第19話 闇の皇子は学園生活に慣れたくない
テリオスは夢を見た。
ゲーム終盤、主人公に破れた
『馬鹿な……このテリオスが闇に呑みこまれるだと!?』
続く光景をよく知っていた。英雄の道標を手にした瞬間、テリオスの体は溢れ出す闇に呑まれていく。
『テリオスさん……貴方は間違えたんです』
フィオナは目を伏せながら言葉を続ける。
『英雄の素質は決して力だけじゃない』
そう言い切った彼女の後ろには、沢山の仲間達がいた。
『私は、貴方とも』
対するテリオスの隣には、誰ひとり立ってはいない。
最後まで共に戦ったエヴァンでさえも、彼女達に討たれてしまった。
『友達になれたらって、思ってたのに』
テリオス=エル=ヴァルトフェルドとしての意識が遠のいていく。
すべてが黒く塗りつぶされていく中、たった一つだけ彼は願う。
あんな風に、なれたらと。
◆
「おはようございます、殿下」
目覚めたテリオスの視界に飛び込んだのは、いつも通りのエヴァンの姿だった。ベッド脇の小さなテーブルの上には、今日の分のシャツと教科書が用意されていた。
「エヴァンか……悪いな、支度させて」
寝汗を拭いながらテリオスは着替えを始める。
「いえいえ、この程度はいつものことですので」
「いつものこと、ねぇ……一ヶ月も経てばそう感じるか」
入学して早一月、夏の到来を感じさせる暖かな日が続いていた。
「どうでしょう殿下、学園には慣れましたか?」
「慣れた、だと?」
制服の上着を羽織り、エヴァンに不敵な笑みを向ける。
「そんなもの、見ればわかるだろう」
朝の支度を済ませ、寮の自室を出たテリオス……を待ち構える男子生徒の集団。
「おはようございますテリオス様!」
「ああ、おはよう」
にぎやかな朝の挨拶に含みのある笑顔を返す。
「テリオス様、また帝国クラスの訓練つけてくださいよ!」
「時間があったらな」
「あ、ずるいぞ王国クラスだって頼んでたのに!」
「わかったわかった、両方見てやればいいんだろ?」
あっちを立てればこっちが立たず。なので折衷案を答える。
「テリオス様! 実家の猫が子猫を産んで画家に書かせようかと思うんですが!」
「それならレグルスタイムズの挿絵絵師レミィを紹介してやる。本業は画家だし、連合も取材したいと言っていたからな」
連合クラスの生徒が困っていたので、助け舟を出すテリオス。
「「「テリオス様、ありがとうございます!」」」
方々から頭を下げられたテリオスは手をひらひらさせながら思った。今日の朝飯なんだろうなぁ、と。
食堂へと向かう道すがら、女子がテリオスの前に出る。
「テリオス様、握手して下さい!」
「サインもだろ、さっさと出せ」
握手を交わしノートをも受け取り、サインをでかでかと書いてやるテリオス。
「テリオス様、この間の実習で作ったクッキーなんですが受け取って下さい!」
「悪いな、朝食は食堂でと決めているんだ。気持ちだけ頂こうか」
「あっ、ずるい! 私だって気持ちだけでもお渡ししたかったのに!」
「それなら今度の調理実習の時にでも呼んでくれ、全員まとめて味見してやる」
他の女子たちが喧嘩を始めそうだったので、また折衷案を伝えるテリオス。
「「「テリオス様、ありがとうございます!」」」」
また頭を下げられるので、テリオスは欠伸をしながら軽く手を振る。今日はしょっぱい系の朝飯がいいなぁと思いながら。
食堂の手前で、今度は学年主任を務めるグラスに声をかけられた。
「やぁテリオス君、先日議論した魔法理論について聞きたいことがあって」
「ですから先生、主属性は絶対じゃないんですよ。いくらでも応用が効くはずです」
「なるほど今すぐ試して……みたいけれど、今日は大事な用があるんだよねぇ」
「心中お察ししますよ」
なんてやり取りをしていると、帝国クラスの担任、ラジーが会話に入ってきた。
「おうテリオス! この間はウチの生徒たちが世話になったな!」
「先生ですか。最初の演習の時より動きがよくなっていると褒めてあげて下さい」
「そうするか……って悪い、お前朝飯まだだったな。しっかり食えよ!」
「ええ、言われなくても」
軽いお喋りを済ませて、少しだけ足早になるテリオス。
そして最早指定席となってしまったテラス席には、見慣れた顔が並んでいた。
「おはようございますテリオス様、今日も素敵ですね!」
「よう大将、朝から人気者だねぇ」
「これはこれはテリオス殿下、ご機嫌麗しゅう」
選抜クラスの面々に挨拶される。
「おはよう……おっ、今日の朝食はホットサンドか」
テリオスも腰を下ろせば、焼けた小麦の香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「具は殿下の好きなスモークサーモンとクリームチーズですね。紅茶でよろしいですか?」
「ああ、頼む」
「かしこまりました」
エヴァンが慣れた手付きで紅茶をカップに注いでくれる。
それを受け取り優雅に一口。
「ふぅ……」
更にもう一口飲み込んでから。
「って違うわこんなの!」
ようやく自分の異常なモーニングルーティンに対して、全力で怒鳴り散らした。
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