第31話 闇の皇子は心配しかない

 今からおよそ千年前、カリスト大陸は『死の大地』と呼ばれていた。


 凶暴な邪竜が住まうこの大陸では、人類など取るに足らない存在だった。


 ある時は餌であり、またある時は奴隷であり。

 次第に人々は生きる気力を失い、精霊への祈りを忘れ。


 死を待つだけの、生ける亡者に成り果てていた。




 そんなある時、一人の少年がどこからともなく現れた。




 彼に特別な力はなかった。ひ弱で、痩せて、知識もない。


 少年に常人とは違うところがあるとすれば。


「我が名は精霊王ナヴィ=ガトレア。暗黒の世を照らす、天に煌く導きの星である。さぁ、英雄を目指す少年よ……汝の名を我に示せ」


 彼は精霊王ナヴィ=ガトレアの最初で最後の主であり。


「ハヤト……篠宮隼人だ」


 どこにでもいるような、普通のであった。











 朝、教室の机に伏しながらため息をつくテリオス。


「ハァー……」

「おや殿下、随分と気乗りしない様子ですね。本日は『武の試練』に挑むというのに」


 傍らに立つエヴァンが声をかけた。


「その試練が気乗りしないんだよ」

「『武』というぐらいですから、殿下の得意分野かとは存じますが」


 武の試練の内容を、テリオスはもちろん知っていた。


 ミザールの剣が眠る学園の地下迷宮へと潜り、待ち構えるボスを倒す……いわばダンジョン攻略のようなものだ。今の自分の力であれば、余裕で攻略出来る。


「それはまぁそうなんだけどさぁ……別の理由がなぁ」


 だから彼の心配事はそこではない。


 もっと人生の根幹に関わる理由があったので、つい視線を送ってしまう。


「ん? 何さ大将、腹でも下したの?」


 視線に気づいたツバキが笑顔で答える。そのせいで余計に心配になる。




 ――ツバキ、ゲームだとこのタイミングで裏切るんだよなぁ。




 ゲームにおいて英雄の試練に挑むのは、主人公が選んだ陣営に限られている。

 ではなぜ決して選ばれない『テリオス=エル=ヴァルトフェルド』がミザールの剣の前まで到達できるのか。


 その答えが、ツバキである。


 王国を選んだ場合、ツバキは『外』から土魔法で道を作る。そこを通ってテリオスを送り込む、というのが筋書きだ。


 連合を選んだ場合、今度は『中』から道を作る。なぜツバキが連合を裏切るのか……については、ややこしい理由と設定が存在する。


 どちらにせよ『やらかす』ツバキが、今回もやらかすんじゃないか。

 かといってそれを指摘するのは、彼女にまつわる『ややこしい理由と設定』を暴露しなければならないわけで。


 今のテリオスにできるのは、机に伏すことぐらいだった。


 本日四度目のため息をもらしたところで、学園長がやってきた。

 選抜クラスの面々を一瞥するなり、満足気に頷いた。


「よしよし、揃っとるな……さて選抜クラスの生徒たちよ、これから身に起きることはすべて他言無用じゃ。もちろん向かう場所につい」

「学園の地下迷宮だろ?」


 もったいぶった言い回しの学園長に、テリオスが先んじて答える。


「……ムキィイイイイッ!」


 だから学園長は、地団駄を踏むことしかできなかった。





 ダーレスを閉じ込めていた牢屋の奥に、魔法で隠された扉がある。

 開けられるのはナヴィ=ガトレアだけであり、通れるのは彼女に認められた優秀な生徒だけであった。


 炎に照らされた薄暗い螺旋階段を恐る恐る下る一行。


 おっかなびっくり進む女性陣。


「学園にこんな場所があったんですね……」

「く、暗いですわね……それにカビ臭いし」

「おまけにさぁ、何か寒くない?」


 とは対照的に、緊張感のない男性陣。


「殿下、昼食はどうしましょうか」

「あー、別に一回戻れば良いんじゃね?」


 ので、学園長に釘を刺される。


「改めて伝える。お主らがこれより先で身に受けることは決して口外してはならぬ……聞いておるか、テリオス!」

「あ、はーい。気をつけます」


 正直なところ頭にあるのは、ツバキの動向についてだけだった。


「よろしい、では続けるぞ。英雄の試練はすべての生徒が受けられるものではない……ワシのお眼鏡に叶った生徒だけが受けられるのじゃ」

「でもさぁ、ちょっと不公平じゃない? 特権みたいで……アタシは何か嫌かな」

「選抜クラスに入っておいて何を今更……と言いたいところじゃが、その答えはちゃんとあるぞ」


 もったいぶって一呼吸をおく学園長。だがそのせいでテリオスに言葉を取られてしまう。


「死ぬからですよね? 半端な人だと」

「……そうじゃ!」


 半ば投げやりな学園長の声が螺旋階段に響き渡る。


「ハァー……これだから人間は口が軽くて困るわい。グラスか、それともラジーか? 直近で武の試練までたどり着いたのはあのふたりだけじゃからな、テリオスは随分と仲が良さ」


 言い終わる前に学園長は気づいた。教師として働くふたりが、安易に試練について漏らすはずはないと。


「いや待て……あいつらは言わんな、絶対に。他に誰から」

「まぁまぁ、そんなことはどうでも良いじゃないですか」


 何か気づきそうな学園長を慌ててなだめようとするテリオス。だが、時既に遅し、予定がひとつ増えてしまう。


「……試練が終わり次第学園長室に来るように」


 テリオスが何度目からわからないため息をついた。

 時同じくして、階段がようやく終わる。

 一行の前にあるのは、装飾のあしらわれた大きな鉄の扉だった。


「さて、たどり着いたようじゃな」


 扉に魔力を通せば、装飾が輝き始める。少しづつ開き始めた先からは、平和な生活では感じることのない異様な空気が流れ込む。


「武の試練の……始まりじゃ」


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