第37話 闇の皇子は英雄に挑む

 今は遠い記憶の中に、寒さに震える少年がいた。


 対して眼前に待ち構えるのは、剣を携えた青年の像で。


「行こうか、英雄隼人


 だけどいつかの面影が、そこに重なるから。


「久々に遊んでやるよ」


 テリオスは行く。


 あの日と何ひとつ変わらない、優しい笑顔を浮かべながら。






 腰を下ろし全力で地面を蹴って、一直線に距離を詰める。

 英雄像の顔が動き、真っ直ぐと剣を振り下ろした。


 それを真正面から受け止める。重い。英雄と謳われるだけあり、その力は本物だ。


 得意の馬鹿力でテリオスが弾き返すと、隙かさず脇腹を斬り付けた。


「ひとつ!」


 英雄像の体がグラつく。その一瞬を見逃さず、追撃の袈裟斬りを食らわせる。


「もうひとつ!」


 しかし浅く、すぐさま英雄像の反撃が始まる。

 剣先が弧を描きながら、テリオスの首筋を真っ直ぐ狙う。


 すんでのところで躱せば、前髪が数本宙を舞った。


 引くか、進むか。


 迫られた二択の答えが剣に乗せられ、英雄像の頭を狙った。


 剣と剣が重なると、鍔迫り合いが始まった。自然と笑みを零したテリオスが、腹をめがけて強烈な蹴りを御見舞する。


「おまけだっ!」


 だが迂闊にも足を掴まれ、天井へと放り投げられる。


「見切られてたか……だがっ!」


 テリオスは天井にぶつかる前に体勢を立て直し、窮地を好機へと変える。


「折角体が温まったんだ……まだ終わるんじゃねぇぞ!」


 二本の足で天井を捉え、強く強く蹴り出す。重力をも味方につけ、最大威力の斬撃を放った。



 




 戦いを見守るフィオナ。戦いの余波が突風となり、彼女を襲った。


「凄まじい、ですね」


 エヴァンですら引き出せない、テリオス=エル=ヴァルトフェルドの本気の戦い。どちらかが動くたびに、衝撃が生徒たちに浴びせられる。


「デタラメじゃのぉ! アレと一騎打ちなど正気ではないぞ」


 二振りの剣が撃ち合えば、衝撃が再び襲う。


「学園長、それはどっちのことでしょうか!?」


 問いかけに言葉を詰まらせる学園長。

 繰り広げられる戦いに、千年前の光景を重ねてしまう。けれど違うところが、たったひとつだけ存在した。


 あの剣を振るうことを良しとしなかった英雄が。


「……どっちもじゃ!」


 笑っていたような、気がした。







 テリオスが斬撃を放つ。

 先程の動きを覚えられたのか、英雄像から蹴りのお返しが飛んできた。


 今度はテリオスが足を掴み、投げ飛ばす番だった。英雄像を地面に叩きつけ、喉元をめがけて剣を突き刺す。


「あったよなぁ、ゲームでボコボコにしたら……お前が蹴ってきたことが!」


 冷たい雨が降る中で、ゲームで遊んだ夜を覚えている。

 当初隼人は、何に対しても反応が薄かった。だからムキになって蹴りを入れられた時、彼の表情は自然と綻んでいた。

 

 何も言わぬ英雄像は、テリオスの剣を払った。

 そんなことは忘れたとでも、照れ隠しをするかのように。


 危機を察知したテリオスは、後ろへと飛び下がる。砕けた瓦礫を拾い上げると、真っ直ぐと放り投げた。


「打ってみろよ、隼人!」


 冬の寒さが薄れた頃に、街灯の下でキャッチボールをした日を覚えている。玩具のバットより細い腕で、白球を打ち返すまで付き合った時間を。


 英雄像は瓦礫を殴り飛ばして答える。そのまま勢いに任せ、テリオスに突進する。


 じゃれるような剣筋がテリオスを襲う。解きほぐすかのように、ひとつひとつを打ち返す。


 何もかもを覚えていた。


 分け合ったスープの味を、ストーブの暖かさを、雪夜に消えた街の音を。


 そんな永遠にも似た戦いの幕が今、下ろされようとしていた。


「少しは立派になったようだな……けど!」


 先に限界を迎えていたのは英雄像だった。

 酷使された右肘の関節に小さな亀裂が入り始める。


 その隙をテリオスは見逃さない。


「これで」


 放った剣が真横一文字を描き、英雄像の右腕を砕いた。

 剣を構え直し連撃を放つ。英雄像は為すすべもなく、バラバラに切り刻まれていく。


 英雄像の胸が開き、核となっていた宝石が露出する。

 躊躇せず、迷いもせず。


 全身全霊をかけて、真っ直ぐと剣を伸ばす。


「終わりだ……っ!」


 剣先が核に触れると、英雄像は自らの身体を瓦解させる。

 役目を終えたと言うかのように、零れ落ちた体が次々と風に溶けていった。


 消え入る英雄を前にして、テリオスは思い出す。


「……ろくでもない人生前世だったけどさ」


 こんな風に、全力で遊んだ日々を。


 こんな風に、ふたりで笑った毎日を。


 だからあんな惨めな人生でも。




「お前と過ごした時間は……結構楽しかったよ」




 無駄じゃなかったと、胸を張れた。



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