第12話 闇の皇子は朝起きられない
「エヴァンさん、おはようございます!」
「おはようございます。いい朝ですね、フィオナ嬢」
晴れやかな朝日の下、校舎の前で爽やかな挨拶を交わすふたり。昨日の演習を勝利で飾ったどちらの表情も笑顔に満ちている。
「今日はクラス割の発表ですよね……何だか今更な気はしますが」
「あの演習が行われたのは、それだけ唐突だったということでしょうね」
世間話に興じながらも、フィオナがそわそわとする。その様子にエヴァンははたと気づいた。
「ああ、テリオス様ですか? お疲れのため、ギリギリまで寝るそうですよ」
「で、ですよね! 昨日は大活躍でしたもんね!」
少し残念そうなフィオナの様子を、エヴァンは微笑ましく眺める。
「あの程度で疲れるはずありませんけどね……きっと怠けるための言い訳ですから
始業までにはお越しになりますよ」
これを聞いて、フィオナはパッと顔を輝かせた。
「そうでしたか、私で良ければ起こしに行こうかと思っていましたが……」
「フィオナ嬢、男子寮は女生徒立ち入り禁止ですからね?」
エヴァンは思った、この子結構押しが強めだなと。
「それにしても、テリオス様の強さは計り知れませんね。テリオス様が皇帝になったら、大陸だって統一できちゃいそうで」
興奮したフィオナは話を続けるも、すぐに自分の口に手を当てる。
「……ごめんなさい、テリオス様に皇位継承権は」
たとえテリオスがどれだけの人気を誇ろうとも、皇位継承権がないという事実は口はばかる話題であった。
「気に病まないで下さい。公然の事実です……殿下は闇属性ですからね」
闇属性。大陸では不吉の象徴とされ、その持ち主は歴史上様々な迫害を受けてきた。
「闇属性って、そんなに危険なものなのでしょうか」
「はい、危険です」
エヴァンは断定し、さらに続ける。
「きっと殿下が本気を出せば、学園は消えて無くなるでしょうね」
「それはこの校舎のことですか……?」
想像を絶する威力にフィオナが尋ねるも、首を横に振られてしまう。
「この学園の敷地すべてが、という意味です。だからこそ殿下には闇魔法を使って欲しくはないのですが……怖くなりましたか?」
「いいえ、誇らしくなりました!」
試すような問いにフィオナは自信満々に即答する。
「それは何よりです」
「あ、わかった……きっとテリオス様は皇帝以上の器だから、神様が闇属性をプレゼントしてくれたんですよ! 皇帝になんかならないように!」
「それは」
今度はエヴァンが試される番だった。
「素敵な考え方ですね」
「きっとそうですよ!」
興奮気味に頷くフィオナ。
それを見てエヴァンは感心せざるを得なかった。この世界で皇帝を超える称号は『英雄』しかないのだから。
そんな健気な少女にエヴァンはついお返しがしたくなった。
「皇位継承権がないのはフィオナ嬢にとっても朗報ですよ? 皇帝であるなら平民を本妻には迎えられませんからね。例えそれがとても優秀な学園の特待生であってもです」
「そ、それって」
思わずフィオナは自分の頬に手を当てる。
「今晩テリオス様の寝室に……お邪魔してもいいという意味ですか?」
「全然違います」
流石のエヴァンも食い気味で首を左右に振った。
一方その頃テリオスは。
「あと五分ぐらいいけるだろ……」
寝返りを打ちながら舐めたことを口にしていた。
帝国一のヤバい女と、三年間過ごすとも知らずに。
◆
ふたりが校舎に入ると、クラス割が貼られた掲示板の前には人だかりができていた。
「クラス割って確か国ごとでしたよね。なのにじっくり見るものなんですかね?」
「通例ではそのように聞いていますが、さて」
隙間を縫って掲示板の前まで進む。そして生徒たちの足を止める理由がすぐにわかった。
「選抜……クラス?」
帝国、王国、連合国。それぞれ四十名弱のクラスのほかに、少人数のクラスが記されていた。
「これはまた、そうそうたる面々ですね」
その面子に思わず声を上げるエヴァン。
三国を代表するテリオス、エリーゼ、ツバキの三名。そしてエヴァンとフィオナの五名である。
「流石テリオス様、通例なんて関係ないですね!」
「ええ、本当に」
頷きながらもテリオスは横目で『担任』の欄を確認する。その名はこのクラスの特殊性を知らしめるには十分過ぎるものだった。 もっともフィオナはそんなことは気にもとめていない。
「テリオス様とずっと三年間一緒かぁ……これってつまり」
少し間を置いて、気付いたように。
「同棲……?」
「フィオナ嬢、私も在籍しますからね?」
エヴァンは食い気味で訂正した。
一方その頃テリオスは。
「ガラララララ……ペッ!」
ようやく朝の歯磨きを終え、口の端をタオルで拭っていた。
帝国一のヤバい女が、三年間隣の席になるとも知らずに。
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