第29話 闇の皇子はパーフェクトコミュニケーションが達成できてない

「は」


 テリオスの一言はダーレスを怒らせるには十分すぎるものだった。


「半日だけ君の様子を見ていたが、それはもう凄い嫌われっぷりじゃないか……一体どんなふうに過ごせばこんなに煙たがられるんだ?」


 が、それに気づかないテリオスは火に油を入念に注ぎ続ける。


「何が言いたいんだよ、テメェは」

「いや言葉通りの意味だが?」


 ダーレスは爆発寸前だが、それに全く気付いていない。


「ああ、そっか」


 そこでふと思いついた。

 もしかしたら自分の逼迫ひっぱく具合が伝わっていないのではないかと。


「教えを乞う態度じゃないな……頼む、この通りだ」


 だから彼は深々と頭を下げた。

 本心からの行動だったが、ダーレスに伝わるはずもなく。


「じょ……上等だこの野郎!」


 ダーレスは立ち上がると、大声で怒鳴り散らした。人生最大の屈辱と煽りを受けたのだから当然である。


「今すぐ表に出ろ、テメェのその体にたっぷり教え込んでやるよ!」


 ――殺す、目の前の男を今すぐに。


 もはやダーレスに考えられるのは、いかにしてテリオスの息の根を止めるかだけであった。






 足早に演習場へと向かうダーレスの背中を見て、テリオスは思った。


 ――なんていい人なんだダーレスは。


 普通他人からの嫌われ方なんてものは、人に言いたくないものである。

 だが彼はそれを『上等』と言い切り、さらには実践しながら教えてくれるというのだ。

 テリオスの中での彼の好感度は、エヴァンとフィオナに次いで三位まで上昇していた。


 テリオスは自画自賛する、やっぱりあそこで頭を下げたのが決め手だったなぁ、と。


「これがパーフェクトコミュニケーションか……」


 今、彼の瞳に映る世界はいつにもまして輝いていた。


「テリオス様!」


 悦に浸るテリオスに駆け寄ってきたフィオナ。

 体を両手で受け止めると、その後ろには選抜クラスの面々が控えていた。


「申し訳ございませんでした!」


 そしてフィオナはすぐに跪き、謝罪の言葉を口にする。


「何が?」

「まさかテリオス様がダーレスさんを『更生』させようとしていたとは……その懐の広さに感服いたしました」


 テリオスは気づいた、フィオナが妙な勘違いしていることに。


「おいおいフィオナ、人を悪いように言うなよ」


 だから彼は訂正する。


「ダーレスはな……めっちゃいいヤツだぞ」


 自身が犯しているとは知らない、特大の勘違いで。


「てっテリオス殿下! このエリーゼは殿下のことを信じていましたわ!」

「えっとエヴァン、どういうこと?」


 エヴァンに助け舟を求めるテリオス。


「そうですね……強いて言うならば」

「言うならば?」


 だが一部始終を目撃していたエヴァンの答えは。


「いつも通りで安心しましたよ」


 それは今日までと何一つ変わらない、いつも通りの光景だった。






 演習場で向かい合うテリオスとダーレス。いつの間にか観客が増えていたが、それを無視してダーレスは剣を投げて寄越した。


「剣、か……これで嫌われ方がわかるのか?」


 拾い上げた訓練用の剣を、物珍しそうに眺めるテリオス。

 隙だらけの様子を見て、ダーレスは思わず舌なめずりをした。


「ああ、こいつで」


 そのまま、真っ直ぐとテリオスに剣を振り下ろす。


「こうするんだよ!」


 当たる。

 確信したダーレスが獣のような笑みを浮かべた。

 腕か、肩か?

 どこでもいい、少しでもこいつに傷をつけられたなら、と。


「不意打ち、か」


 だがテリオスは、振り下ろされた剣の身をいとも容易く掴んだ。




「確かにこいつは……人から嫌われそうだな」




 笑顔の消えたダーレスに、彼は最大限の笑顔を返す。


 丁寧に教えてくれるダーレスに最大限の感謝を込めて。

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