第11話 学園長は責任を取りたくない

 演習を終えたその夜、学園では緊急の会議が行われていた。議題はもちろん本日の新入生特別演習『試験』についてである。


「それでは本日の試験の採点を始めようかの。なぁに簡単じゃ、一人倒せば100点、勝ったチームのメンバーには全員100点、勝敗に関わらずリーダーには50点じゃ」


 新入生演習は、生徒達には秘匿された試験の一種だった。もっとも成績には無関係であり、あくまで生徒達の実力を測るのが目的だ。


「では発表するぞ」


 戦場を経験させ、各生徒達の実際の能力を測る。あくまで点数はおまけのような扱い……ではあったが。


「テリオス、12050点。エヴァン100点。フィオナ100点。エリーゼ50点。ツバキ50点。残り全員0点じゃ」


 学園長が採点結果を読み上げる。それは演習に参加していない教師であっても惨状を理解するには十分過ぎるものだった。


「……何か意見のあるものは?」


 ナヴィが教師陣に尋ねても、誰もが下を向いて答えない。だが痺れを切らした長身の女教師、ラジーが拳を机に叩きつけた。


「ふっ……ふざけんじゃねぇっ! 元はと言えばアンタが思い付きで試験内容を捻じ曲げたせいだろうが!」


 思い付き。まさしくこの『特別』演習のルールは壇上で学園長が急遽思い付いたものであった。


「いいですか学園長! この試験は今後の各生徒に合わせた教育方針を見極めるための大事な試験だったんですよ! それを貴方の気まぐれでこんな大惨事に!」


 入学式で司会をしていた眼鏡の男性教師、グラスもそれに乗っかった。


 新入生の担任も務める二人は、例年とは違う形式の試験に駆けずり回った一番の被害者だった。その結果がこれなのだから、怒鳴るのも当然である。


「な、何じゃお主ら……全部このワシが悪いとでも言うのか!」

「はいそうです!」


 学園長が吐き捨てるように尋ねると、グラスに食い気味で肯定される。その後暫くの間は、教師陣による学園長への恨み言に費やされてしまった。


 アルクトゥース学園教師陣。大陸随一の頭脳集団ではあったが、その頭痛の種はいつも学園長の思い付きであった。


「くっそ、このまま学園長に文句言っても始まらねぇ……おい、今すぐ各生徒達の実家に連絡を取れ、どんな生徒なのか調査するぞ!」

「ああもう、出張旅費に残業手当……ただでさえうちの学園はカツカツだっていうのに!」


 ラジーとグラスが慌ただしく動き始めれば、他の教師達もそれに続く。ぽつんと取り残された学園長は口を尖らせ言い訳を漏らす。


「ワ、ワシは天狗になっておる生徒の鼻をへし折ってやろうとだな」

「何ですかテングって……また訳のわからないことを言って! この責任はご自身で取ってもらいますからね!」

「せ、責任だとぉ!? どうやって取れというのじゃ!」


 グラスの言葉に学園長は食い下がるが、最早相手になどされない。


「おい、一番遠い生徒の出身は……船で乗り継いで片道五日ぁ!?」

「あーもう、学園長が余計なことしかしないから!」


 それから教師陣は、降って湧いた新入生の情報集めに奔走される羽目になる。後にグラスがこう語った。




 あれは、四月の悪夢だったと。







 エリーゼはテリオスに敗れた夜、自室で父であるエルトナ王に連絡をしていた。生徒達には友愛を説いた彼女ではあったが、その裏では政治的な駆け引きが出来るだけの強かさを持ち合わせていた。


『それでエリーゼ……どうだったかな、噂の皇子様は』

「お父様、わたくしは痛感しました。噂などは所詮噂でしかないと」

『おお、それでは彼なぞ取るに足らんと』

「いいえ、こう言いたいのです……噂など、テリオス殿下のお力を毛ほども表していないと。きっと彼を打ち破るには万の兵でも足りないでしょう」

『エリーゼにそこまで言わせるか』


 彼女は思う、今日の彼は本気では無かっただろうと。もし本気の彼と戦うなら……想像するだけでも恐ろしい。


「ですが幸い、テリオス殿下は闇属性をお持ちのため皇位継承権はございません。ならばまだ、こちらに引き込む余地は残されています」


 一呼吸置いた彼女は、語気を強めてエルトナ王に伝える。その言葉に王は苦悶の表情を浮かべる。姫が隣国の貴族を引き込む方法など、一つしか無いのだから。


『彼を君の夫に、ということか……すまないエリーゼ、君には既に『英雄の道標』の確保という大任を背負わせているというのに』

「ご安心下さい、お父様。このわたくしが道標もテリオス殿下も手に入れてみせますわ」


 友愛、絆。生徒達にそう語った彼女の言葉に嘘偽りなどありはしない。


 ただ一つ重要な言葉が、意図的に削がれていた。


「全ては……我らが王国のために」


 王国の繁栄こそ、彼女の願いの全てだった。

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