第13話 闇の皇子はまだ知らない

 朝の支度を済ませたテリオスは、エヴァンから遅れること三十分、校舎の前へと到着した。そこで気づく、同級生たちが自分を見るなり、小声で何やら話していると。


 だから思わず笑みが溢れてしまう。


 確かに『あいつ口だけで大したことないやつじゃん作戦』は失敗した。だが『あいつめっちゃヤバいやつじゃん怖いから距離置こうぜ』と思われるのは成功したのでは?


 などと愉快な妄想をするテリオスの前に、ひとりの男子生徒が駆け寄ってきた。


「……テリオス」


 っしゃあ呼び捨てきたぁっ!


 瞬時に判断した。そして常々温めていた悪役セリフを、脊髄反射で引き出す。


「ハッ! 頭が高いぞ、負け犬風」

「様! 自分達が間違っていました!」

「ぜぇい……」


 深々と頭を下げられましたとさ。おしまい――


「新入生挨拶のときは随分なことを言う人だと思っていましたが……全ては実力と経験に基づいたお話だったんですね!」


 ――にはならず、自らの反省を熱く語る男子生徒。


 えっ何なのこの状況。

 テリオスが戸惑っていると、さらに多くの同級生たちに囲まれてしまった。

 礼を言いたかった生徒は、何も彼だけではないのだ。


「テリオス様、吹き飛ばされたときに思ったんです……自分は何もわかっていなかったのだと!」

「テリオス様、貴方と三年間学べることがどれだけ誇らしいか……これからよろしくおねがいします!」


 同級生たちに感謝されながら、その場で頭を抱えるテリオス。

 既に教室に入っていた他クラスの生徒もテリオスの存在に気付くと、皆窓から飛び出して駆け寄ってきた。


「テリオス様、ありがとうございます!」

「テリオス様、握手してください!」

「テリオス様、好きな食べ物はなんですか!」


 半狂乱になりながら、生徒達が少しでも恩人に近づこうと揉みくちゃになる。

 テリオスは匍匐前進でその場を抜け出すと、全速力で走り始めた。


「なんで……なんでこうなるんだよ!」


 自分が撒いた種の発芽に大声で文句を叫びつつ。


 帝国一のヤバい女が、これから教室で大暴れするとも知らずに。







「おっ、帝国のところの執事君じゃないか」


 選抜クラスの教室に着いたエヴァンとフィオナ。

 ふたりを歓迎したのは、連合国のツバキだった。


「お初にお目にかかります、ツバキ=シェアト様。エヴァン=サイレスと申します」

「はっ、はじめまして! フィオナです!」

「こりゃご丁寧に。ツバキだ、気楽に名前で呼んでくれると嬉しいね」


 ふたりはツバキと握手を交す。


「それにしても……あんたらの大将、めちゃくちゃ強いな!」


 ツバキの賞賛を聞いて、フィオナが目をかっ開いた。


「そうですそうです、テリオス様はそりゃあもう凄いんです!」


 ――これはまずい。


 エヴァンが思うも色々と手遅れな訳で。


「まずテリオス様は五才が初出征だったんですけどね、これは本来形式的なものだったはずなのにその時テリオス様は征伐予定だった盗賊をおひとりで倒してしまったんですよ! それも一切魔法を使わず、まだ習い始めたばかりの剣で――」


 止まらない。推しの自慢が止まらない。


 少人数で使うには大きすぎる教室の中、興奮したフィオナのガンギマリトークがこだまする。


 だから当然、もうひとりの同級生の耳にも届いていた。




「帝国で凄いのはテリオス殿下だけ、という可能性もありますけどね」



 一瞬にして空気が凍る。


 凍らせた張本人は、少し離れた窓側にいた。彼女は読書していた本をぱたりと閉じる。


「失礼、エリーゼ=イル=モーリス=エルトナ姫殿下。ご挨拶が遅れました」

「エヴァン様、でしたね。私もエリーゼで構いませんよ? 末永くよろしくお願い致しますね」


 貴族らしい所作で互いに挨拶を交わすエヴァンとエリーゼ。


「あっ、あのフィオナと申します……エリーゼさん、これからよろしくお願いします!」

「あら、貴方には言っていませんよ?」


 フィオナに対しては、エリーゼは棘を隠そうともしない。


「わたくし、疑問に思うのですよ。平民である貴方があの方のお傍に居ていいものなのかと」


 大陸における身分制度は未だ根強く残っている。学園の方針として生徒の平等を標榜しているものの、守られていないのが実情だ。


 だからこそエヴァンは自分が言い返すべきだと考えた。フィオナはもう殿下の家臣なのだから、侮辱するのは主人を侮辱するのも同義だと。


 が、それよりも早くフィオナが口を開いた。


「確かに私はテリオス様のお力の足元にも及びません」


 自分の掌をフィオナがじっと見つめた。今の自分が戦場でテリオスの隣に居ても、きっと何の役にも立たない……それぐらいは理解している。


「それでもあの方を想う気持ちは、誰にも負けないつもりです」


 エリーゼがたじろぐ。強い意志を宿した瞳に。


「だ、だから何だと言うのですの?」

「勝負しましょう、エリーゼさん」


 一歩詰め寄るフィオナ。


「……いいでしょう。何で勝負するのかしら? 教養、魔法、それとも武術かしら? 何でもいいですよ、どうせわたくしが勝つのですから」


 エリーゼには国家のための使命があった。それはテリオスとの婚約だ。


 在学中に婚約し、未来の夫として祖国へ連れ帰る。さすれば帝国との強固な結びつきと絶大な武力を手に入れられる。


 テリオスの婚約者を狙う彼女にとって、フィオナは今後もっとも邪魔になるであろう。そういう女の予感があった。

 だからこそ、彼女をここで蹴落とすには絶好の機会だ。


 だがエリーゼの内心を知るよしもないフィオナは一歩も引かない。


「でしたら、勝負の内容は私が決めさせていただきます……エヴァンさん、審判をお願いしてもいいですか?」


 ようやく辿り着いたテリオスの隣を彼女は誰にも譲るつもりはなかった。この五年間、テリオスのことだけを考えて生きてきたのだから。


「かしこまりました。ですが危険と判断すれば止めさせていただきますので」

「それではエリーゼさん、勝負です。この五年間、必死に研鑽を積み続けた」


 強い意志の籠もった言葉が教室中に反響する。静観していたツバキでさえ、思わず息を飲むほどだった。


 今、フィオナの。




「――テリオス様の個人情報クイズで」




 帝国一ヤバいところが始まった。


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