第44話 闇の皇子に心残りはない

 地下ダンジョンでの戦いを終えた次の日、テリオスは予定通り学園長室へと呼び出されていた。


 ちなみに突然地下への大穴ができるという大事件は、多くの生徒たちが目撃することとなった。しかし学園長が『テリオスがその、なんかやった』と説明したところ、全員すんなり納得してしまったのである。


「で、結局あの邪竜って何だったんですか?」


 テリオスは気になっていたことを尋ねた。学園長は自分で沸かした紅茶をすすりながら、ゆっくりと語り始めた。


「それを説明するためには、そうじゃのう……魔法の本質について語る必要があるな」

「本質、ですか?」

「そうじゃ。魔法というのはそもそも、『ここではないどこか』から『ここにはないなにか』を持ってくることなのじゃ。魔力はそのためのエネルギー、というわけじゃな」


 そう言いながら、いくつか小さな魔法を見せる学園長。火、風、土、氷。彼女の周りをぐるぐると回るそれは、確かに先程まで存在しない『何か』であった。


「ま、魔力を金とすれば……店から何かを買うのと変わらんがのう。しかし問題となるのは、商品を指定する方法じゃ」

「商品の指定」


 急に俗っぽくなったなと思いつつ、テリオスは続きを待つ。


「そうじゃ。注文書がまともでなければ、何も手に入ることはない。ゆえに魔力が暴走したというだけでは、何も呼び出されることはないのじゃが……」


 紅茶で喉を湿らせてから、学園長が再び語る。


「暴走したダーレスの氷の魔力に、ミザールの剣そのものに刻まれた氷竜コキュートスの記憶。それらが合わさり、呼び出してしまったのじゃろう……ま、中途半端な形じゃったので本物ではなかったがのう」

「なるほどねぇ」


 納得しながらも、テリオスは別のことを考えていた。


「学園長、もし俺に資格がなくて、ミザールの剣を握ったとしたら……どうなるんですかね?」


 その疑問に学園長は思わず顔をしかめさせる。


「恐ろしいことを聞くでない、お主の魔力はこのワシでも推し量れぬぐらい膨大じゃ……そんなことになれば」

「なれば?」

「邪竜ですら裸足で逃げ出す、が……やって来るに決まっておるわ」


 答えに納得したテリオス。

 確かに色々変えたもんな俺、などと能天気に自嘲しながら。


「してテリオスよ、お主に言いたいことがある。もうあれじゃ、この際お主が何者だとか、面倒じゃから聞かないでおくとして」


 今度は学園長の番だった。

 テリオスに詰め寄り、その能天気な表情をじっと見つめて。


「お主らは『英雄の試練』を突破した、つまり英雄たちの『心残り』を片付ける義務がある」


 彼女は告げる、次代の英雄が為すべきことを。


「邪竜退治、ですか」


 テリオスがそう呟けば、静かに頷いた。


「そうじゃ。流石に物分りがよいの」

「……続編がでたらそういう話だろうなってのは、ネットでよく言われてたので」

「ネット?」

「いえなんでもないです」


 口を滑らせたテリオスは必死に首を横に振った。

 出されていた紅茶を急いで飲み干し、立ち上がるテリオス。


 ドアノブに手をかけてから、彼自身の『心残り』について尋ねた。


「学園長。隼人……伝説の英雄って、最期はどうなったんですか?」


 彼にとって確かなことがある。それはあの少年は、もうこの世を去ったということだった。

 だから願う。

 せめてその最期が、幸せなものであったように、と。


「そうじゃのぅ」


 なお現実は。


「美人の嫁を四人も娶り、人目も憚らずイチャイチャイチャイチャ……そのおかげで子供は二十人もいて、その孫も百を越えてから数は知らん。して齢九十にして大往生じゃ。わけわからんぐらいの数の家族に囲まれてな、穏やかな一生を終えたぞ」


