第41話 闇の皇子は友を助けたい

 元の姿に戻った学園長が、叩かれた尻を何度も擦る。


「さて、お主らの気も済んだことじゃろう……」

「あんまり」

「十分の一ぐらいですかね……」


 テリオスとエヴァンが不満げに呟く。これ以上の追求は避けたかったので、急いで次へと話を進める。


「ともかぁく、お主らは見事英雄の試練をすべて突破した……ほれ、全員右手を出さんか」


 促されるまま一同は右手の甲を向ける。学園長は何やら呪文を唱えると、輝く紋章が刻まれた。


「これでお主らは『英雄の道標』を扱う資格を手にした、という訳じゃな。よいか、そう簡単に英雄の責務から逃れられると」

「これずっと光ってるのか?」

「ちゃんと普段は消えるわ! まったく緊張感のない連中じゃのぉ」


 普段通り過ぎるテリオスの発言に呆れながらも、大きな咳払いをする学園長。


「ウォッホン……選ばれし次代の英雄よ、このミザールの剣を取るが良い!」


 そして大広間の奥にあるミザールの剣を指差した。


 ――しかしここで、新たな問題が発生したことに気付いていなかった。


 剣は一本、生徒は五人。

 そう、誰がミザールの剣を使うかは決まっていなかったのだ。


「誰にする?」

「誰って、そりゃあもちろん」


 テリオスが尋ねれば、フィオナが得意げな顔で応える。

 ふたりは見合って、笑った。彼らの心は今ひとつに……。


「フィオナだよな!」

「テリオス様ですよね!」


 なっていませんでした。


「……え、私ですか!?」


 突然の指名に声を裏返らせるフィオナ。誰がどう考えたって、八面六臂の活躍をしたテリオスが使うべきだと考えていたからだ。


 しかしこのテリオス、重度のゲーム脳である。


「そりゃそうだろ、フィオナの最強武器なんだし」


 ゲームにおけるミザールの剣は、主人公の最強武器であった。

 特に特殊効果の属性ダメージアップはシャイニングレイと相性が良い。器用貧乏になりがちな主人公を、一気に万能物魔アタッカーへと成長させる大事な武器だ。


 それを自分が使うなどという発想は、ない。


「こ、こればっかりは譲れませんよ!? 英雄様の使っていた剣ならば、テリオス様が使うべきです!」

「このミザールの剣は光属性と相性が良くてな……フィオナがこれ持ってシャイニングレイ打てるだけで楽になるんだ」


 焦るフィオナ、語るテリオス。


「だめですよ、テリオス様が使わないと!」

「いやいや、フィオナが持つべきだって!」


 さらに割り込んでくるエリーゼ。


「そうですわよテリオス殿下、あなたが持つべきですわ!」


 彼女としては『英雄の道標を持ったテリオスと婚約』出来ればよかったので、結果的にフィオナの援護をすることに。


「そうですよ、テリオス様がお使いください!」

「テリオス殿下!」

「いやでもフィオナが持ったほうが強いから……」


 問答は止まらない。その様子を見ていたエヴァンは、思わず天を仰いでしまう。


 それがいけなかった。




「じゃあさ……アタシが使ってもいいかな?」




 いつのまにかツバキが、ミザールの剣の前に立っていた。


「な、何でそうなりますの!?」


 エリーゼの声が響いたが、もう彼女の耳には届かない。

 ツバキはミザールの剣を引き抜き……乱暴に振り下ろした。


「伏せろ、みんな!」


 テリオスが叫ぶ。


 ――ツバキ、結局こうするのかよと思いながら。


 その瞬間、広間の天井が崩れ落ちた。落石と砂埃が彼らを覆えば、ツバキは小さく口笛を吹いた。


「凄いよねぇ……魔力の少ないアタシでも、これだけの威力が出せるんだから」


 彼女はミザールの剣をじっと眺め、感想を漏らした。

 この武器の最大の特徴は、仕様者の属性を増幅させることである。土魔法の使い手であるツバキが使えば、この程度は朝飯前だ。


「ツバキ、バカな真似はやめんか! お主はもう資格を手にしたのだ、英雄らしく振る舞わんか!」


 学園長が叱責する。だがツバキは肩を竦めて、言葉を返す。


「英雄らしく、か……そうだね、残念ながらこんなアタシでも資格を貰えたらしい」


 自分を卑下しながら、右手の甲を擦るツバキ。

 それから天井を見上げ、嘲るような笑みを浮かべた。


「けれど資格を持たない人間が持ったら、どうなる?」

「ハッ、そんな人間はこんな場所には来れんじゃろ」


 その後の展開を、テリオスは知っていた。

 剣を掲げ、ツバキが叫ぶ。すると地鳴りが響き、地上へと繋がる大穴を作った。


「来な、お前たち!」


 呼びかけに応じて、地上からは見覚えのある生徒たちが数名降りてきた。


