第9話 闇の皇子は無双しかできない
「テリオス様、本当に大丈夫でしょうか……」
戦場へと向かうテリオスを見て、フィオナは心配そうに呟く。そんな彼女の心の内を察したエヴァンは、双眼鏡を一つ彼女に手渡す。
「こちらをどうぞフィオナ嬢」
初めて見る双眼鏡に戸惑いながらも、すぐに使い方を覚えるフィオナ。肉眼に迫るテリオスの姿を見て、すぐに彼女は明るい笑顔を浮かべた。
「五年前に殿下に助けられた、と仰っていましたね」
「はい、とても強く……勇ましい戦いでした。ですがあの強さを持ってしても、この戦力差は」
特待生であるフィオナは他の生徒よりも優秀だった。その知識は一線級で、古今東西の戦術や戦略に精通している。だからこそ理解してしまう、記憶の中にあるテリオスの強さではこの戦いに敗北すると。
「そうですね、『五年前の』殿下であれば敗北の可能性もあったでしょう」
だがエヴァンは知っていた。フィオナがこの五年間で成長したのと同じように。
「さぁ、始まりましたよ」
テリオス=エル=ヴァルトフェルドも成長をしていたのだと。そして今の彼を一言で表すならば。
「『今の』殿下の戦いが」
――無敵だ。
「エリーゼ、だったね」
「ツバキさん、ですか」
互いに生徒を引き連れながら、エリーゼとツバキが戦場で見合う。そこは合戦に向いた平原であり、戦力差がそのまま勝利に直結する地形だった。
ツバキの隣に立つ女生徒が槍を構えようとするも、彼女は黙って静止する。それを見たエリーゼもまた、小さく頷くのであった。
「わかってるようだね、アンタは」
「ええ、そちらもご理解頂けたようで」
テリオスと同じ壇上に立った彼女達は理解していた。あの過激な発言は実績と経験に裏付けられたものだったと。
「わたくし達がいま為すべきことは」
「ああ」
他の怒りに身を任せた生徒達とは違うが、出した結論は同じだった。
「あの帝国の皇子様を……全力でブッ飛ばすことだ」
あの男を倒さなければ、自分達に勝利はないと。
「誰を、なんだって?」
そんな二人の耳に、聞き覚えのある声が響いた。
「何だ何だ、両軍でお見合いなんかして……結婚相手でも探してるのか?」
剣で肩を叩きながら、両軍の間を彼は歩く。
「悪いがお前らの縁談には興味がなくてね。それよりも大事な用が控えてるんだ」
生徒達の体が強張り、自然と一歩後ろへと下がる。そのせいでテリオスの眼前には、長い長い道が出来上がっていた。
エリーゼは思う。きっとこの自ずと生まれた道を、人は王道と呼ぶのだろうと。
「行くぞ」
テリオスの一声で、戦いの火蓋が落とされる。彼らは知る、この世界には。
現実を容易く食い破る、理不尽が存在するのだと。
都で安寧に過ごしていた彼らにとって、それは初めて見る戦場であった。血の滲むような訓練を重ね、家庭教師に褒められるまで何度も何度も学び続けた。
盤上の駒を動かし、最善の一手を学び続けた。時には負けた悔しさから、涙を流す夜もあった。
今日まで学んだ成果の全てが、この戦場では何一つ役に立ちやしない。
テリオス討つべし。そう誓った仲間の体がなす術もなく宙を舞う。
「ハハハハハ」
テリオスの高笑いが響けば、彼らは一様に硬直する。
「ハーッハッハッハ!」
あんなものはハッタリだと嘯いた奴がいた。そいつは腹を切りつけられて、その場で蹲っている。
「どうした雑魚共! これでは準備運動にすらならんぞ!」
手柄を横取りしたのだろうと決めつけた奴がいた。そいつは矢を投げ返されて、遠くの陣地でのびている。
「死ぬ気で来い、本気で来い!」
甘かった。
ここに居る生徒達は皆、自らをそう恥じた。この目の前に存在する暴力の権化には聞き心地のいい言葉など届かない。
「さっさとこのテリオスに!」
彼らは悟る、今この瞬間。壇上で彼が語った言葉の全てが。
「汗の一つでもかかせてみせろ!」
戦場における唯一無二の真実なのだと。
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