 余計なお世話だった模様。


「今でも思っておるわ、ワシを学園に縛り付けたのは嫁とイチャコラするためじゃったと」

「そうですか……それを聞いて安心しました」


 愚痴る学園長、笑うテリオス。だから学園長は目の前の人間に仕返しがしたくなった。


「あーちなみに……よく主殿が口にしていた、『友介』という人物じゃがな」

「えっ!?」


 学園長はうっすらとテリオスの正体に気付いていた。

 隼人と同じ世界の知識をもつことは、先のテストで確認済みだ。そして隼人の知り合い、ともなれば答えはひとつ。


 何せ隼人が口にしていた、前の世界での人物なんて……たったひとりしかいないのだから。


「隼人の嫁たちに恨まれまくっておってのう」

「な、なんで……!?」

「当然じゃな。抱かれた後に延々と『友介』との思い出を語られるのじゃからな……ワシのところに相談に来たのはひとりやふたりではないぞ」


 在りし日の思い出が目に浮かぶ学園長。


 ――助けて下さいナヴィ様、あの人ったら『友介』の話しかしないんです……! うん、忘れようかこれ。


「そ、そうなんですか……」

「して次なる英雄の道標を守るゴーレムは彼の仲間、もとい嫁達でのう。いやぁ『友介』を目の前にすればどうなるか、ワシにもわからんのーっ」


 苦い顔をするテリオス。彼は気付いていなかったのだ、結局この世界を救ったのは――記念すべきテリオス<<友介>>の信者第一号だったということに。


「して英雄隼人の中の英雄友介。お主は世界に何を望む?」


 うなだれながら扉を開けるテリオスに、学園長が尋ねる。


 けれど、その答えは。


「やだなぁ学園長……そんなの決まってるじゃないですか」


 この世界に来たときから、何ひとつ変わっていなかった。




 扉を開けた先に待っていたのは、選抜クラスの仲間たちだった。


 早速フィオナが駆け寄ってきて、子犬みたいな笑顔を浮かべる。


「テリオス様、お話は終わりましたか? よろしければ今日も稽古を」


 負けじとエリーゼが割って来る。

 彼女もまだテリオスとの婚約を諦めたわけではない。


「あっわたくしも! わたくしもお願いしたいですわ!」

「あーはいはい、ふたりまとめて見てやるよ」


 どうせ自習だろうと安請け合いしたテリオスだったが、それを見逃さない男がいた。


「稽古もよろしいですが、また予定が溜まっているのをお忘れなく」

「またかよ……いつになったら俺の自由時間は生まれるのやら」


 エヴァンの指摘に肩を竦める。

 さらに割って入るのは、もうひとりの仲間だった。


「じゃあ、さ……折角だしアタシも鍛えてもらっていいかな?」

「ツバキ」


 結局ツバキの進退は、彼女自身の手に委ねられた。そして下した結論は、このまま学園に残ることであった。


「本国からは色々言われるだろうけどさ……あんたの力になれるよう、もう少し頑張ってみるよ」

「ああ、頼りにしてるぞ」


 テリオスが拳を突き出せば、ツバキもそれに合わせてくれる。




 してそんな選抜クラスの面々を、物陰から隠れて眺める男がひとり。


 テリオスと目が合えば、彼は大股でこっちにやってきた。


「おいテリオス!」


 ダーレス=イザールは怒鳴りながら、テリオスの胸ぐらを掴んだ。


「……オレは絶対、お前に礼なんて言わねぇからな!」


 もっとも口にした言葉は、ほとんどお礼と変わらなかったが。


「気にするなよ……親友だろ?」

「ちげぇよ!?」





「自分のために生きる、か……相変わらずのやつじゃな」


 テリオスの答えを反芻しながら、学園は紅茶を飲み干す。


「じゃがその願いを叶えられるのは、真に強きものだけじゃ……それこそ主殿を超えるぐらいのな」


 学園は窓の外を見下ろした。そこにはダーレスを追いかけるテリオス、を追いかける選抜クラスの姿があった。


「待ってよぉ、ダー君!」

「なんなんだよ、その呼び方はよぉ!?」





「……あやつ、本当にわかっておるのか?」








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闇の王子に転生したので、せっかくだから悪逆非道の限りを尽く……え、俺が英雄に? ああああ/茂樹 修 @_aaaa

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