第40話 闇の皇子はわからせたい
テリオスの攻撃を喰らった学園長。傷口からは魔力が漏れ出し、その体を維持できなくなっていた。
「千年、か。長かったのう……次代の英雄を見つけるのは」
学園長はひとり呟く。瞼を開ければそこには、手塩に育てた生徒たちの姿があった。
「けれど、もう安心じゃ。主殿の『心残り』を終わらせられるのは、お主らのような若人じゃからな」
長い長い役目だった。
――英雄の『心残り』を終わらせるため、新たな英雄を見つけ出す。
それこそが彼女の役目であり、学園が設立された理由だった。
「これで安心して行ける……のう、ハヤト」
瞳を閉じて、長生きし過ぎたなと彼女は思う。
けれど、それももう終わりだ。
思い浮かべるのはいつだって、隼人と仲間たちとの楽しい日々。きっと彼らが待っているだろう。
さぁ、続けよう。ここではないどこかで、終わらない冒険の日々を。
「学園長……」
「あとは頼んだぞ、テリオス……」
テリオスは満足気に微笑む顔に手を伸ばす。彼にはわかっていた、きっと彼女の頭の中には楽しいことで一杯なのだと。
だから。
――その頬を、思いっきり引っ叩いた。
「えっ」
「何いい話で終わらせようとしてるんですか……?」
テリオスはキレていた。
彼らが味わった苦痛がこの程度で終わるはずもない。
「え、いやいい話で終わるとこじゃろ」
「みんな、提案がある」
体から魔力を漏らす学園長を無視して、テリオスは仲間たちと向き合う。
そして提案する、この恨み晴らす方法を。
「学園長の尻を叩こう」
一斉に頷く仲間たち。まだ彼らの心はひとつだった。
「――は!?」
素っ頓狂な声を上げる学園長。だがエヴァンは笑顔で尻を叩く素振りを始めた。
「それは素晴らしい考えですね」
「ちょ、こらエヴァン素振りをするな素振りを!」
エリーゼも杖を地面に置き、その場でシャドーボクシングをしてみせる。
「テリオス殿下、グーでもよろしいですか?」
「だ、ダメじゃエリーゼダメに決まっておるじゃろうが!」
ツバキは新しい矢を取り出し、鏃を指先で丁寧に拭く。
「あ、じゃあアタシは弓矢でいいかな?」
「ふざ、ふざけるでないそれはもう拷問ではないか!」
この期に及んで文句を言う学園長だったが、白い目を向けられてしまう。
そして一同は考える、どうするのが一番この学園長の成虫にダメージを与えられるかを。
「ここはやっぱり、一番力が強いテリオス様が私たちの分までやるのが一番かと」
フィオナの提案に全員が頷く。期待を一身に背負ったテリオスは、拳を高く突き上げた。
「ああ、みんなの思いは……絶対に無駄にはしない!」
「まて、それは担任に対する台詞ではないじゃろ!」
「問答無用だ……エヴァン、押さえろ!」
「任されました!」
学園長の文句を聞き入れる人間は、もはやこの場に存在しない。
罪人のように地面に押さえつけられた学園長が、その豊かな尻を突き出した。
「ひっ! 待て待てテリオス、素手でゴーレムを壊せるお主がやったら流石のワシもただでは済まぬぞ……あ、そうだ色々やるぞ! 金、はまぁそんなにないが成績とか卒業資格とか……」
つらつらと並べ立てる学園長の言葉が遠くなる。
開いた右手をじっと見つめれば、今日まで出会った色々な人の顔が過ぎった。
――あ、これ全員学園長の被害者だわ。
「これはグラス先生の分! これはラジー先生の分! これは教師一同の分!」
一、二、三発。瞳を閉じれば目に浮かぶ。
げっそりとしたグラス先生の姿が。
しかめっ面をして走るラジー先生の姿が。
あとため息をついている教師一同の姿が。
「これはジョージの分! これは食堂で働く一同の分! これは用務員一同の分!」
四、五、六発。思い出はまだ終わらない。
眉間に皺を寄せるジョージの姿が。
食材の数が合わないと焦るスタッフたちの姿が。
あの人が食べ歩きやめたら掃除の回数減らせるのにと愚痴る用務員さんの姿が。
「そしてこれが」
周囲を見回せば、皆が静かに頷いた。
最後の一発は。
「俺たちの……分だああああああああああああああああっ!」
めっちゃいい音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます