第7話 闇の皇子は拍手されない

 生徒達はテリオスを見た、いや睨んだ。何だあいつは、何様だと。人を誰だと思っているかと。


「お前らは思っただろうなあ。『ああ、この人達に付いていけば大丈夫だ』と」


 テリオスの指摘に心臓が跳ねた生徒は、一人や二人ではなかった。むしろそう思っていなかったのは、フィオナとエヴァン……そして壇上に立つエリーゼとツバキだけだっただろう。


「友愛、楽しく、か……。その言葉通りなら、さぞ愉快な学園生活を送れるだろうな」


 テリオスは右に立つ二人を見ながら、薄ら笑いを浮かべて見せる。


「甘えるな、ゴミ共が!」


 それから、吠えた。


「お前らは何だ、貴族だ! 領地を抱え領民を養う義務を持った、立場ある人間だ! だというのに……何だその安心しきった顔は! 素敵な絆を育みましょう、毎日楽しく過ごしましょうだと?」


 テリオスの容赦のない怒号が、生徒達に浴びせられる。


「そんな生半可な気持ちで民を守れるのか、それとも剣を構えた無法者に、愛だのなんだの諭すつもりか!?」


 彼はもちろん、生徒達から嫌われるように語っていた。だがそれは同時に、甘えた貴族の子息たちの核心を突く内容でも合った。


「いいや出来ない、お前らは何も守れやしない! 心地のいい言葉で安心するのは、お前らが安全地帯でぬくぬくと育った甘えん坊だという証拠だ!」


 内容を理解できるからこそ、生徒達は目を逸らす。そして誰かがぽつりと漏らす。


「そんなこと、やらないとわからないだろ……」


 テリオスが聞き返さずにはいられない、最高に甘えた台詞を。


「やらないとわからない、だと?」


 呟いた男子生徒を指差し、テリオスは語気を強める。


「ならば聞こう、なぜお前は……まだやっていないんだ?」


 十年前から盗賊狩りに精を出していたテリオスにとって、彼らの年齢はあまりにも遅すぎた。


「1859人。今まで俺がこの手で切り捨ててきた、帝国に巣食うゴミ共の数だ」


 桁外れの実績に、生徒達がざわめき始める。それでようやく彼らは理解する、壇上で喋る男の手はそれだけの血で汚れているのだと。


「……帝国出身の奴には、俺の顔を初めて見た奴も多いだろう。当然だ、俺は貴様らが帝都でパーティとやらに興じている間にゴミ掃除をしていたからな」


 滾々と語るテリオスを見て、エヴァンは思った。いや貴方がパーティとかに顔を出さなかったのは面倒だっただけでしょう、と。


「やらないとわからない、か……素晴らしい言葉だよなぁ、何もして来なかったお前らには」


 そんなエヴァンの気持ちを無視して、テリオスは語り続ける。


「俺の下に腑抜けはいらん。例えそれは貴様らが帝国貴族であってもだ。まぁせいぜい平穏な学園生活を送りたいなら」


 テリオスは再びエリーゼとツバキを一瞥し。


「優しいママか楽しいママか……どっちか選んでおくんだな」


 侮辱とも取れる言葉を残して、その挨拶を終わらせた。


 生徒達の反応は、ただざわめきだけであった。フィオナが一生懸命に拍手をするも、容易くかき消されてしまった。


「あー……その、代表の皆様、お疲れ様でした。それでは席へとお戻り下さい」


 司会の教師に促され、近くの席へと腰を掛ける各国代表達。テリオスは流石に二人には失礼だったかなと思っていたが、意外にも二人の視線は好意的なものだった。彼女達は知っていたのだ、甘さだけでは何も守れやしないのだと。


「続きまして、学園長挨拶を始めます。ナヴィ=ガトレア学園長、よろしくお願いします」


 次に壇上に登ったのは、箒を持った三角帽子の幼い少女であった。だが生徒達は知っていた、彼女こそ世界最強の魔法使いと名高いナヴィ=ガトレア学園長だと。


 そしてテリオスは思った、このロリババア学園長ゲームで見るよりもちんちくりんだな、と。


「あーあー、ワシがこの学園の学園長、ナヴィじゃ。よろしくな」


 学園長が小さく頭を下げると、疎らな拍手が返ってきた。彼女は理解していた、先程のテリオスの言葉があまりに鋭利すぎたのだと。


「さて、先程の挨拶には皆思うところがあったじゃろう……特に最後の奴にはな」


 学園長が容姿に見合った生意気なガキのような笑顔を浮かべると、反射的に腹を立てる生徒達。それこそが彼女が待ち望んでいた反応だとも知らないで。


「そこでじゃ。予定より少し早いが……新入生『特別』対抗戦を行う!」


 学園長が叫べば、おおっと立ち上がる生徒達。


「ルールは簡単じゃ、各陣営の代表はさっきの三名! そして残ったお主らは、国も所属も関係ない……好きな陣営の下で互いに死力を尽くすがよい!」


 新入生対抗戦は、生徒達の出身国ごとに別れて争う学園の伝統行事であった。しかしこの『特別』対抗戦は、陣営の制限が無い。それは即ち。


「さぁ選べ若人よ! 愛を説く王国か、逸楽を謳う連合国か!」


 帝国出身者であっても、テリオスを倒す機会が得られる。


「それとも……こ奴の率いる帝国か、な」


 これは学園長が垂らした、明確な餌である。彼女の目論見はテリオスの強さと小馬鹿にされた生徒達の気概を測るものであった。




「てっ……テリオス殿下を、打ち倒すぞーっ!」





 だが、ナヴィ=ガトレアはまだ知らない。


 後にこの対抗戦が……『四月の悪夢』と呼ばれることを。

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