第35話 闇の皇子は孤独じゃない
闇帝王の領域。
作中におけるテリオスが最強と呼ばれた所以である。
彼に近づこうものなら、問答無用で全能力を下げられる。さらに付与される『恐慌』は、確率で行動を失敗させるという極悪な状態異常だ。
ただしこれは……あくまで『ゲーム』での話である。
現実となって襲いかかるそれは、悪夢と呼ぶべき代物だった。
◆
押しつぶされるような不安と、身を裂くような焦燥感がフィオナを襲った。
暗闇の中では、歩き方すら忘れてしまいそうになる。
それでも彼女は一歩前へと踏み出そうとした。
しかし掴まれたように足取りは重く、呼吸さえも苦痛に変わる。
苦しさから逃れたくて、今すぐ喉を搔き切りたくなる。
怖い。
故郷が野盗に襲われときに味わった恐怖など、今この瞬間の比ではない。
この闇が恐ろしい。
おぼろげな視界の中で、敬愛する人の背中が見える。
けれどその姿はもう、夢物語に出てくるような王子様には見えなくて。
知らなかった、知ろうともしなかった。
彼女にとってテリオスは、正真正銘の英雄だったから。
きっとどんな困難だって、笑って乗り越えられるのだろうと。
違った。
いつも笑って、たまに文句を言いながら。
こんな大きすぎる力を、ひとりで抱え続けて――。
「……フィオナ!」
◆
その場に這いつくばるフィオナに、テリオスは駆け寄った。
「大丈夫かフィオナ!?」
「あ、テリオス様……」
顔は青く、息が荒い。震える背中を擦りながら、テリオスは謝罪の言葉を口にする。
「悪かった、もっと慎重になるべきだった」
だがフィオナは首を横に振った。彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。
「違うんです……私、悔しいんです。許せないんです」
テリオスは無言で優しく寄り添った。
「私自身が、です。テリオス様は、ずっと完璧な人だと思っていました……けれど違った、あんな暗闇を抱えるあなたは、誰よりも孤独な人だったから」
彼女は見た、テリオス=エル=ヴァルトフェルドがその身に宿した闇の力を。
「寂しいじゃないですか。誰も寄せ付けられないぐらい、強い力なんてものは」
あまりに大きく、あまりに重く。
その力を振るおうものなら、誰も隣に立てはしない。
フィオナはそれが悔やしかった。
気づけなかった自分が、ここで這いつくばることしかできない自分が。
「だから」
震える体で、必死に体を起き上がらせる。
それが彼に忠誠を誓った、自分の為すべきことだと信じて。
「私……戦います! あなたの代わりなんかじゃない、あなたを助けるためだけに」
しかしフィオナの足は、まだ癒えてはいなかった。
「けど怪我人を歩かせるわけには……あ、そうか」
そこでテリオスは思い付く。
怪我した彼女を抱えながら、この迷宮を駆け抜ける方法を。
単純明快な答えだった――自分がフィオナを抱えればいい。
「きゃっ!?」
突然のことに驚くフィオナ。
まさかこんなところで、お姫様抱っこをされるなんて夢にも思っていなかったのだから。
「これなら魔法は使えるだろ? ちょっと気恥ずかしいけどな」
「……そう、ですね」
恥ずかしさに染まった頬を、フィオナが数回叩く。
照れている場合なんかじゃないと、十二分にわかっていたから。
また気を張り始めた彼女に、テリオスは笑いかける。
なにせ彼女の言葉には決定的な間違いがあったから。
「それと、さ。俺はそんなに孤独じゃないよ。そりゃあ周りからは勘違いされがちだけど……今の俺には、みんながいるから」
――彼は思う。
本物の『テリオス=エル=ヴァルトフェルド』は孤独だったのだろうと。誰にも理解されない力を抱え、その地位さえ奪われて。唯一の相棒の命を奪われ、自身の闇に飲み込まれた。
だけど、自分は違うと断言できる。
腕の中にある確かな暖かさが、それを証明してくれた。
「一緒に戦ってくれるか?」
「……はいっ!」
フィオナを抱えたまま三層のゴールへとたどり着いたテリオス。ふたりを待っていたのは、既にここのボスを倒し終えたエヴァンたちであった。
「殿下、フィオナ嬢。ご無事で何よ」
「いやぁーーーーーっ! フィオナさんがテリオス殿下にお姫様だっこされてますわーーーーー!?」
エヴァンの言葉をエリーゼの悲鳴が遮った。
「はやく、はやく降りなさい!」
「悪い、フィオナが足挫いて」
すぐさまエリーゼは杖を構え、フィオナの挫いた足に触れた。
「はい! ヒーーーーーーーーーール! ほら降りなさいフィオナさん、早く早く!」
「あ、ありがとうございます!」
促されるまま降りたフィオナが、その場で足の感触を確かめる。
その様子を見ていた学園長が、居心地悪そうに歩いてきた。
「その、テリオスよ……すまなかったのう、安易に魔法を使わせるようなことをして」
謝罪よりも、上階に影響があったことに驚くテリオス。
「半径って……そっち側にも判定あるのか。屋内で使ったことは無かったからな……みんなは無事だったか?」
尋ねながらも全員の様子を確かめる。
「幸いエリーゼ様が愉快な悪夢を見た程度で済みましたけどね」
「いいえ、あれ以上の悪夢はありませんわ!」
ふたりのやり取りを見て、こっちは大丈夫だろうと確信する。それだけに気がかりなのは、暗い顔をしたツバキだ。
「ツバキは大丈夫だったか?」
「……そう、だね。何にもなかったよ」
嘘だと全員が気づいた。だが本人が口をつぐんだ以上、聞くべきではないと判断する。
それは学園長も同じだったのか、わざとらしく手を叩いて強引に話を進めた。
「さぁてお主ら、前哨戦はこれで終いじゃ! テリオスとエヴァンは、これから全力を出すように!」
「全力、ねぇ」
「ハッ、その舐めた態度もこの扉をくぐる前までじゃ」
テリオスの態度を鼻で笑いながら、最後の扉に魔力を通す学園長。
「『武の試練』。その最後を締めくくるのは、ご存知我らが英雄様……のゴーレムじゃ」
それを聞いて、どこか安堵するテリオス。この先に待ち構えるのが、ゲームと変わらないと知ったからだ。
「だが侮るでないぞ、その力は本物じゃ。さぁ若人よ……世界を救った伝説に」
作中では伝説の英雄の顔も名前も明かされなかったことを、彼はすっかり忘れていた。
だから、夢にも思わなかった。
「『武』を示してみよ」
開かれた扉の先で、彼を待っていた男の像に。
「は?」
まだ自分が、菱川友介だった頃に出会った。
「隼人、なのか……?」
ひとりの少年の面影を、垣間見ることになるなんて。
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