第39話 闇の皇子はブチギレる
頬の傷を拭いながら、エヴァンが呟く。
「精霊王……伝説では全ての属性を司るとされていますが、それが学園長の正体でしたか」
それが嬉しかったのか、体をくねくねさせ始める学園長。
「どうじゃエヴァン? ん? 朴念仁のお主でもこのワシのセクシーな姿に見惚れておるのじゃろ?」
エヴァンは思う。
確かに今の彼女が夜会に顔を出そうものなら、会場と視線を欲しいままにするだろうと。あるものは夢だと諦め、またあるものは人生を狂わせる……そういう魅力が今の学園長にはあった。
「そうですね、その姿であったなら」
「ふふん」
あったのだが、エヴァンの頭にあるのはまったく別のことであった。
「……棚の上の物を取るためだけに、呼ばれたこともなかったでしょうね」
「うっ」
エヴァンは本質的に真面目な仕事人間である。
だから学園の長に呼ばれたならば、例えどれだけ忙しかろうがふたつ返事でついていく。その後『あーすまん、棚の上の書類取ってくれ』と言われれば取る。
――そして内心で誓うのだ、いつかこの恨みを晴らしてやると。
エヴァンの言葉を皮切りに、次々と生徒たちが不満をぶつける。
「わ、私はテリオス様のために用意したクッキーを全部食べられました!」
まずはフィオナ。
彼女は平民の出だけあって、生徒たちの中で最も料理が上手だった。
その日も朝早くから目を覚まし、ジョージの協力を仰ぎ、敬愛するテリオスのために菓子を焼いた。それを昼まで冷ましとこうと、厨房の隅に置いておいたのだが。
不幸にも匂いにつられた学園長に見つかってしまい、その場で全部食べられた。
「うっ、うるさい! 勉強と無関係な菓子は没収じゃ没収!」
――だからフィオナは思う。あの羽根、蝶というより蛾みたいだなと。
次はエリーゼが怒鳴る。
「わたくしだって、本国に送る書類の判をまだ貰っていませんわ! おかげでどれだけの人に迷惑をかけているか……」
エリーゼは完璧な姫であった。見た目だけではない、仕事ぶりも含めてだ。
そのため、自分に関わる紙切れ一枚のために、どれだけの人が右往左往するかを知っていた。
「そ、それは明日やろうと思っていたのじゃ!」
学園長は嘘をついた。
だから、エリーゼは思った。
――絶対明日やらないなこいつ、と。
うつむきがちなツバキが呟く。
「アタシは、そうだね……なんかパシリやすいと思われてるのかな……」
具体性に欠けた文句だったが、テリオスたちは大いに頷いた。学園長は何かと雑事を彼女に押し付けていたのを知っていたからだ。
「し、仕方ないじゃろ他の連中はアレなのじゃから!」
アレ、呼ばわりされた一同が学園長を睨む。そして今、彼らの心がひとつになる。
――あんたが一番アレだろう、と。
「みんな、聞いて欲しい。今日までの日々はきっと……この時のためにあったんだ。溜まりに溜まったこの
テリオスは拳を握りしめる。
食い込んだ爪の痛みが、ゲームじゃないと教えてくれる。
そして、睨む。打ち倒すべき現実の姿を。
「全部学園長にぶつけよう」
一同は頷く。迷いはない、恐れもない。
すべてはこのアレな人を、全力でわからせるために。
「なんじゃなんじゃ、育ててやった恩を忘れおって!」
反論する学園長。
その一言が、最後の怒りを引き出す引き金となるとも知らずに
「育ててやった……だと?」
テリオスは、キレた。剣を構え直し、今日までの日々を思い出す。
「半分ぐらい」
そう、そもそも。
「自習だったじゃねぇかよーーーーーーーーーーーーーーっ!」
こいつには迷惑しかかけられてない、と。
テリオスが剣を構え突撃する。
もちろん学園長が応戦するが、次々に仲間たちから援護射撃が飛んでくる。
「な、なんじゃお主ら……急に動きが良くなったぞ!?」
真っ直ぐと剣を突き出せば、学園長が高く跳ぶ。
しかしエヴァンはその動きを待っていた。
「それは、学園長が!」
鋭いナイフの斬撃が、学園長の背中を狙った。振り返り防御に徹しようとするが、さらに追撃が飛んできた。
「今まで散々わたくしたちに」
「迷惑かけてきたからじゃないか……!」
エリーゼの火球とツバキの矢が、無防備になった学園長の背中を襲う。
三方からの攻撃に対応しきれなかった学園長は、焦りながらも風の魔法を身にまとおうとする。
「タ、タイム! タイムじゃっ! ちょっと腹の調子が悪くて」
「させません!」
だがフィオナの光魔法がそれを阻止する。おかげで一瞬の隙が生まれた。
「テリオス様!」
「任せろ!」
テリオスは地面を強く蹴り、学園長に向かって跳んだ。
「学園長……いや、ナヴィ=ガトレア!」
「なんじゃあっ!?」
本名を呼ばれ焦る学園長。テリオスは剣を握り締め、全力で叫んだ。
今、万感の思いを込めて。
「……くたばれええええええええええええええええええっ!」
会心の一撃を、放った。
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