第18話 闇の皇子は試練なんか受けたくない

 演習場の上では、テリオスとエヴァンは戦い続けていた。正午の鐘も近付いているというのに戦いを止める気配はない。


 ふたりの戦いを他の生徒達は黙って見ていた。否が応でも思い知らされる、力の差を。


 耐えきれずフィオナが口を開く。


「学園長、お聞きしたいのですが」

「なんじゃぃフィオナ」


 隣の学園長は、ぶっきらぼうに応じた。早々にあしらわれたことに不貞腐れて、耳の穴をほじっている。


「私はあのお方々に……追いつけるのでしょうか」






「どうしたエヴァン、学園に来て腕が鈍ったんじゃないか!?」

「それを言うなら……殿下もですよ!」


 一瞬。ふたつの刃が火花を散らす。

 それが合図となって、互いに無数の連撃を繰り出した。


 だが最後の一撃だけは力で勝るテリオスに分があった。


「何だ何だ、この程度も受けきれないか!」

「お言葉ですがね、耐えられる人間なんて存在しません……ですので」


 半ば呆れながら、風魔法をナイフの刀身に纏わせた。


「風の精霊よ、集いて我が刃となれ……エンチャントエアリアル」

「あ、ずるいぞお前! 俺は闇魔法縛ってるのに」


 エヴァンの鋭い斬撃がテリオスを襲う。

 攻勢は一転し、今度はテリオスが後退りする。


「その程度我慢して下さい。あれは……強力すぎますので!」






 テリオスとエヴァンの激戦を学園長は眺めていた。ふたりの強さはもはや大陸最強であろう。しかし沸き立つ感情は驚きでも恐怖でもない。


 ただ、過ぎ去りし日々への懐かしさだけだった。


「のうフィオナよ。初めから強い者なぞおらぬ……かの英雄でさえ、最初は剣なぞ握ったことのない頼りない少年であった」


 彼女は思い出す。今はもう触れられない、頼りなかった彼の背中を。


「――と、伝わっておる」


 咳払いで誤魔化して続ける。


「その英雄が設立したのがこの学園じゃ。世界の発展のため、次代の平和を担うため……国や出自に囚われず、あまねく人々を教え導くためにな。まぁ現在はその、金銭的な理由で貴族ばかりになってしまったが」


 現実的な事情はあれど、その理念は潰えていない。


「フィオナよ、お主への答えはのう」

「はい」


 学園長はやわらかな笑みを浮かべる。


「追いつけるさ……そのためにこの場所はあるのじゃからな」


 その少女とは似ても似つかない、亡き英雄の面影を重ねながら。


「……ご指導よろしくお願いします」

「よい返事じゃ」


 深々と頭を下げるフィオナ。


 学園長が闘技場に目を向けると、子供ふたりがまだ遊び呆けていた。苦笑いしつつ立ち上がり、声を張り上げる。


「そこまでっ! この勝負引き分けとする!」


 テリオスとエヴァンは距離を取り、手を止めた。


「俺、四人も倒したんですけど?」

「そう言うなテリオスよ、時間も時間じゃからの」


 テリオスは不満を口にするも、ちょうど正午の鐘が鳴った。


「全員集合! お主らの実力はよ~くわかった……二名ほどおかしなのが紛れておるが、それをおいてもお主らは強い。であるならば、強さに見合った課題を与えようではないか。そうお主らには!」


 続けて学園長が右手を上げ、指を三本立てる。


「そうお主らには! 知、武、勇……三つの『英雄の試練』へと挑み、手にしてもらおう。『英雄の道標』をな!」


 長きに渡り各国が求め続けた、伝説の名を口にした。




「えっ、いらない」


 だがテリオスはそれを拒否。


 何を隠そうゲームにおけるテリオス=エル=ヴァルトフェルドの直接的な死因こそ、『英雄の道標』なのだから。






 ◆



 夜、自室にてツバキは母である議長へと連絡を取っていた。


「ええ、議長……わかっています。連合国にとっては今の均衡状態こそ望ましいと」


 彼女の言葉遣いは、生徒同士で使うそれとは別物だった。


「本日学園長より伝達がありました。選抜クラスを『英雄の試練』に挑ませると」


 ツバキにとって、連合国議長に対しては当然の態度だ。そうするだけの理由と秘密を、彼女は持ち合わせている。


「……はい、あれは帝国にも王国にも渡していいものではありません。ですから」


 連合国の目的はひとつ。大国間のバランスが奇跡的に保たれ続けている今こそ、彼女達にとっての理想だから。


「必ずや『英雄の道標』を……破壊してみせます」


 伝説など、不要だ。







 一方その頃、大陸北部を領土とするイザール帝国では。


「ダーレス殿下!」


 血相を変えた禿頭とくとうの大臣が、皇太子の部屋へと飛び込む。


「なんだぁ? クソ大臣……鍛錬中に何の用だ? つまんねぇ用事だったら、どうなるかわかってるんだろうな」


 皇太子の名はダーレス=イザール。狼のような白髪に傷だらけの上半身。


 ダーレスの放った言葉の圧に、大臣の額から一斉に汗が吹き出す。


「その、ご報告です……ダーレス殿下が春から通う予定であった、アークトゥルス学園についてですが」

「学園? あんな場所、雑魚が身を寄せ合うだけの場所だろうがよ」


 テリオスたちと同い年であるダーレスは本来ならば学園に通う予定だった。

 だがダーレスはそれを拒否。彼にとって魔獣との戦いが絶えないイザール帝国こそが彼にとって、力を発揮できる唯一の場所だと考えていたからだ。


「それはですね、レグルス帝国のテリオス殿下がおひとりで……演習で新入生全員を打ち破ったそうです」

「……全員だと? 確か百人以上はいたよな」


 その問いに大臣は首を縦に振る。

 ダーレスは獲物を見つけた獣のような、獰猛な笑みを浮かべた。


「ハッ、おもしれぇ……おいクソ大臣! オレの入学準備をしろ!」


 ダーレスの言葉に大臣の顔が明るくなる。イザール帝国の意向としては、ダーレスを通じて各国の情報を探ることにあった。そして何よりも。


「おお、では我が国の悲願である……『英雄の道標』を」


 『英雄の道標』は、イザール帝国も狙っていたのだ。


「――あぁ?」


 が、そんなものにダーレスの興味はない。


「伝説の武具だか何だか知らねぇけどなぁ。そんなカビの生えた玩具なんざ必要ねぇだろ」


 彼が何よりも望むのは、子供じみた『最強』の二文字。だから。




「この大陸で最強なのはイザール帝国の次期皇帝……このオレ、ダーレス=イザール様だ」




 彼の不幸は、テリオス=エル=ヴァルトフェルドと同じ時代に生まれたことであった。


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