第15話 闇の皇子は助言しか出来ない

「さて、改めて挨拶しようかの。お主らの担任となったナヴィ=ガトレアじゃ。互いの自己紹介は……不要じゃな、うん。特にテリオスのは」


 微妙に淀んで湿度の上がった空気の中、着席した生徒たちを前に、教壇に立って自己紹介をする学園長。


「さて、お主らの中にはなぜ隣の奴がなぜこの選抜クラスに選ばれたのか疑問に思う者もおるじゃろう」

「そうですよ学園長! 初級問題を一つも答えられない方がテリオス様と同じクラスにいるなんて不思議でなりません!」

「うむうむフィオナよ、まさかお主に反論されるとは思っていなかったぞ」


 出鼻をくじかれるが、咳払いひとつで気を取り直す。


「そこで、じゃ」


 ぴんと人差し指を立てた。選抜クラスで最初にやるべきことぐらい、彼女はもう決めてある。


「互いの実力を測るのは……手合わせするのが一番じゃろう?」







「では第一回選抜クラス個人演習を始める! ……の前に」


 演習場のある校庭へと移動した選抜クラス一同。

 学園長は腕組をしながら、生徒達を軽く睨んだ。


「よいか! お主らは次代を担う代表者として選ばれたのじゃ。ワシの目が黒いうちはみっともない戦いは許さんからのぅ! 学園の設立者である主ど……英雄に恥じぬ戦いを期待しておるぞ!」


 キメ顔の学園長がフンスと鼻を鳴らしたところで、テリオスは何気なく呟く。


「へぇ、てっきり演習の点数順かと」

「……え?」


 聞き返す学園長に、テリオスは指折り数え始める。


「いやほら、あの演習って裏で先生方が点数つけてるじゃないですか。だからこのクラスに集められたのは点数順……っていうか得点したのここにいる連中だけですもんね」

「そ、そういう説もあるかのぅ」


 あさっての方向を見やってとぼける学園長。テリオスの冷たい視線を躱しつつ、強引に進行する。


「では第一戦……エリーゼ、フィオナ、両名前へ!」


 名前を呼ばれたふたりが一歩前へと踏み出す。


「ふふっ、うふふ……今度こそ正攻法でフィオナさんをボコボコにしてやりますわ……」

「いきなり物騒だな」

「あっ、テリオス殿下!? いえ、これは言葉の綾というか……あ、お初にお目にかかります!」

「いや昨日会っただろ」


 引き気味の攻略対象テリオスに気づいて取り繕おうとするが、時すでに遅し。


「テリオス様、実力でもエリーゼさんに勝ってみせますから!」

「そ、そうなんだ」


 別にそんなことは望んでいない。


 さっきの個人情報クイズの発端はもしかして彼女だったんじゃないか。思っただけでそれ以上は聞けなかった。


 それぞれの武器を用意するふたりを見て、ついテリオスはゲーム的な思考が働く。もし初期状態のフィオナとエリーゼが戦うとなると。


 勝つのはエリーゼだ。


「フィオナ、ちょっとこっちに」


 というわけでフィオナを呼びつける。打算があったとはいえ忠誠を誓わせた主人公がやられるのも忍びない。


「はい、お呼びでしょうか!」

「エリーゼにもし勝ちたいなら……三マス開けろ。それで勝てる」

「わかりましたテリオス様……よくわからないですけど、がんばります!」


 自信満々の笑みを浮かべて所定の位置へと戻るフィオナ。


「エリーゼは王国随一、いや大陸随一の火魔法の使い手じゃ。いくら特待生と言えどフィオナには厳しい相手じゃないかの?」


 いつのまにか横に座っていた学園長がテリオスに尋ねた。


「まあエリーゼは強いですもんね」


 学園長が下した評価は妥当だ。高火力の魔法を連発できるエリーゼは王国ルートの攻略の要であった。


「だけど、俺の助言を理解してくれたなら」


 だけどもし、エリーゼがゲームと同じ『弱点』をそのまま持っているとしたら。


「勝つのはフィオナですよ」





 エリーゼは先日の演習の時と同じく、身の丈に近い大きな杖を構えていた。

 対するフィオナの武器は刺突剣だ。蝶のように舞い、蜂のように刺す。ゲーム的に言えば、回避とクリティカル重視の高機動ユニットだ。


「……行きますっ!」


 だからフィオナは一気に間合いを詰める。その速度に対応するのは熟練の兵士でも難しいだろう。


「炎の精霊よ、我が願いに応じて悪しき物を阻む壁となれ」


 だがエリーゼもそれぐらいは予想していた。高速で呪文を唱え杖をフィオナに向けて放つ。


「ファイアーウォール!」


 炎の壁がフィオナの行く手を阻む。

 彼女は反射的に後ろへと飛んだ、いや飛びすぎてしまった。


 それもまたエリーゼの読み通りであった。壁で下がらせたあとは、遠距離攻撃で潰せばいい。


「甘いですよフィオナさん! 炎の精霊よ、我が願いに応じて邪を打ち倒す火球となれ、ファイアーボール!」


 火球の連弾がフィオナを襲う。彼女は持ち前の身軽さで避けきるものの、額には大きな汗を流していた。


「近づけば壁、離れれば火球ですか」

「ええ、このエリーゼに」


 対するエリーゼは優雅に笑う。この程度の魔法など彼女には造作にもないことなのだから。


「弱点などありませんよ?」


 この勝負は初めから、フィオナが圧倒的に不利だった。

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