第24話 闇の皇子には休日がない

「やーっと一日が終わったよ……」


 夜、ベッドに倒れ込んだテリオスがため息と一緒にうめきを漏らした。


「殿下、本日もお疲れ様でした。溜まっていた予定もこれで一段落ですね」


 エヴァンが傍らに立ち、手帳をめくって確認する。

 試験まであと二日というところで、安請け合いし続けた頼みをすべて終わらせた。


「ってことは明日は?」

「休日です、正真正銘の」

「……ぃよしっ!」


 明日は講義もなく、学園全体が休日となっている。


 誰にも邪魔されない、自由を満喫できる一日だ。


「決めたぞエヴァン。明日俺は……この部屋から一歩も出ない!」


 腕だけを突き上げ、声高らかに宣言する。

 休みたい、それだけが彼の切なる願いだった。


「食事はどうしますか?」

「ジョージにピザでも届けてもらうさ」

「かしこまりました、明日伝えておきますね」


 うんうんと頷きながら、久々の休日を想像するテリオス。

 昼まで寝てピザ食べて、本でも読んでまた昼寝して。思わず笑みが溢れるが、そこで重要な事実を思い出す。


「そうだ、せっかくだからお前も一日休んだらどうだ?」


 テリオスには休みがなかった。ということは従者であるエヴァンにも休日がなかったということだ。


「……よろしいのですか?」


 聞き返すエヴァン。通常従者というのは休みなどあってないのが当然だ。

 だがテリオスはエヴァンを含めた使用人達には、定期的に休みを取らせていた。


 とはいえ、念押ししておかないと気が引けるというもの。


「よろしいもなにも、学園に来てからまともに休んでないだろ」


 テリオスがこういう扱いをするには理由がある。休日のない辛さを、前世で身に沁みて知っていたからだ。


「趣味を存分に楽しんでこい」


 そのおかげでエヴァンも休日の楽しみと呼べるものを身に着けていた。


「ではお言葉に甘えさせていただきます」

「気にすんなよ。んじゃおやすみ」

「ええ、おやすみなさい殿下」


 深々と頭を下げて退室するエヴァン。その顔は、普段の毅然としたものとは違い、頬が緩みっぱなしだった。


 明日は夜明け前には出発しないと……。


 彼もまた久々の休日に心を躍らせていた。






 翌日、テリオスは予定通り昼まで寝る……はずだった。だが早朝、けたたましいノックの音が部屋に響く。


 眠気の残るまぶたを擦りながら、何とかベッドから這い出て部屋の扉に手をかける。


「あのなぁエヴァン、お前も休みだって言ったろ……別に起こしに来なくても」


 寝間着のままつい扉を開けてしまうテリオス。

 そこで待っていたのは、もちろんエヴァンなどではなく。


「おはようございます、テリオス様!」

「テリオス殿下、ご機嫌うるわしゅう」


 私服を着たフィオナとエリーゼが満面の笑みで立っていた。


 ので、速攻扉を締めた。


「テリオス様ー? どうして閉めるんですかー?」

「そうですわ、わたくし達は明日に向けて試験勉強ができたらと」


 ドンドンと叩かれる扉を必死に押さえながら、全身から冷や汗を流すテリオス。


「いや……ここ男子寮だからっ!」


 学園の寮は当然のように男女で分かれている。

 一階にあるひらけたロビーへの往来は可能なものの、個々人の部屋への来訪などもってのほかである。


「そうですね!」

「存じ上げております」


 もちろんそれを知らない女性陣ではない。彼女たちは意図的にルールを破っているのだから。


「いやだから……どうやって入ったんだよ!」


 窓から、裏口から?

 そんな疑問が次々と浮かぶテリオスだったが、扉越しのふたりは笑顔を崩さない。


「やだなぁテリオス様、ちゃんと正面から入りましたよ?」

「その通りです、わたくしはエルトナ王国の王女なのですから……正面から堂々と入ってやりましたわ」

「いや……管理人さんっているよね!?」


 物怖じせずに答えるふたりに、さらに焦り散らかすテリオス。して彼の疑問の答えは。


「はい、買収しました!」


 元気のいいフィオナの声で、買収の単語が響く。

 えっ買収? 王族のエリーゼならまだわかるけどフィオナがしたの?

 という新たな疑問が湧くものの、もはや言い返す元気はない。


「勉強、だっけか」


 扉を押さえながら部屋を見回すテリオス。

 エヴァンが日頃から掃除してくれているだけあって、今すぐにでも女性を招いても申し分ない部屋だった。王族ということもあり部屋は広めで、寝室以外にも応接室が備えられている。


 ので、観念した。


「とりあえずふたりとも……上がってくか?」

「はい!」

「よろこんで!」


 少しだけ扉を開けて、二人に尋ねるテリオス。

 廊下に女性を立たせっぱなしにするわけにもいかない、かといって人の多いロビーに行くわけにもいかない。


 結局彼に残された選択肢など、始めからひとつだった。


「じゃあちょっと準備するから……少し待ってくれ」


 とりあえず寝巻きはまずいので、急いで着替えを始めるテリオス。


「エヴァンさんは隣室でしたよね? お呼びしたほうが……」

「いや、あいつは休みだからとっくに出かけてるぞ」


 扉越しに聞こえるフィオナの問いにテリオスが答える。


「お出かけですか、ずいぶん早いですね」

「ああ」


 キレイなシャツに袖を通し、青空が広がる窓の外を眺める。

 せめてエヴァンの休日が充実したものになるよう願いながら。




「あいつの趣味は……フライフィッシングだからな」




 あと晩飯に新鮮な魚が並ぶことを願いながら。






 一方その頃、ダーレスは。


「嘘だろ……試験って殴り合いじゃねぇのかよ!」


 翌日の試験内容について、ようやく確認を始めていた。






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