第21話 闇の皇子にはもう暴力しかない
校門の前に立ち、制服に身を包んだ『帝国の皇子』はひとり悪態をついていた。
「おせぇ」
だがそれはテリオスではない。背格好はよく似ているが髪が白く、表情もひときわ獰猛だ。
彼の名はダーレス=イザールであった。
しばらくして、案内役であるグラスと学園長がようやく客人の前に姿を表す。
「申し訳ないダーレス君、学園長がなかなか捕まらなくて」
「いやーすまんすまん、遅れてわるかったのう!」
それからダーレスには聞こえない小声で、学園長に文句をぶつける。
「……何逃げようとしてるんですか、相手はイザール帝国からの生徒ですからね」
「ハッ、所詮は寄付金でねじ込まれたお坊ちゃんよ」
「その寄付金があったからこそ、『四月の悪夢』の精算ができたんですからね」
「あー、まぁ、そういう考え方もあるかのぅ」
本来であれば、特別な理由なく入学を辞退した者は学園に通う資格を生涯にわたり剥奪される。
だがダーレスの場合、イザール帝国から多額の寄付金があったため、『入学が諸事情で遅れた』という扱いに変更されたのだ。
「学園長のナヴィ=ガトレアじゃ。三年間よろしく頼むぞ」
「ダーレス=イザールだ。こんなチビが頭とはこの学園もたかが知れてるな」
右手を差し出す学園長に、腕を組んだまま答えるダーレス。彼に教師と馴れ合う気など毛頭ないのだ。
「チッ、クソガキが……」
「学園長、おさえておさえて」
眉間に青筋を立てながら、学園長は言葉を続ける。
「してダーレスよ……本来なら生徒は出身国ごとのクラスに分けられるのじゃが、イザール帝国からの生徒はお主だけでのぅ、すまんが連合国か王国か、はたまたは『帝国』か」
最後の『帝国』という言葉には、明らかな挑発の意味が込められていた。
大国レグルス帝国と比べて、北部の山岳地帯のみを領土とするイザール帝国では、国としての『格』があまりにも違う。
同じ帝政を敷きつつも、お前の地域は格下だ――拒否された握手のお返しとしては、中々に強烈だった。
「好きなクラスを選んでもらおうか」
「……ふざけんなよ」
ダーレスは舌打ちする。
だが祖国を侮辱されたことに腹を立てたわけではない。
「聞いてるぞ、選抜クラスってのがあるんだろ? オレもそこに編入しろよ」
テリオスを倒し、自身の最強を証明する。
それだけがこの学園に足を運んだ唯一無二の理由なのだから。
「無理じゃ」
が、それをばっさりと切り捨てる学園長。
「ハァ!? ふざけんなよこのチ」
「選抜クラスはこれから大事な時期じゃ、すまぬが『初登校に一月もかかった』お主を入れるわけにはいかぬ……ま、お主が予定通りに入学して特別演習で結果を出してたのなら一考の余地はあったがの」
この一月、彼女は選抜クラスの生徒たちを育ててきた。元来の優秀さもあってか、大陸有数の精鋭に仕上がっている。
彼女の目的はあくまで、選抜クラスを英雄の試練へと挑ませること。
わざわざ新参者で実力もわからないダーレスを加える必要性を感じていなかった。
「わかったわかった、わかったよ」
だがダーレスの頭にあるのは、まったく別のことだった。
――選抜クラスだなんて遠回りは、やめだ。
「だったらよぉ!」
今すぐあいつと戦えばいい。
そう勘違いした彼の凶行にグラスが気づく。
「学園長、危ないっ!」
必死に叫ぶ、だが間に合わない。
「おせぇんだよ!」
ダーレスは氷魔法で大剣を瞬時に生み出すと学園長に襲いかかった。
すんでのところで避けようとするも、刃が学園長の体を切り裂く。
「ちっ、やはりこの体では……」
「大丈夫ですか、学園長!」
血の代わりに魔力が漏れ出す学園長。
グラスは傷を必死に塞ごうとするも、彼女の特殊な体には焼け石に水でしかない。
「茶番はこれで終いだ。騒ぎでも起こせばあのテリオスも出てくるだろうさ……とんだ聖人様だって噂だからな」
「騒ぎとは、何をするつもり……じゃ」
その答えを聞く前に、学園長の意識が途切れる。残されたグラスが必死に起こすも、彼女は死んだように動かない。
「簡単だ。この学園の生徒全員……ぶっ殺せばいいだけだろ」
ダーレスの出した結論は単純だ。
テリオスが出てくるまで、他の連中をひたすら潰していけばいい。そしてのこのこやって来たあいつを討ち取った瞬間に……自分こそが最強だと証明できる。
「そんなことをすれば、君は」
「うるせぇ!」
グラスの忠告を斬撃で遮ると、彼もまた静かになる。
瞬間、獣のような高笑いを上げるダーレス。
「ハーハッハッハ! やっぱり暴力ってのは……最高の解決法だなぁ!」
弱肉強食。彼にとってそれだけが、たった一つの真理だった。
◆
一方その頃テリオスは、中庭にある大きな木の下でひとり体育座りをしていた。
「朝飯食いそこねちゃった……」
何とか逃げ切ったテリオス。
だが自分をとりまく環境は一向に改善しちゃいない。
「いいか、落ち着けテリオス……このままだと俺の学園生活は元の木阿弥だ」
溜まり続けるスケジュールに、上がり続ける好感度。
その先に待っているのは、きっと十五の誕生日パーティみたいな地獄だから。
「つまり今の状況を180度変えるぐらいの大事件を起こさなきゃいけない、ってわけだ」
彼は思う、学園におけるテリオス=エル=ヴァルトフェルドの価値を真逆にしなければならないと。
『やさしい』、『たよれる』、『すごい』、『つよい』。
木の枝で地面に書いてみると、不思議と涙が溢れてきた。
「こんなはずじゃなかったのに……!」
情けない声を上げながら、『やさしい』、『たよれる』、『すごい』に大きなバツをつけていくテリオス。
『つよい』……はもう仕方ないとして。
「つまり、俺に残された道は」
だったらそれを最大限活かして、嫌われるより道はない。
ならば。
「もう暴力しかないじゃないか……!」
テリオスの出した結論は、奇しくもダーレスと同じものだった。
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