第23話 闇の皇子は英雄になんかなりたくない
学園の地下にある反省部屋……という名目の牢屋に入れられ、鎖に手足を繋がれるダーレス。
「おいクソガキィ! こいつを外せぇっ!」
「はっ、弱い犬程吠えるとはよく言ったものじゃなぁ」
学園長が鉄格子越しに満面の笑みを向けていた。
「どうじゃ今の気分は、ん? ワシが育てたテリオスよりも弱いと証明された気分は?」
ことの成り行きで付いて来ていたテリオスが反論する。
「育ててられてないですよ」
「ええい、ここはワシを立てんか……! ま、その調子じゃ手加減されたのも気付いてないようじゃがな」
「手加減、このオレが……?」
目を丸くするダーレスだったが、テリオスはつい頷いてしまった。
「いやぁ、流石に殺したらまずいでしょ」
ダーレスは無言になる。
気付いてしまったのだ、自分が生きていることこそが手加減の証明なのだと。
「ま、殺す殺すと息巻いて誰も殺せなかったお主とはモノが違うというわけじゃ」
フフンと鼻を鳴らす学園長。
だが一呼吸おいて、その瞳から光が消える。
「もっとも、本気で生徒を殺めていたなら……このナヴィ=ガトレアが『本気で』お主を殺していたがな」
省エネなどではない、本気のナヴィ=ガトレア。
それに身震いをしたのは他でもないテリオスだった。彼はゲームで知っている、本気の学園長の強さを。
「よかったのぅお坊っちゃま、パパが沢山寄付してくれていたおかげで五日程度の謹慎で済んだんじゃからなぁっ!」
鉄格子に蹴りを入れ、苛立ちを発散する学園長。
二、三度全力で蹴ったあとに、彼女はあることを思い付いた。
「そうじゃ、お主のクラスは『帝国』クラスにしようかのぉ」
「げっ」
小さく悲鳴を上げたテリオス。
「うちの帝国クラスはテリオスのことが大好きでのぅ……そこでお主とテリオスの違いをた~~~っぷりと学ぶがよい」
一年の帝国クラスの連中は最初の特別演習でのこともあり、特にテリオスに心酔する生徒たちが集まっていた。
言うなれば全員フィオナ予備軍みたいなものだから、そこに入れられると思うと背筋が凍る。
「いやぁ、これからの学園生活が楽しみじゃのう……ではな、『じゃない方の帝国』の皇子、ダーレス=イザールよ」
ダーレスの反省部屋をあとにするふたり。地上への階段を登りつつ、テリオスが学園長に尋ねる。
「今回の罰ってあれぐらいが妥当なんですか?」
実のところテリオスは、今回の騒動の全容を理解してなかった。せいぜいダーレスが暴れていた、ぐらいの認識だったのだが。
「アホ抜かせ、あれでも相当甘いぐらいじゃ。幸い死者は出なかったものの、多くの生徒が傷ついた……到底許せるものではない。あやつの父がうちの卒業生でなければ、退学にしておるわ」
死者は出なかったが、それでも教師含め二十名以上の怪我人が出てしまった。
本来ならば退学が妥当なのだが、学園長の手元には『息子を頼む』とだけ綴られた簡潔な手紙が届けられていたのだ。
「ダーレス、でしたっけ。なんでこんなことしたんですかね」
「自分の力を誇示したかったのじゃろうな。そんなものは……英雄の資格ではないと言うのにな」
テリオスの疑問に学園長が寂しげに答える。
「確かに英雄には力が必要……じゃがのぅ」
足を止め、帽子で顔を隠す学園長。
「主殿はいつも、それを嫌っておったよ」
学園長は思う、きっと彼には英雄なんて大役は似合ってなどいなかったのだと。
それでも彼がそうした理由を彼女はよく知っていた。
彼の心の中には、本物の英雄がいたからだ。
力がなくても、貧しくても。
誰かのために生きられる……そんなどこにでもいるような英雄が。
「のうテリオス、お主は英雄の資格は何だと思う?」
「さぁ……わかんないっすね。そんなものには興味がないので、どうでもいいですよ」
唐突な学園長の質問に、テリオスは肩を竦めて答えてみせた。
「ふむ、お主らしい答えじゃな」
満足気に頷く学園長。
「だが『英雄の試練』は受けてもらうぞ……まずは知の試練からじゃ。来週に試験があるじゃろ? まずは選抜クラス全員で上位五名を独占することじゃ。英雄がアホでは沽券にかかわるからのう」
「ちなみにわざと間違えたら?」
「その時は連帯責任で全員反省部屋送りじゃ」
あらかじめ用意していた答えだったのか、ぴしゃりと言い放つ。
「……はい、頑張ります」
流石に牢屋には入りたくないテリオスは、いよいよやって来る試練への決意を後ろ向きで新たにした。
◆
その夜、牢屋に繋がれたままのダーレスが拳で壁を殴りつけた。
「くっそ! オレとあいつの……何が違うって言うんだよ!」
嵌められた手枷と足枷のせいで魔法は封じられている。だから彼は手の皮が擦りむけるまで、何度も壁を殴っていた。
そんな荒れたダーレスの前に、ひとりの客がやって来た。
「君がダーレスか、随分と苛立っているようだね」
その客は白いローブで全身を覆っていた。女にしては低く、男にしては高い声で、ダーレスに語りかける。
「誰だテメェは!」
「ひどいじゃないか、こっちは君の味方だっていうのに」
ローブの客はわざとらしく答える。
「味方ァ?」
「あのテリオスに勝ちたいんだろう?」
その問いにダーレスはつい言葉を詰まらせた。
――勝ちたい、だがどうやって?
今日のアイツは本当の実力を出していない。そんな相手に自分がどれだけ卑怯な手を使っても……勝利の二文字はあまりに遠い。
「方法は簡単だ」
彼か、それとも彼女なのか。どちらにせよそれは、わざとらしく首を横に振った。
「英雄の道標を使えばいい。お膳立てはこちらで行おうか」
だがそれはダーレスの神経を逆なでするだけだった。
「ふざけんなよ……そんなものがなくたってなぁ、テリオスをぶっ殺してやるよ!」
誰も彼もが「英雄の道標」を欲している。伝説を信奉する者はどの国にも存在し、特に為政者は政治的な理由から強く求める。
それはイザール帝国も例外ではない。祖国の悲願、父や周囲の者たちの悲願であるからこそ、反発せずにはいられない。
「それは心強いな……だけど予言しようか。君は必ず『英雄の道標』を」
ローブのそれは静かに笑う。力を渇望するダーレスに道標を与えることが。
「ミザールの剣を手にするよ」
願いを成就させる、たった一つのやり方なのだから。
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