第43話 英雄の道標
テリオスが瞼を上げれば、邪竜の姿は消えていた。
代わりに横たわるのは、ダーレスと、ツバキと、それから連合の生徒たちだった。
「大丈夫か、ダー君!」
だからテリオスは一目散に、ダーレスに駆け寄った。
魔法の効果のせいだろうか、悪夢にうなされるダーレス。それでも生きている姿を見て、思わず胸を撫で下ろした。
それから、転がった『英雄の道標』が目に入る。
流石にこのままじゃいけないなと、恐る恐る拾い上げた。
「あ、柄が」
しかし千年という時を経たせいか、それとも今の戦いにあてられたせいか。剣の柄に巻かれた皮が解け、ゆっくりと地面に落ちた。
そこには、文字が刻まれていた。古代文字だとか呪文だとか、そういう類のものじゃなくて。
「ったく」
きっとテリオスだけが読める、懐かしい故郷の言葉でこう書かれていた。
――僕の英雄、友介の背中を道標にして。
「……さんを付けろって言ってるだろ」
それはミザールの剣がそう呼ばれた、理由のすべてだった。
「ツバキさん、大丈夫ですか!」
倒れたツバキの周りには、他の生徒たちが駆け寄っていた。エヴァンが優しく抱き上げると、彼女は静かに瞳を開いた。
「あ、みんな……」
視界に映る顔ぶれに、ツバキは悟った。
自分の立てた荒唐無稽な計画は、無惨にも打ち砕かれたことと。
無事な彼らの姿を見て、安心する自分がいることに。
「……ごめん」
だから彼女が言葉にしたのは、心からの謝罪だった。
そんな彼らに、歩み寄る小さな影がひとつ。
「あーオッホン。して、ツバキの処遇じゃがな……」
学園長が辺りを見回し、どうするべきかと悩み始める。
「どんな罰でも受ける覚悟はあるよ。これだけ派手にやらかしたんだ……ただで済むとは思っていない」
ツバキは覚悟が出来ていた。それだけのことをしたんだ、首を差し出したっていいと。
「ふぅむ」
学園長はまだ答えを出せずにいた。
もしあの邪竜が外に出たなら、この程度では済まなかっただろう。しかしツバキを処分するには、理由も公表しなければならない。
だがここでの出来事を公表するのは、ツバキの処遇ごときで釣り合うものではなかった。
「あれ学園長」
そこに天の、いやテリオスの声が届いた。
「ここで起きたことって……全部他言無用じゃないんですか?」
学園長はもっと悩んだ。
けれど『何もなかった』で済ませることが、もっとも穏便だと気づいたので。
「あー……そうじゃったな!」
学園長が投げやり気味に叫んだ。
「なんだい大将、情けをかけてくれるのかい?」
目を丸くしたツバキが、テリオスに尋ねる。
「なぁツバキ……お前の望みはともかくとしてさ、連合としては、英雄の道標が一国の手に渡るのを避けたかったんだろ?」
彼は決して情けをかけた訳ではなかった。『自分のため』と呼ぶべき理由が、彼にはあった。
「本当、全部お見通しだね」
「だったら安心してくれ」
それは――。
「英雄の道標は……あと6個もあるからな!」
ツバキにも最強武器を持たせたいという、ひどく個人的な理由だった。
「えっ」
「なっ、お主どこでそれを」
驚くツバキに、うろたえる学園長。だが語り出したテリオスはもう止まらない。
「いやーそれにここって地下25階まであってさ、下に行くほどどんどん敵も強くなって。そこで地下10階で手に入る『フェクダの弓』を使ってくれれば一気に楽になるっていうか……ま、そういうわけで」
ストーリー中で手に入る英雄の道標はミザールの剣だけである。
だがクリア後のやりこみ要素でもっと手に入ってしまうのだ。さらにこのやりこみ要素である地下ダンジョンは、『本編はチュートリアル』とか『カンストしてから本番』とかいう鬼畜仕様だ。
「これからもよろしくな、ツバキ」
満面の笑みでテリオスは右手を差し出す。
ツバキは一瞬戸惑ったものの、その手を握り返した。
「……あいよ」
それからテリオスは気付く、まだ自分がミザールの剣を握っていたことに。
「で、フィオナ」
「はい!」
そして剣をフィオナに押し付けた。
やっぱり彼女が持つべきだと思ったし、何より自分が持つには重すぎるような気がしたから。
「やっぱりこれは……フィオナが使ってくれ。どうせ似たようなのが6個もあるんだ、最初のひとつがフィオナってだけさ」
「けれど、やっぱり伝説の英雄を継ぐのに相応しいのは……」
渋るフィオナに、テリオスは笑いかける。
「だったら……なればいいじゃないか。この剣に相応しい、世界を救う
「なれるでしょうか、私に」
「なれるさ、絶対に」
背中を押された彼女はようやく、伝説の剣を受け取った。
「……はい!」
それは、いつかどこかで語られる。
新しい、英雄譚の幕開けだった。
◆
遠い昔、ナヴィ=ガトレアは泣いていた。
立派な青年へと成長した、英雄に抱きつきながら。
「いやじゃいやじゃ、ワシだって主殿と冒険に行きたいのじゃ!」
「ごめんね、ナヴィ……けれどこの役目はきっと、精霊である君にしか頼めないから」
ナヴィの頭を彼は撫でる。
英雄は大陸を邪竜から開放した。しかし、心残りがあった。
「だいたい学園なんか作って何になる! 次代の英雄を探すだと!? バカバカしい……英雄にふさわしいのは、今にも先にも主殿だけじゃ!」
「けれど、君だってわかっているはずだ。僕達は所詮、あの邪竜たちを封印したに過ぎない」
彼とその仲間たちは、邪竜を完全に倒すことはできなかった。
大陸各地に封印することだけが、彼らの力の限界だった。
「だからこそ次代の英雄を見つけ出し、僕らの武器を託し……今度こそ奴らを滅ぼさなければならないんだ」
だから、見つける必要があった。
自分達に代わり邪竜を滅ぼしてくれる、新しい英雄を。
そのために学園を作った。番人であり選定人である、ナヴィ=ガトレアを代表として。
「けれど、英雄なんてそう簡単には見つからんじゃろ」
「いるさ、英雄は」
ナヴィの言葉に、隼人は静かに首を降る。
「僕みたいな偽物じゃない、本物の
隼人は青空を見上げた。
この空はもうあの世界とは、繋がっていないけれど。
交わした約束はまだ、果たされていないから。
「だよね、友介」
信じていた。
いつかこの世界にも、彼が笑ってやって来ると。
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