第14話 闇の皇子は名言しか言えない

 ――テリオス様個人情報クイズ。


 それはフィオナがこの五年間、必死に集め続けたテリオスに関する内容の自作クイズであった。

 時には新聞を、時には本を、そして時には基金を募り、城の人間を買収して。


「第八問! テリオスが入浴の際、一番最初に洗う場所は!?」

「え、あ……足でしょうか?」

「髪です! ですよね!? エヴァンさん!」


 ためらいがちなエリーゼを尻目に、活を入れるかのごとく答えるフィオナ。


「……フィオナ嬢、正解です」


 審判という名の採点係をやらされているエヴァンは思った。


 ――このクイズ、大分正確だなと。


「これはテリオス様の半生を描いた『テリオス覇道伝』の八三ページに書いてあります! エリーゼさん、どうしてこれぐらい答えられないんですか!? こんなの帝国臣民なら子供にだって答えられますよ!?」

「は、はひっ、ごめんなしゃい……」


 言いたいことしかないエリーゼだったが、隣のフィオナの虚空のような瞳が怖過ぎて謝ることしかできなかった。その恐ろしさは明るいツバキをずっと黙らせる程であった。


「第九問! テリオス様の好きな女性のタイプは!?」

「そ、それは……お淑やかで気品のある女性!」


 若干願望の混ざった答えを叫ぶエリーゼ。

 が、半ギレのフィオナに当然のように却下される。


「ふざけないでください、エリーゼさん! 答えは『全ての女は俺様のもの』です! エヴァンさん、正解なら板書をお願いします!」


 苦笑いしながらエヴァンが正解を板書する。綺麗だった黒板が、徐々にテリオスの個人情報で埋まっていく。


「エリーゼさん、本当に貴方はやる気があるんですか!? これは三年前のレグルスタイムズに報じられた有名な話ですよ!? お姫様なら取り寄せぐらい出来るはず……怠慢ですよ、これは!」


 机をバシバシと叩きながら、お貴族様を詰めるフィオナ。


「王国かえりたいよぉ……」


 威厳に溢れていたはずのお姫様は半泣きで、もはや弱音を漏らすことしかできなかった。


「はぁ……本当にしょうもないですね、エリーゼさんは。仕方ありません、最後の十問目は点数を十倍にしてあげます」

「は、はひっ、ありがとうございましゅ……」

「それでは第十問。テリオス様の十二歳のときの名言は『パンが無いならパンを増やせばいいだろう』ですが」







 握手会からなんとか逃げ切ったテリオスは、中庭にある大きな木の下で天を見上げていた。どこまでも続く青空が今、涙で滲んでよく見えない。


「なんでみんな酷いことするの……?」


 その疑問に答えられる者は――


「いや、ここでその感想出んじゃろ普通は」


  ――いなかったものの、通りかかった学園長がしっかりツッコんでくれた。


「あ、学園長おはようございます」

「ん? ああ……その、お主は教師に敬語を使うんじゃな」

「そりゃ使いますよ、相手は先生なんですか」


 と、ここで自分の失態を悟り膝から崩れ落ちるテリオス。


「らあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」

 

 この瞬間、「帝国の尊大で粗暴な皇子」という理想像は、もはや実現不可能になってしまったのだから。


「その、がっ、学園長よ。やり直しを要求しま、するぞ」

「いやその必要ないじゃろ普通に。しっかしよくわからんやつじゃのう……最初はとんだビッグマウスが出てきたかと驚いたが、礼儀正しいわ他の生徒にも慕われとるわ、まるで意味がわからんぞ」

「そうなんですよ、あいつら酷くないですか!? 注意してやってくださいよ!」


 必死の抗議に、肩をすくめる学園長。


「どういう感情じゃ。ま、安心せいテリオスよ。お主は少人数の選抜クラスに選ばれたのじゃ……少なくとも毎日もみくちゃにはされんじゃろ」

「選抜クラス?」


 ――……そんなものゲームにあったっけ? 


 なんて疑問を口にする間もなく、学園長は歩き始める。


「ほれ、こっちじゃ。さっさと来い」


 疑問への返答と言わんばかりに歩き始める。


「案内してくれるのはありがたいんですけど、どうして学園長が?」

「それはじゃなぁ、このアークトゥルス学園学園長であるナヴィ=ガトレアこそが」


 立ち止まって振り返ると、小柄な体をピンと伸ばし、彼女は自分の胸を叩く。


「選抜クラスの担任だからじゃ」


 テリオスが驚いたことに、ちょっと嬉しくなる学園長。


 なお実際は四月の悪夢大騒動を引き起こした責任を取らされただけなのだが。






「ほぉー、ここが教室かぁ」

「特別に編成したクラスじゃならな、ちょっと大きめの講堂を使うぞ」


 教室に到着したテリオスと学園長。


 ようやく始まる、まともな学生生活に、どこか懐かしさを覚えたテリオスは、はにかみながら扉を開けた。


「テリオス様の十三歳の時の名言は何でしょうか」


 目に飛び込んだのは、異様な光景だった。


 半泣きのエリーゼ。

 その顔を至近距離でガン見するフィオナ。

 ずっと下を向いているツバキ。

 教壇に立ちチョークを持つエヴァン。


 そして、自分テリオスの個人情報がびっしりと書き連ねられた黒板である。


 身長、体重、足の大きさ。嫌われようと必死に盛りまくった過去の発言に、城の人間でしか知らないような情報の数々。


 そのすべてが正解だから、当人の顔が一気に青くなる。


「やめろやめろやめろやめろぉ!」


 急いで黒板消しを手に取り、全力で黒板を綺麗にするテリオス。


「あっテリオス様、『やめろやめろやめろやめろ』が正解です! 流石ですテリオス様、100点です!」

「100点、何が!? どんな状況なのこれ!?」

「流石テリオス様……やはりテリオス様はどんな勝負でも勝利する運命なのですね」


 フィオナが恍惚の表情を浮かべた。。


「いや本当、なんだろうねこの状況……」

「わたくしにはとてもわかりませんわ……」

「すみません殿下、私の口からはちょっと……」


 ツバキ、エリーゼ、エヴァンも説明を拒否する。


「まぁ、その、なんじゃ」


 遅れて教室に入った学園長が、異様な空気が漂う教室を眺める。


「……賑やかなクラスで何よりじゃ」


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