第8話 闇の皇子は諦めない

 波乱の入学式を終え、昨日と同じように食堂に向かったテリオス、エヴァン、フィオナの三人。だが彼らに向けられる目線は、昨日と同じものではなかった。


「あれがテリオス……俺達を見下しやって」

「誰があんな奴の下につくかよ……盗賊狩りだって部下にやらせただけだろ」


 テリオスの姿を見るなり新入生たちが陰口を叩く。それを後押しするかのように、エリーゼとツバキの周りには人だかりが出来ていた。


 そんな空間に身を置くテリオスが一言漏らす。


「フゥ〜〜〜〜気持ちいぃ〜〜〜〜っ」


 これだよこれこれ俺が望んでいたものは。心の内を笑顔に乗せて、テリオスは天井に向かって細く息を吐き出していた。


「見事に嫌われましたね、殿下」


 それを見たエヴァンは笑顔も浮かべていた。だが彼の心の中は全く違うことを考えていた。


「俺だってな……やれば出来るんだよ」


 この状況いつまで保つかな、と。


「私は納得できません」


 笑顔を浮かべる二人とは対照的に、フィオナは険しい顔をしていた。続けて握りしめていたフォークで、付け合せのトマトを突き刺す。


「テリオス様のお言葉は正しかったと思います。私は貴族様じゃありませんけど……それでも特待生になるために沢山の人を蹴落としてしまったのも事実です。テリオス様にお会いできたと喜んでいるだけじゃダメですから」


 テリオスの挨拶はフィオナにも突き刺さるものがあった。例え貴族でなくとも、誰かの犠牲の上に立っているのは彼女も同じなのだから。


「私、他の生徒達にお願いして来ようかと思います。このままテリオス様が厳しいだけの人だと思われるのは心外ですから」


 力強くフィオナが宣言すると、残りの昼食を急いでかきこむ。最後は水で飲み下すと、テリオスの瞳をまっすぐと見つめる。


「いやぁそんなことしなくても」

「テリオス様!」


 フィオナの両手がテリオスの右手を掴む。驚いたテリオスが思わず彼女の手を見ると、傷やささくれの目立つ努力家の手だと気づく。


「沢山の仲間を集めて……絶対に勝ちましょうね!」


 最後に大きな笑顔を残して、フィオナはそのまま席を立った。彼女の背中が小さくなっても、その手の暖かさはまだテリオスの掌に残っていた。


「フィオナは俺のチームに入るんだろうなぁ」

「彼女に他の選択肢があるとお思いですか?」


 エヴァンの言葉に思わず口をもごもごとさせるテリオス。敵チームのフィオナに負けておいて『なんだ、テリオス様って口だけなんですね』と失望される作戦も考えてはいたのだが、どうやら実行不可能らしい。


