第28話 闇の皇子は目の前の人がブチギレ寸前なのに気づけない

 その日の正午の鐘が鳴り、学園長がチョークを置いた。


「うむ、午前の講義はここまでじゃ。さてお主らは無事『知』の試練を」

「あ、俺行くとこあるから」


 が、テリオスは話を最後まで待たずして、急いで席を立つ。そのまま廊下へと飛び出すと小走りで走り去った。


 それを見ていたフィオナが口を尖らせ呟いた。


「……テリオス様の様子がおかしいです」

「そうかしら? あなたの単なる思い過ごしではなくて?」

「いえ違うんですエリーゼさん、これを見て下さい」


 フィオナが取り出したのは、一冊のメモ帳だ。


「これがこの一ヶ月のテリオス様の標準的な行動パターンです。昼休みの場合、すぐに席を立つ確率は27%……73%は食堂の混雑を避けるため少し教室で時間を潰してから向かうんです」


 今日まで記録し続けたデータを淡々と読み上げる。


「して27%のうち、61%がお手洗いに……ですが今テリオス様が向かった方向はお手洗いとは真逆の方向」

「残りの39%ではないのですか?」


 興味津々のエリーゼが聞き返した。


「いえ、残りの39%の場合は誰かに呼ばれた場合なんです。そういう時はスケジュールを管理しているエヴァンさんにひと声かけますから……かけますよね、エヴァンさん!」


 急に話を振られたエヴァンが、そっと手帳を覗き込む。


「……よくお調べになっていますね」


 彼は思った、フィオナは今すぐ諜報員としてやっていけるなと。


「なるほど、つまりテリオス殿下は何やら今までにないことをなさっていると」

「はい、そうなんですよ!」


 フィオナが机をバンと叩いた。

 つられてエリーゼも机を叩く。


「もしかしたらどこかの女生徒に誘惑されているかもしれないと……!」

「可能性は……0ではないかもしれません」


 神妙な顔つきのフィオナ、青ざめた顔のエリーゼ。


「そんな……ツバキさん! あなたはどう思いますか!?」

「そうだねぇ」


 ツバキは思った、このふたりは。


「とりあえず頭冷やしたら?」


 だいぶヤバいところまで来てるんじゃないかと。







 テリオスが向かった先はダーレスの配属された帝国クラスであった。

 物陰に身を隠しつつ、彼の動向を探る。


「オイ、道の邪魔だぞテメェ!」


 早速教室の出入り口で立ち話している女生徒に怒鳴り散らした。


「感じ悪いよねぇ、ダーレスって」

「しっ……聞こえるでしょ……」


 彼が去った瞬間に、やはり陰口を叩く女生徒たち。




 食堂に着いたダーレスは、配膳の列へと並んだ。


「げっダーレス……様。お先にどうぞ」


 彼に気付いた男子生徒が、ばつが悪そうに先を譲った。


「チッ」


 彼が舌打ちをすると、次々と先を譲る生徒たち。理由は単純……関わりたくないからだ。 




 昼飯時の食堂は今日も今日とて混雑していた。座る場所を確保するのは簡単なことではない。


「それでさぁ、その時テリオス様が」


 運よく座れていたふたりの女生徒は食事とお喋りを楽しんでいた。

 だがひとりがダーレスの姿に気づくと、フォークを持つ手を止める。


「行こっか」

「うん」


 すぐにトレイを持って、その場を後にするふたり。

 露骨な対応をされたせいで、思わずため息を漏らすダーレス。


「……んだよ、オレがどこで飯食ってもいいだろうが」




 そんなダーレスの一挙一動を見ていたテリオスは、昼食のトレイを受け取りながら呟く。


「すげぇ嫌われっぷりだなアイツ」


 長机でひとり食事するダーレスを見て、テリオスは思った……めっちゃ羨ましいなと。


「俺もいい加減に変わらないとな」


 同時に湧き上がったのは、このままじゃダメだという危機感だ。

 いつまでも受身の態勢では何ひとつ変えられない。


 だからテリオスは勇気を振り絞り、ダーレスの前へと座った。


「何の用だ、テリオス」

「何の用だ、とは随分な言い草じゃないか……どこで飯食ってもいいだろう、か。だったら俺がここで食事しても構わないんだよな?」


 緊張のせいで若干芝居がかった口調になってしまった。

 そんな心中を知る由もなく、全力で睨みつけるダーレス。


「オイ、まさか本当にオレと飯が食いたいわけじゃないだろうな」

「そうだな……単刀直入に聞こう」


 だがテリオスはそれに気づかない。何せ彼の頭の中は。




「教えてくれないかな……人様からの嫌われ方ってやつを、さ」




 自分のことで精一杯なのだから。

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