第6話 闇の皇子は上手な挨拶が出来ない
夜、寮の自室に戻ったエヴァンは通信用の魔導具を起動していた。テリオスには知らせていない役目を彼は請け負っていたのだ。
『それでどうだエヴァンよ……テリオスの様子は』
声の主である皇帝がエヴァンに尋ねる。
「はい、誰に何を言われるまでもなく、勝手に人助けして勝手に人気者になりました」
『そうかそうか、相変わらずか』
満足気な皇帝の声にエヴァンは疑問を口にする。
「よろしいのですか? 具体的な指示など出さずに」
『なぁに、あのテリオスのことだ。我々が指示するまでもなく……『英雄の道標』を帝国にもたらしてくれるであろうな』
英雄の道標。
それはこの学園に存在すると噂される、伝説の『何か』であった。しかしそれを手にすることは、かの英雄の後継者と同義である。その政治的な意味は、大陸の覇権争いを激化させるには十分過ぎるものであった。
「それは」
ゲームにおけるテリオス=エル=ヴァルトフェルドが命を賭して手に入れなければならない存在……だったのだが。
「私もそんな気がしますよ、陛下」
皇帝とエヴァンにとっては、どうせあのテリオスなら持ってくるだろうな、ぐらいの扱いに成り下がっていた。
◆
「新入生挨拶? 俺が?」
翌朝、寮の私室で顔を洗っているたリオスがエヴァンに聞き返した。これから二人が向かう入学式で、テリオスが代表として挨拶する、件についてである。
「当然です、殿下はレグルス帝国の皇族なのですから」
自分の支度をさっさと済ませ、当然のようにテリオスの部屋へと移動したエヴァンはタオルを手渡しながら答える。
「他にもお偉い方の関係者は居るんじゃないのか? そいつに任せればいいだろ」
「ええ、彼女達も挨拶しますよ。学園は中立地帯ですからね……三国の顔を立てる必要があるのでしょう」
「めんどくせぇな、サボ」
と、ここでテリオスは思い付く。新入生達に嫌われる新しい方法を。
「いや……やってやろうじゃないか。他の連中が恐れ慄く『最高の挨拶』って奴をな」
「それでこそ殿下です」
頼もしい言葉にエヴァンは頷く。最終的には生徒達から慕われるんだろうなと確信しながら。
「それではこれより、第984回アークトゥルス学園入学式を行います……新入生代表の三名は壇上へお上がり下さい」
新入生が集められたのは、屋外にある講堂だった。半円状の石の舞台に、そこから波紋のように広がる石の椅子。テリオスが帝国出身の生徒達が座る最奥に目を向けると、笑顔でフィオナが手を振っていた。
「それでは新入生代表挨拶をお願いします。エリーゼ=イル=モーリス=エルトナさん、よろしくお願い致します」
最初に順番が回ってきたのは、正しく姫と呼ぶに相応しい少女だった。桜色の長髪に真っ白いケープを制服の上から羽織った、いかにも上品な女性が口を開く。
「ご紹介に預かりました、エリーゼ=イル=モーリス=エルトナと申します。ご存知の方も多いかと存じますが……エルトナ王国の第一王女でございます。わたくしがこの学園で目指しているのは……友愛でございます」
透き通る声と優しい笑顔に男子生徒達はつい鼻の下を伸ばしてしまう。そう思わせるだけの魅力を彼女は身に纏っていた。
「長年覇権争いを続けていた大陸の中で、唯一永世中立を続けた由緒正しきアークトゥルス学園……新たなる絆を結ぶのにこれ以上の場所はないでしょう」
両手を大きく広げ、彼女の演説は続いていく。
「きっとわたくし達の先祖達は、互いに憎み合ったでしょう。時には刃を交えながら、命を奪い合ったでしょう」
時には身振り手振りを交え、時には感情を込めながら。
「ですが、時代は変わりつつあります。この二十年間……大きな争いは起きていません」
生まれながらの姫である彼女は、自分の魅力を熟知していた。
「わたくし達は戦争を知りません。ですがそんな世代だからこそ掴み取れる未来があるはずです」
大勢の聴衆達が望む台詞を、次々に彼女は紡ぐ。
「国や生まれや身分を問わず……皆様との絆を育めたらと願っております。これから三年間、よろしくお願い致します」
代表三人の中で、エリーゼは最も演説に長けていた。彼女が頭を下げた瞬間、鳴り止まない拍手が湧くのは最早決定事項だった。
「ありがとうございました。続きましてツバキ=シェアトさん、よろしくお願い致します」
こんな素晴らしい挨拶の後に、誰が来ても霞むだけだろう――新入生達はそう思っていた。茶色い髪を後ろで縛り、制服を着崩した美人が口を開くまでは。
「ツバキだ。シェアト連合国の議長の娘だが、堅苦しいのは苦手でね……悪いけど隣のお姫様みたいにお上品な挨拶は出来ないよ」
エリーゼの魅力が優雅さであるならば、ツバキの魅力は親近感であった。先程までの姫の挨拶を、彼女はすぐに笑いへと変える。
「目指しているものも違うしね。あたしが目指すのは……そう! とにかく楽しく!」
彼女が拳を高く上げると、おおっと声が返ってくる。
「せっかく親の監視の目を逃れてこんな楽しい場所に来たんだ……楽しまなくっちゃ損だろう?」
ニヤリと彼女が笑って見せせると、生徒達も笑顔で応える。そうだ俺達が過ごす三年間には、その表情こそ相応しいと。
「だからさ、皆……アタシと一緒に楽しもうぜ」
彼女が挨拶を締めくくれば、拍手の他にも指笛が飛んできた。明るく、楽しく。学園生活にぶら下げられた人参に、飛びつかない生徒は居なかった。
「ありがとうございました。続きましてテリオス=エル=ヴァルトフェルド君、よろしくお願い致します」
ツバキの挨拶の余波か、テリオスが紹介されてもしばらくざわめきが消えることはなかった。生徒達にとって最早、彼女達以上の代表生徒は不要だったせいだ。
だから、テリオスは黙った。ただ黙って腕を組み、生徒達がこちらを向くのを待ち続けた。
「……テリオス君?」
教師が訝しげに訪ねてようやく、テリオスは口を開いた。だが最初に彼が発したのは、言葉ではなくため息だった。
「どいつもこいつも……腑抜けた面しやがって」
失望。テリオスが生徒に向けた、たった一つの感情だった。
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