第17話 闇の皇子には侍従しかいない
「一気に攻めるよ!」
試合開始の合図とともに、ツバキが気勢をあげる。矢を連射で放つが、エヴァンには難なくかわされてしまう。
そこで、すかさずエヴァンの足元めがけて土魔法を発動させた。
「そこっ!」
直接的な威力は無いが、行動を制限させるには十分だ。
「なるほど、土魔法で相手の足を止める作戦ですか。いい戦い方です」
立ち止まったエヴァンが本心から戦術を褒める。
「単体じゃ使い勝手悪いけどね、地形を操る力は侮らないほうがいいよ!」
その隙を逃さずにツバキが更に追撃の矢を放った。
が、エヴァンのナイフは軽々とそれを弾く。
「マジ!? 今の当たらないの?」
「侮ってはいませんよ。ですので」
苦笑いを浮かべるツバキに、小さく指を弾くエヴァン。
「終わりにさせてもらいましょう」
それは魔法の行使だった。詠唱も呪文名も省略したせいで、単なる突風へと成り下がる。だが彼の狙いを果たすための最適な魔法だった。
吹いた風がほんの一瞬ツバキの瞳を閉じさせる。
瞬間、エヴァンの体が宙を舞う。
純粋な身体能力だけでの跳躍。エヴァンの実力もテリオスに劣らず人間離れしたものだった。
ツバキが目を開くよりも早く、彼女の真後ろに着地したエヴァン。それから物音一つ立てずにツバキの細い首筋にナイフの刃を突き立てた。
「……参りました」
苦い顔をしながらも、ツバキが敗北を宣言する。
「しょ、勝者エヴァン!」
急いで学園長が宣言すると、ツバキとエヴァンは互いに握手を交わしていた。
「いや強すぎでしょ。そんなに強くなくてもいいんじゃないの?」
「いえいえ、この程度でなければ殿下の侍従は務まりませんから」
「……なるほど、そりゃ強いわけだ」
最後の問いに苦笑いだけ返すエヴァン。
その清々しいやり取りに、フィオナとエリーゼは拍手を送った。
「それで学園長、俺は誰と戦えばいいんですか?」
最後の運動を終えたテリオスが尋ねる。
「決まっておるじゃろ……エリーゼ、フィオナ、ツバキ、エヴァン、前へ!」
「え、四対一?」
「まさか」
肩をすくめた学園長が、舞台に上がる。
「ワシも入れて五対一じゃ」
テリオスの前に並ぶ、四人の生徒と学園長。
「ねぇ学園長、さすがにずるくないですか? これ」
「何を言うか、英雄というものは……いつだって、窮地に立たされるものじゃ」
「そんなものになる気は」
「それでは……はじめえっ!」
テリオスの抗議もむなしく、戦闘開始の合図が響く。
「合わせろエリーゼ! 昨日の雪辱を晴らそうぜ!」
「テリオス殿下、わたくしの魔法をお受けください!」
真っ先に動いたのはツバキとエリーゼのふたりだった。得意の遠距離攻撃で先制を取る、という当然の作戦だ。
「だからさ……バレバレなんだよ!」
が、演習場程度の距離ではテリオスの射程範囲だ。腰を落とし身を低くして、地を這うようにツバキに飛びつく。
「いっ!?」
模造剣を振り、ツバキを場外へと吹き飛ばす。
「あぁん♡」
次にエリーゼへと飛び、尻を蹴って場外へ。
「はっや! ふたりはあとで外周十周じゃ!」
あまりの役に立たなさに追加の指導を叫ぶ学園長。だが彼女は既に致命的な失敗を犯していた。
「学園長、よそ見をするのは」
「なんじゃエヴァン、お主も外周」
エヴァンの助言も間に合わない。
「殿下の前では……いえ、手遅れですね」
「へ」
いつの間にか学園長の後ろに立っていたテリオスが、小さな体を担ぎ上げる。
「すいませんね学園長。けれど『省エネ中』のあんたじゃ……俺には勝てませんよ」
「なぜそれ」
ゲームでの『ネタバレ』を耳打ちされれば、目に見えて焦る学園長。
「そおい!」
「おぉっ!?」
だが反応する間もなく、場外へと投げ飛ばされてしまった。
「学園長も外周したらどうですか!?」
「う、うるさい! エヴァン、フィオナさっさとこやつをぶっ飛ばすのじゃ!」
演習場に残るふたりへの檄が、放物線を描きながらフェードアウトする。
「……厄介な奴らが残ったなぁ」
剣を構え直し、フィオナとエヴァンをすがめるテリオス。不意打ちで倒せるような相手ではない。
「はい、私はテリオス様から目を離しませんから!」
「殿下から目を離せば何をするかわかりませんからね」
ふたりも武器を構え直す。
「フィオナ嬢、合わせてください」
「はいっ! テリオス様……胸をお借りします!」
フィオナの元気のいい声とともに、ふたりの攻撃が始まった。
ただでさえ隙の少ないエヴァンの斬撃の合間を縫って、フィオナの突きが飛んでくる。
即席で合わせた割に手強い。
だから、減らせる奴から減らす。
「悪いなフィオナ」
フィオナが突き出した剣の刀身を左手で握るテリオス。
「疲れただろ? 先に休んでろ」
そのまま力任せに引っ張り、フィオナごと場外へと投げ出した。
「は……はいっ!」
尻餅をついたフィオナを見て、つい笑顔をこぼすテリオス。
その隙をエヴァンは見逃さない。逆手に持っていたナイフを順手に持ち替え、首筋めがけて真っ直ぐ突き出す。
それを目線ひとつやらずに、テリオスは剣で弾いた。
「相変わらず出鱈目な強さですね。それにこの組み合わせでは、城に居た頃の訓練と変わりないではありませんか」
互いに距離を取り直せば、エヴァンが不満を口にする。
「そう言うなエヴァン、俺の訓練相手になるのは」
選抜クラスの生徒達の強さぐらいテリオスは把握していた。きっと彼らも戦場に出れば一線級の活躍をするだろう、と。
だが経験の差は埋められない。異常なまでの強さに至ったテリオスと全力で戦える相手は。
「お前しかいないからな」
共に死線を潜り抜けた、唯一無二の相棒だけだった。
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