第33話 闇の皇子は物理が使えない

 編成を組み直し、二層を進んでいく一行。

 一見に順調だが、問題がひとつ発生していた。


「やぁーーーーーっ!」


 フィオナが掛け声とともに、人型ゴーレムの核を剣で貫く。


「おぉー……」


 テリオスは一ヶ月前とは見違えるような手際に、思わず感嘆の声を上げる。

 それが嬉しかったのか、彼女は満面の笑みで振り返った。


「さぁテリオス様! たとえどんな敵が来ようとも……このフィオナが! 剣の錆にしてみせます! なにせテリオス様の代役を仰せつかったのですから!」


 気合の入りまくっているフィオナ。それこそが直面している問題であった。


「けどフィオナさん、あんまり前に出過ぎないでもらえません!? 合わせるわたくしたちの身にもなってくださらないと」

「まぁまぁエリーゼ、そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃない? 実際順調だしさ」


 エリーゼとツバキが各々の意見を漏らす。

 しかし当の本人には届かず、意気揚々と前へ進む。


 ――それがいけなかった。


「次、お次はなんですか!? 人型ですか、それとも獣型!? 私がテリオス様の代わりに」


 踏み出した足が石畳を少し沈める。同時に迷宮に響いたのは、カチッという機械の音だった。 


「……カチッ?」


 フィオナは恐る恐る足元へと視線を向ける。瞬間、足元が大きく開いた。


 それが落とし穴の罠だと気づいたのはテリオスだけだった。


「フィオナ!」


 迷わず彼女へ飛びつく。

 フィオナの手を空中で握りしめると、その体を抱き寄せる。


 だからふたりは為すすべもなく、下の階層へと落ちてしまった。





 落ちた先でぶつけた尻をさするテリオス。


 学園長の声が響いたので、声を張り上げ返事をする。


「おーい、大丈夫かお主らーっ!」

「ええ、なんとか!」


 次に彼が確認したのは、一緒に落ちたフィオナの状態だった。


「怪我はないか?」

「はい! 大丈夫で」


 笑顔を返そうとするも、その顔が苦痛で歪む。落下の衝撃で足をぶつけてしまったようだ。


「足挫いたのか……待ってろ、今手当するからな」

「はい……」


 気落ちしたフィオナの靴と靴下を脱がせ、手持ちのもので応急処置を始める。

 テリオスは考える、これから先どうするべきかと。


 ひとつ、何とか上まで戻って仲間と合流する。

 例えばツバキに土魔法を使わせ、階段を作らせる。だがどんな手段にせよ、上にいる仲間の負担になるのは避けられない。


 もうひとつ、このまま三層を進んでしまうことだ。

 幸いテリオスは迷宮の構造を熟知している。現在地も把握しているし、敵の少ない道順も知っている。


 だが敵との戦闘は決して避けられないだろう。


 だからテリオスの下した決断は。


「学園長ー! このまま進みたいんですけど、物理解禁しても良いですよねー!?」


 さっさとゴールに辿り着く。そのための許可を取ろうとしたが。


「……ならんっ、そのまま進むのじゃ! よいかっ、物理攻撃使えば牢屋行きじゃぞ!」


 学園長は首を縦に振らなかった。なので思わず舌打ちと文句が口をつく。


「器ちっちぇなぁ」

「なんか言ったかのー!?」


 返事を待たず、テリオスはフィオナの足に回復薬の染み込ませたハンカチを巻きつける。

 その光景がエリーゼの気に触ったらしく、豪雨のように言葉が降ってきた。


「フィオナさん! テリオス殿下とふたりっきりだからってやましいことをしないように、いいですわね!? というかあなた、怪我したからって近、近くありませんか!? こうなったらこのわたくしも飛び降り……痛っ、ツバキさん耳を引っ張らないでもらえますか!?」

「大将、こっちは気にすんなー!」

 

 心強いツバキの言葉を最後に、上からは何も聞こえなくなった。


「ま、近いのは俺たちの方だ……ゆっくり行こうぜ」


 フィオナを励ましてみるものの、彼女の顔は曇ったままだ。


「……ごめんなさい、テリオス様。ご迷惑をおかけして」


 ハンカチを握りしめると、テリオスは自然と笑みが溢していた。


「あるよなぁ、思い通りにならないことって」


 彼にはフィオナの気持ちが理解できた。


 自分が役に立てることが嬉しかったのだろう。だから張り切って、空回りして、最後は周りに迷惑をかけて。 


「きっと人生なんて、そんなもんだよな」

「テリオス様が、ですか?」

「ほとんど毎日だよ……これでよしっと」


 フィオナにしてみれば、彼以上に完璧な人間は存在しない。

 だから自分に共感する姿が、不思議でたまらなかった。


 そんなことには気づかずに、テリオスは立ち上がりあたりを見回す。


「さて、どうすっかな……牢屋入り覚悟で敵を殴って」

「そうしたら私は、今以上に私を許せなくなりそうです」

「……となると魔法かぁ」


 物理が駄目なら魔法を使えばいい……なのだが、それはそれで問題がある。


「エヴァンさんから聞きました……テリオス様の魔法はあまりに強力だと」


 テリオスの闇魔法は強力過ぎる。

 だが彼女の知っている情報は正確性に欠けていた。


「三つのうちのひとつはそうだな……流石にここで使ったら、迷宮ごと消し飛ぶだろうさ」


 テリオスが使える闇魔法は全部で三つ。

 脅し用の見た目だけの魔法に、高威力の破壊魔法。


 そして最後のひとつこそが。


「だから残りを……試してみるか?」


 テリオス=エル=ヴァルトフェルドを『ラスボスより強い』と言わしめたものだった。



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