第20話 闇の皇子は朝食にありつけない
「慣れましたか、ってそりゃあ慣れたよ! だってこの状況ほとんど実家と変わらねぇからさぁ!」
エヴァンの朝の質問に周回遅れで答えるテリオス。
朝から囲まれて頼られて、答えて対応して感謝される。
最早帝国にいた頃と同じ生活に成り下がっていた。
「そうですね、おかげで仕事がやりやすいです」
笑いを押し殺しながらエヴァンが答える。長年テリオスの侍従であった彼にとって、今の状態のほうがよほど『普通』であった。
「それは違いますテリオス様」
反対側からフィオナが口を挟んだ。
「なにがだよぉ」
「私たちは慣れたのです……テリオス様の御威光に」
彼女の目の端からは涙がこぼれ落ちている。
だからテリオスは思った、やっぱり勝手に銅像立てるような人ってアレだなと。
「まさかこんなに他の女子生徒からも狙われるとは……早くなんとかしないといけません」
「いやぁ、あんたら全員おかしいよ」
エリーゼとツバキが感想を漏らすも、テリオスには聞こえちゃいない。
「ダメだ、早く悪役にならないと……俺の自由時間が全て食い潰される」
彼にとって生徒たちから嫌われるというのは喫緊の課題であった。朝から晩まで誰かと過ごして、自由時間はせいぜい寝る前の三十分だけ。
そんな生活がほぼ一ヶ月……彼は好かれすぎて徐々に追い詰められていたのだ。
などと悩み多き闇の皇子の後ろから忍び寄る、三角帽子の黒い影。
「いただきじゃ」
学園長がテリオスの朝食に手を伸ばすと、そのまま口の中に放り込む。
「あー! 俺の朝飯!」
「チッ、ジョージめ……やはりテリオスの飯が一番美味いではないか。サーモンもクリームチーズも多いし」
「返してくださいよ!」
テリオスを無視して、隣の椅子に学園長が腰を下ろす。
「あーそれよりお主ら、お揃いのようで何よりじゃ。ここ最近でお主らは随分と鍛えられた……そろそろ『英雄の試練』に挑んでもいいじゃろうな」
「流石にそれは早すぎません?」
学園長の言葉を遠回しに遠慮するテリオス。
本来英雄の試練に挑むのは二年の秋口からである。今からとなれば、時期尚早と言うほかない。
そして何よりも彼の頭にあったのは、今朝見た悪夢の光景だった。『英雄の道標』こそ、テリオスの直接の死因なのだから。
「ははっ、強すぎる奴がなにか言っておるわい」
けたけたと笑いながら、オレンジジュースをがぶ飲みする学園長。小さなゲップをこぼす上に、ため息すら漏らし始める。
「しっかしお主らは聞き分けがよくて助かるのう、何やかんや今日までの授業をちゃんと受けてくれておるし。それにひきかえ教師の小童どもときたら、育ててやった恩を忘れおって……」
何やら愚痴り始めたので、選抜クラスの面々は『また何かやったのかこの人』と思い始めた。この一ヶ月で浸透した彼女の印象は『とにかく周りに迷惑をかける人』なのだから。
「おい、学園長はいたか!?」
「探せ探せ、簀巻きにしてでも連れて行け!」
と、今日も今日とて廊下から教師陣の怒号が響く。
「あ、あー……では栄えある選抜クラスに今日の予定を言い渡す。うむ、自習じゃ!」
学園長はそれだけを言い捨て、全力で走り去っていった。
「何かあったのかねぇ」
とりあえず紅茶で腹を満たしながら、テリオスが呟いた。
「それはね大将、北のイザール帝国の皇太子が編入してくるって話さ。珍しいよね……五年ぶりだったかな?」
情報通のツバキがどこかで仕入れた噂話を披露した。
「イザール帝国、か」
イザール帝国、それは大陸に存在するもうひとつの帝国。ゲームでは登場しないその名前にテリオスは『前世から』聞き覚えがあった。
「おっ大将興味ある?」
何しろ『マジック&ソードタクティクス』のDLC第一弾の概要は謎に包まれていたイザール帝国から転校生がやってくる、と発表されていたからだ。もっとも彼は続報を待たずして、前世を去ってしまったのだが。
「……ないわけじゃないけどさ。今のところは俺たちに関係なさそうだし」
興味はある、大好きなゲームのDLCなのだからないわけがない。
だがここまでゲームと変わった世界で、今更何をする気にもなれない、というのが本音だった。
それよりも降って湧いた自由時間に、テリオスは思わず頬を緩ませた。
「それにしても『また』自習ねぇ……今日こそ昼寝でもするかな」
エヴァンの表情を伺う。
無慈悲にもその首は横に振られた。
「いえ、それは不可能です。殿下の自習待ちは現在18件……本日中に8件は消化させましょう」
「テリオス様、もしよかったら私に勉強を教えてもらえないかなって」
「あーテリオス殿下、あーっ! わたくしも魔法についてわからないことがあるのです!」
「……ははっ」
残りの紅茶を急いで飲み干し、勢いよく立ち上がるテリオス。
「じゃあなお前ら! 今度こそ俺は」
そのままテラスの柵を華麗に飛び越え、テリオスは全力で叫んだ。
「自分の為に……生きてやるぅ!」
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