第32話 闇の王子は最短距離しか走れない
開け放たれた扉の前で、学園長は説明を始めた。
「この扉の先には3階層に分かれた迷宮がある。罠あり敵あり行き止まりあり、おまけに訓練用の結界はなし……文字通り選ばれしものだけが挑める試練じゃ。そしてその先の大広間では、とある『ボス』が待ち構えておる。それを倒せば……見事『武の試練』クリアじゃ」
「『ボス』ねぇ」
含みのある単語を反芻するテリオス。これから先出会うボスには、ゲームの頃に散々苦しめられたせいである。
そんな主の心配をよそに、エヴァンは大きく手を叩いた。
「さて、ではどのように挑みましょうか。やはり前衛は殿下と私、中衛にフィオナ嬢、後衛にエリーゼ様とツバキ様、というのが定石ですが」
「そ、それではフィオナさんがわたくしよりテリオス殿下と近くなるではありませんか!」
「ではエリーゼさんを前衛に……」
「それはそれで困りますわ!」
「何でもいいよーアタシは」
しかし編成について決めようとするも、中々話は纏まらない。その様子を見ていたテリオスが自分の頬を軽く叩いた。
――切り替えろ、テリオス。確かにツバキの動向は心配だが、道中でやらかすわけじゃない。それよりも重要なのは、ここの『ボス』を万全の状態で倒すことだ。
そのための最善の方法は……。
「あーそれなんだけど、さ。とりあえず……一層目は俺が攻略しても良い?」
遠慮がちに提案すれば、一同は素直に頷く。この時ばかりは学園長も何も言おうとはしなかった。
慢心していたのだ。
あの優秀であったグラスとラジーの世代でさえ、二層の途中で断念した。難攻不落の地下迷宮を、たったひとりで攻略できるわけがない。
なんて、あり得ないことを。
だがテリオスは違う。
「よし……やるか!」
迷宮の構造を覚えていた。
どこに曲がり角があり、どこが宝箱への道であり、どこが正解の道であり……どこに罠が設置されているかを。
ので、最短距離でゴールへと向かう。
「そぉい!」
出現する敵を知っていた。
ここに現れるのは、学園長手製のゴーレムだけである。矢に弱い鳥型、打撃に弱い犬型、斬撃に弱い人型、魔法に弱い獅。
が、正直殴って済むので全部殴り飛ばした
「そぉい!」
あとRTAもよく見ていた。
ひとつのゲームを遊び尽くす、狂人たちの研究結果をすべてその目に焼き付けていた。
ので、ちょっとバグっぽい壁の隙間も躊躇なく進んだ。
「そぉいそぉいそぉいそぉい!」
最短距離で走り続ける。
罠を解除しつつ、現れた敵を吹き飛ばしつつ、宝箱を全部開けつつ。
「そぉいそぉいそぉいそぉいそぉいそぉいそぉいそぉい……」
そしてたどり着いたのは、一層を守る巨大なゴーレムのいる広間だった。
が、パンチ一発で十分だった。
「おまけにそぉい!」
ゴーレムが粉々に砕け散れば、二層へと続く階段が姿を現す。だからついテリオスは、ガッツポーズをして叫んでしまった。
「ゴーーーーーーーーーール!」
遅れて後ろを振り返れば、汗一つかいていない同級生たちの姿があった。
「よし、余裕だな!」
確信するテリオス。もはやこの試練は……取るに足らない存在だと。
「アホーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
というわけで学園長に全力で尻を蹴り上げられてしまった。
「痛っ! 学園長何するんですか!?」
顔を真っ赤にしながら鼻息を荒くする学園長。
「何するんですか、じゃと!? お主はそこなゴーレムを一体作るのにいくらかかるか知っておるか!?」
「流石にそこまでは」
金銭感覚に疎いテリオスは粉々になったゴーレムを薄目で眺める。
「お主らの年間の学費と同額じゃ!」
「なぁエヴァン、それって高いのか?」
「そうですね……平民の帝国臣民が半年働いてやっと手にするぐらいの額かと」
「ああ、だからうちの学園ってお金ないんだ……」
財務担当の答えを聞いて、色々と腑に落ちるテリオス。
「禁止じゃ禁止! テリオスはズルいから禁止じゃ!」
学園長は腕を組み、子供みたいなルールを増やす。
なので手についた汚れを払いながら、次の作戦を提案した。
「仕方ねぇなぁ……じゃあエヴァン、残り頼むわ。ボスまで戦力は温存したいからな」
「かしこまりました」
「いやエヴァンも似たようなものじゃから禁止じゃ!」
またもや却下されたので、流石に文句をつける。
「あの学園長……これって俺たちの試練でしたよね。それじゃあ俺たちは免除ってことですか?」
「それは、その」
言葉を詰まらせる学園長。そのままうんうんと頭を捻り、しばらくして出した答えは。
「あ、お主らは物理攻撃禁止じゃ! これならいけるじゃろ!」
だがその新しいルールは、エヴァンに顔をしかめさせるものだった。
「学園長……それは殿下に闇魔法を使わせる、という意味ですか?」
「そうじゃが!?」
投げやりな返事のせいで、今度はエヴァンがため息をつく番だった。だがすぐに切り替えて、作戦を変更する。
「……フィオナ嬢、私と前衛をお願いします。エリーゼ様は中衛に、ツバキ様は後ろを警戒しつつ援護をお願いします」
新たな編成を提案すると、三人は静かに頷く。
「で、俺は?」
念のため聞き返したテリオスだったが、エヴァンはいつもの笑顔を浮かべる。
「それはもちろん……後ろで休んでいてください」
どうせ無理だろうなと、いつも通りのことを思いながら。
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