「えっと……三日後だっけ?」

「ええ、特例で通常の授業は一時中断……各チームごとの訓練の時間に割り振られたようです」


 特例という言葉に引っかかりつつも、テリオスは食後の紅茶を一口啜る。


「訓練ねぇ」

「訓練ですねぇ」


 遠くで鳴く小鳥が小さく鳴いた。腹も膨れた二人の意見が珍しくも一致する。


「昼寝でもしてるか」

「そうしましょうか」







 そして迎えた演習当日、テリオス陣営の様子は。


「やっぱ出前はピザだよなぁ……あ、そのサラミも乗せてくれよ」

「殿下、野菜もちゃんと食べて下さい」


 青空の下、庭用の椅子に腰を掛け、焼き立てのピザを頬張るテリオスに苦言を呈するエヴァン。


「テリオス様、報告します。王国陣営58名、連合国陣営61名。そして帝国陣営は」


 それから神妙な顔をして、現状を報告するフィオナ。


「馬鹿だなエヴァン、ケチャップは野菜だぞ?」

「誰ですかそんな馬鹿な理論を唱えたのは」


 出陣前とは思えないぐらいの穏やかな空気を醸し出す二人に、フィオナは重苦しく告げる。


「3名です」


 フィオナの報告をふたりは意にも留めなかった。既知の情報な上に、予想通りでもあったせいだ。


「……テリオス様、エヴァンさん! 実質119対3ですよ、何を呑気に食事なさってるんですか!?」


 彼女がばんと机を叩いて、ようやくテリオスの手が止まる。


「だってジョージが差し入れにピザ焼いてくれたから」

「サラダもありますからね、ちゃんと食べて下さい」


 子供じみた言い訳を口にするテリオスに、母親みたいな台詞を口にするエヴァン。


「……結局、誰もがテリオス様の下には着きたくないと答えました」

「だろうな」


 悔しそうに下唇を噛むフィオナ。俺だってこんな奴の下嫌だよ、とテリオスは内心で思う。


「1800人なんて嘘だ、どうせ部下の功績を横取りしてるんだって」

「そうですね」


 本当はもっと多いんですけどね、とエヴァンは内心で付け加える。


「許せないんです、私は! テリオス様を誤解する連中が……貴方の素晴らしさを説明し切れない、自分自身が」


 フィオナの悔しさは、決して二人には向いていなかった。全て自分の不甲斐なさだとして背負ってしまう。それこそが『主人公』であるフィオナの性格だった。


「殿下」

「……なんだよ」


 サラダを取り分ける手を止めて、エヴァンが主に笑いかける。


「フィオナ嬢にここまで言わせておいて、わざと敗北し『いやぁ〜あいつ口だけで大したことない奴だな〜』とか思われようとしていないですよね?」

「……駄目か?」


 事前に思いついていた計画を言い当てられて、誤魔化すように笑うテリオス。


「駄目ですね」


 エヴァンの意志は固く、敗北は最早許されない。


 ならば。




「じゃ、勝つか」




 結論を口にする。さっさと勝ってしまえばいい……それはテリオスにとってわざと負けるよりも余程簡単だった。


「是非そうして下さい」

「テリオス様!」


 満足気に頷くエヴァンとは裏腹に、フィオナが泣きそうな目でテリオスを見つめる。


「貴方の戦いは私の瞳に焼き付いております……ですが、この戦力差を打ち破るのは現実的には不可能かと」


 フィオナの言葉は正しかった。いくら都会でぬくぬくと育った貴族達とはいえ、生徒達は皆武芸や魔術の指導を受けてきたエリート達だ。それを一人で打ち破るなど、最早おとぎ話ですらない。


 だがテリオスの心に引っかかったのは、フィオナが発した一つの言葉だった。


「現実、か」


 テリオスは思い出してしまう。まだテリオスになる前の、今は遠い世界の日々を。


「思えば全部の敵ってのは、その言葉になるんだろうな」


 その言葉を何度も聞いた。出来ない、無理だ、諦めろ。そしてその度に彼は。


「妥協とか、後悔とか……そういう類のものは全部そいつが原因だ」


 何の力もなかった彼は、全てに折り合いをつけてきた。これでいいやとやり過ごして、こうすればよかったと泣き腫らす。


「きっと現実に負けた時ってのが、本当の意味での敗北なんだろうな」


 その末路があったからこそ、彼はもう知っていた。


「安心しろフィオナ、現実って奴との勝ち方は」


 彼は思う。今だって自分の思い通りの世界じゃないけれど。





「ただ、諦めなければいいだけだ」




 自分の心のままに生きる。その願いはまだ、彼の体を支えていた。


「ではやる気になった殿下には現実的なご褒美をお見せしましょうか」


 そう言いながらエヴァンは、テリオスにあるものを取り出した。テリオスがレシピを書き起こしてから十二年……ようやく全ての材料が揃ったのだ。


「おいエヴァン、それはまさか」

「ええ、ついにジョージが完成させました」


 机の上に置かれたのは、真っ黒い液体の入った瓶。彼が夢にまで見た愛飲料が、今世界に降り立った。


「コッ……コーラじゃないか!」


 パクチーライム砂糖に加えて、八角シナモンカルダモン等など。様々なスパイスの配合の末、皇帝をも唸らせる料理人であるジョージが『うまい』と太鼓判を押したコーラ……テリオス・コーラが誕生していたのだ。


 なお値段は帝国兵士の年給とほぼ同額である。


「私は魔法でこれを冷やしておきますが……氷魔法は不得手ですので」


 エヴァンは慣れた手付きで氷を生み出し、その中に瓶を入れる。


「誤って凍らせてしまう前には帰って来て下さいね」

「上等だ」


 テリオスは口角を上げ、刃の潰れた剣を掴む。


「テリオス様、せめて私もお供に」

「安心しろフィオナ。すぐに戻ってきてやるからな」


 身を乗り出すフィオナをテリオスは制止する。最早彼の心の中には、一点の曇も無い。



「見せてやるよ……最強の悪役の力をな!」


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