「連合クラスで見た顔だな」

「こいつらはさるお方に仕えてた連中でね、アタシのいうことをよく聞くんだ……例えばそう、活きのいいのを連れてこいとかね」


 テリオスが呟けば、自嘲気味にツバキが応える。それから遅れてきたひとりが、もっと見覚えのある生徒を担いでいた。


「あれは……ダーレスさん!?」


 フィオナが声を張り上げる。しかし当の本人の耳には届きやしない。


「オレは、倒す……テリオスを、絶対に……」


 同じ言葉を何度も呟くダーレス。誰の目から見ても、まともな状態ではなかった。


「……まさか、お主は」


 そこで学園長がようやく気づいた。ツバキがこれから何をしようとしているかを。


「や、やめるのじゃツバキ! ミザールの剣を英雄以外が振るえば、魔力が暴走してしまうぞ!」

「だろうね。連合に残ってた文献にもそうあったよ……だからさぁ!」


 広間へと降り立ったダーレス。足取りはふらつき、目は虚ろだ。それでも彼の瞳はミザールの剣を見つめていた。


「さぁダーレス……滅ぼしてよ、全部!」


 ダーレスの足が一歩一歩剣へと近づく。その光景に、テリオスは見覚えがあった。


 本来のテリオス=エル=ヴァルトフェルドが、ミザールの剣を握る瞬間と同じだ。

 だからそこにいるダーレスは、自分の身代わりとしてそこにいるのだと。


 そして、震える手が柄を握った。ツバキの顔が昏く虚ろな笑みを浮かべる。


「アタシの大っ嫌いなこの世界を……ツバキ様のいない世界を!」


 この世界を許せない、たったひとつの理由を叫びながら。





 ダーレスが剣を握った瞬間、彼の持つ氷の魔力が暴走を始めた。迸るそれに気圧されながらも、エリーゼは必死で叫んだ。


「ツバキさん、どうしてこんなことをなさるのですか!? 壇上で未来を語ったあなたの瞳は、あんなにも輝いていたではありませんか!」


 エリーゼにとって今日までの学園生活は、決して望んだ通りではなかった。それでもツバキとの間には、確かな友情を感じていた


「ツバキさん、ねぇ……ごめんねエリーゼ、アタシは本当はツバキって名前じゃないんだ」


 だがツバキは首を横に振る。

 はじめからツバキという名は、彼女を指していないのだから。


「本当の名前は――」


 ――ちなみにテリオスは全部知っていたので。


「彼女の名前はカエデ。シェアト連合国の議長の娘に仕える侍女だったが、数年前に事故で最愛の主ツバキを喪ってしまった。しかし帝国と王国の二大列強国に挟まれた連合国としては、外交の手段になりうるツバキの死亡はあってはならないことであった。そのため連合は事故を隠蔽、年齢が同じで背格好の似ていたカエデにツバキの影武者をさせることに。カエデは表向きでは連合国に従いながらも、その心の内では最愛の主の存在を消し去った連合国、ひいてはこの世界を憎むようになったのであった……」


 代わりに全部説明してあげた。


「流石ですテリオス殿下、大変よくわかりましたわ!」

「いやなんで知ってるの大将!?」


 満面の笑みを浮かべるエリーゼ、驚き声を上げるツバキ。

 それからフィオナは尊敬の眼差しを向け、エヴァンはまたですかとため息をつく。

 おまけに学園長の視線を背中から受けながらも。


「そっ、そんなことは……どうでもいい!」


 彼は叫んだ、本当に大切なことのために。あと有耶無耶にするために。


「俺さ、最初は学園なんて行く気はなかったんだ。けれどいざ行ってみると……色んな奴がいて、それが結構楽しくて……来てよかったって、思ってるよ」


 自分の右手をじっと見つめれば、テリオスとしての人生が脳裏を駆け巡った。その中でも学園での日々は、楽しさに溢れていたから。




 ――自分のために、ここにいる。




 胸を張って、そう言える。


「だから、今一番大事なのは彼女の名前が何かじゃない。俺達の友達を……全力で助けることだ!」


 テリオスが剣を引き抜き、ツバキに向かって突きつけた。

 それに続き仲間たちも、次々と武器を構える。


「さぁ、みんな」


 テリオスの言葉に、皆が頷く。


 ――友を助けたい。その心はひとつだった。




「……ダー君を助けよう」




 のだが、テリオスだけ違う顔を思い浮かべていた。


「ダー君?」

「ダー君」

「ダー君……」


 聞き返すエヴァン、反芻するフィオナ、呟くエリーゼ。


「ダー君の方かぁ」

「まぁダー君じゃが」


 苦笑いを浮かべるツバキに、ため息を漏らす学園長。




「みんな……俺に力を貸してくれ!」



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