である。ハンバーグはまだしもチーズインが学食に存在するはずもない。


 だから、その答えは。


「テリオス様ああああああああああああああああああああ! お呼びでしょうかあああああああああああああああっ!」

「うっわ答えが走って来たわ……」


 テリオスがそれを教えた相手が作った、という単純明快なものであった。


「料理長のジョージ、この度派遣という形でこの食堂を取り仕切ることとなりました……三年間よろしくお願い致します」

「ねぇエヴァン、なんでここにいるのこいつ」


 深々と頭を下げるジョージを指差し、舌打ちをかますテリオス。


「殿下が今しがたお話したではありませんか、ここの学食は美味しくないと。その噂をかねてより耳にしていた料理人達が居ても立っても居られなくなり、こうして学園にねじ込み……失礼、派遣されたのです」


 経緯を言葉にした瞬間、さらにテリオスは二回舌打ちをした。


「ええ、ここの学食のは料理とも言えぬものばかりでしたので……もちろんお優しい殿下のことです、他の生徒達にも同じ料理を振る舞っておりますよ」


 ジョージが両手を広げると、そこには今日の昼食に夢中でかぶり付く生徒達の姿があった。


「うっま」

「去年まで俺等が食ってたのは餌だったんだな……」

「すいませんお代わりください!」


 この学園に通う生徒達の殆どは、舌の肥えた各国の貴族の子女達である。が、それでもレグルス帝国一のシェフが作った料理……それもこの年代の生徒達に合わせたメニューには勝てるはずも無かった。


「いいか学生共! 貴様らがこんなに美味い飯にありつけるのは全てこのテリオス様のおかげだ! わかったか! わかったら『いただきます』と『ごちそうさま』の前にテリオス様をつけろ! 復唱!」


 その瞬間、食堂中に『テリオス様、いただきます』の声が響いた。その光景は『やかましい帝国とはこれでおさらばだ~』などと舐めたことを抜かしていたテリオスにとって悪夢以外の何物でもない。


「……領土が広がってよかったですね」

「よくねぇよ何してくれてんだよお前は」


 他人事のような台詞を吐くエヴァンに思わず掴みかかるテリオス。


「では三年間……味気ないスープを啜っていた方がよろしかったでしょうか? 美食家の殿下が? 耐えられるのですか?」

「痛いところを突いてきやがって……」

「例え主に嫌われようとも、内なる願いを叶えるのが私の役目ですので」


 だが悲しいかなテリオスの扱いについては、エヴァンより右に出る者は存在しなかった。


「今に見てろよこの野郎……俺はこの学園で誰もが憎む悪役になってみせるからな」

「それはそれは目が離せませんね」


 胸ぐらから手を離し、ため息を漏らすテリオス。ふと気になって向かいのフィオナに視線だけ送ると、料理は綺麗に平らげられて。


「美味しかったぁ……テリオス様、ごちそうさまです!」

「早速実践するのはやめろぉ!」


 ちなみにテリオスの命により、食事の挨拶の前に『テリオス様』とつけることが禁止された。食事の挨拶は特定の個人のために行うものではない、と付け加えられた理由がまた株を上げるとも知らずに。






 そんなテリオス達の様子を眺める、二つの人影があった。


「へぇ、あれが噂のテリオス殿下ですか……なるほど、要注意人物という訳ですね」


 一人は西の王国の姫であるエリーゼ。


「こんな美味いものをあの帝国の皇族がねぇ……時代の潮目って奴なのかな?」


 もう一人は南のシェアト連合国議長の娘であるツバキ。


 それぞれの思惑を胸に秘めた彼女達はまだ知らない――自分もテリオスの無茶苦茶な行いに巻き込まれる被害者になるという未来を。

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