第16話 闇の皇子はまだ戦えない

「と言っとるようじゃが?」


 自信満々の学園長がテリオスに尋ねた。

 だが結論は変わらない。彼女は単なる剣士などではない。


「確かに、剣だけではエリーゼに勝てないでしょうけど」


 回避に専念するフィオナを見るに、彼女がアドバイスを守っていることがわかる。

 何も心配することなどない。 


「フィオナにはまだ、魔法がありますから」


 光属性の魔法剣士。それこそが唯一無二の主人公の証であった。






「三マス、三マス三マス三マス三マス……」


 テリオスの助言を反芻しながら、フィオナは演習場を駆け回る。

 対するエリーゼは端から動かず、広く場所を使っている。


 フィオナはそこで立ち止まった。三マス。それがもし、この足元にある石畳のことならば。


「きっと、この距離なら」


 放たれた火球から小さく前に飛び、真っ直ぐ剣を伸ばす。


「シャイニング……レイッ!」


 そして光速の閃光を矢のようにエリーゼに放った。


「痛っ……!」

「当たった!」


 威力は小さい、だが確実に命中した。


「そんなまぐれ当たりで!」


 エリーゼは怯むことなく魔法で応戦する。もう一度魔法を詠唱して火壁を目の前に生み出す。


「ファイアーウォール!」

「シャイニングレイ!」


 が、エリーゼの攻撃は当たらない。

 それどころかフィオナの閃光が炎の壁を貫き、再び命中してしまう。

 

 演習用の低威力化結界が張ってあるとはいえ、攻撃魔法が当たると普通に痛い。


「いったぁーい!! ちょ……ちょ、待っ! 待――」


 体勢を整えようとするエリーゼだが、フィオナの猛攻は止まらない。


「シャイニングレイッ、シャイニングレイッ……シャイニングレーーーーーーイッ!」




 一方的。そう呼ぶべき試合が目の前で繰り広げられていた。


「ふむ、流れが変わったようじゃな」

「まぁエリーゼはあの距離への攻撃手段がありませんからね」

「ほう?」


 首を傾げる学園長に、テリオスは指さしながら解説を始める。


「そこの演習場、真四角の大きな石で出来てるじゃないですか。あれを一マスとして……四マス目はエリーゼの死角なので」


 演習場はそれなりに広く、十×十マスで構成されていた。一マスはおおよそ二メートル四方であり、そのほとんどがエリーゼの射程である。


 だが高火力高射程を誇るエリーゼにも穴と呼べるべき位置があった。


「死角?」

「ファイアーウォールは二~三マス、ファイアーボールは五~八マス。一マス目は杖で殴れるので……四マス目だけは絶対に届かないんです」


 つまり三マス開けられた場合だ。


 移動しながら攻撃する、という方法もないわけではない。だがエリーゼは魔法の威力を高めるために移動を犠牲に詠唱を行っている。


 戦い方を変えない限り、フィオナの魔法を浴び続けることになる。


「なるほどのう」

「それにフィオナのあれは地味に強いですからねぇ」


 シャイニングレイは低燃費が売りだ。とりあえず主人公にはあれを連発させて育ててたな、と前世の記憶を思い起こした。


「いやちょっと待て、お主は火魔法は使えないじゃろ? なんで正確に射程を把握しておるのじゃ」

「なんでって、そりゃあ」


 学園長の疑問の意図が理解できない。


「覚えるのが当然でしょ?」


 なぜならそれはテリオスにとって、至極当たり前のことなのだから。


「……なるほど。知識も申し分ない、か」


 ため息をついた学園長が、ぱんと両手を強く叩いた。


「そこまで! 勝者フィオナ!」


 勝敗は決した。フィオナは嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 対するエリーゼは、無言で肩を落としたものの抗議まではしなかった。


「やりました! テリオス様の的確な助言のおかげですね!」


 テリオスのもとへと駆け寄るフィオナ。

 ふたりの光景を見て、エリーゼは焦った。このままではテリオス殿下との婚約だなんて夢のまた夢、性急にアピールしなければ、と。


「あーっ! このエリーゼ、足を挫いてしまいましたわ! どなたか優しい殿方に助けては貰えないでしょうか!? たとえばその、とってもお優しいテリオス殿下とか……」


 一歩も動いてないくせに、その場にへたり込むという演技を繰り出した。


 それを見たテリオスは。


「怪我したのか!?」

「はい!」


 彼女のアピールを聞き流していた上に。


「エリーゼ!」


 筋金入りのゲーム脳なので。


「は、はいっ……♡」


 いつも持ち歩いている回復薬をエリーゼに向かって投げつける。


「その回復薬……めっちゃ効くぞ」


 ダメージ喰らえば即回復。それがテリオスにとって染み付いていた性であった。


「はい……」


 足元に転がった回復薬の瓶の蓋を取り、中身を飲み干すエリーゼ。

 味はそんなに悪くないのに、目には涙が浮かんでいた。


「鬼じゃなお主は」

「えっ?」

「まぁよいわ……では続いて、第二戦」

「よっしゃ俺の出ば」


 テリオスはつい立ち上がってしまう。先程の戦いにあてられて、ゲーマーの血が騒いだせいだ。


「ツバキとエヴァンは一歩前へ!」

「んぅ……」






 演習場に並び立つエヴァンとツバキ。


「よろしくねエヴァン。この間はいいとこなしだったから、悪いけど今回は勝たせてもらうよ」

「お手柔らかにお願いします」


 ツバキは弓、エヴァンは短剣。最早エヴァンが握る練習用の短剣は武器とすら呼べない代物だ。


「流石にこれはツバキが勝つじゃろ……のうテリオス?」


 思い出したように準備運動を始めたテリオスに、学園長がニヤけた顔を向ける。


「え? あーそうなんじゃないっすかね」

「チッ、やっぱりわからん奴じゃな……それでは、はじめいっ!」


 結果なんて見るまでもないよな。


 うろ覚えのラジオ体操をしながら、テリオスは心の中で呟いた。




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