闇の王子に転生したので、せっかくだから悪逆非道の限りを尽く……え、俺が英雄に?
ああああ/茂樹 修
本編
第1話 闇の皇子は自分のために生きたい
誰かための人生だった。
病院のベッドの上で、菱川友介はそう思った。電車で他人に席を譲り、同僚の仕事も引き受けて。そんな人生の終着点は、見舞いなど誰も来ない片田舎のベッドの上。
彼の母は言った、世のため人のために生きなさいと。それを守った哀れで善良な男は今、若くしてこの世を去ろうとしていた。
彼は願う。もしも人生をやり直せるなら、今度こそ世のための人のためなんかじゃない。
ただ自分のためだけに生きてやると。
大好きだった、物語の悪役のように。
◆
菱川友介の視界に映ったのはとんでもない美人だった。その驚きに耐えられなくて、たまらず大声で泣き出してしまう。
「あらあら、元気ですねテリオスは……そんなに陛下のお顔が怖かったですか?」
自力では止められない鳴き声を上げながら、彼は周囲を見回した。それでようやく自分のいる場所が現代日本などではない、ヨーロッパにあるような城の中だと気づく。
「ははっ、二人目でも慣れぬものだな」
もう一人、美人の隣りに立つ威厳溢れる男の顔をまじまじと見つめる友介。どこかで見たような、と疑問が湧くも答えはすぐには出てこない。
「さぁテリオスよ……属性鑑定を受けるのだ。なぁにすぐに終わる」
……ん、テリオス?
呼ばれたであろう自分の名前に、友介は覚えがあった。当然だ、病院のベッドの上でその名前を何度も何度も聞いたのだから。
「さぁお前の属性は何であろうな……余と同じ火か、それとも母と同じ風か? それともかの英雄と同じ光かも知れぬな」
マジック&ソードタクティクス。剣と魔法の世界で戦う大ヒットシミュレーションゲーム。大陸の中心に位置する学園を舞台にして、重厚なシナリオと終わらないやり込み要素が評判の名作である。
そして作中におけるテリオスは――。
「へ、陛下……その」
属性鑑定を終わらせた魔術師らしき男が、苦い顔をして皇帝に告げる。
「テリオス殿下は……闇属性でございます」
「なっ」
テリオス=エル=ヴァルトフェルド。作中に登場する『ラスボスより強い』と言われた闇の皇子。彼の扱う闇魔法には全てのプレイヤーが苦しめられた。
「おっぎゃああああああああああああああああああ! ばぶばぶぅ!」
よっしゃあ! の代わりに出た鳴き声が部屋中に響き渡る。友介はようやく理解した、自分があのテリオスに生まれ変わったのだと。
「闇属性か、ならば帝位は継げぬか」
皇帝が重苦しく口を開けば、母親らしき美人はその場で泣き崩れてしまった。
「だが皇帝の息子に生まれたのだ、このレグルス帝国の為に尽くしてもらうぞ」
やだよそんなの、とテリオスは思ったがすぐに考えを改める。
「例えそれが……血と悲鳴に塗れた道であったとしてもな」
そうだ今度の俺はラスボスより強いと言われた最強の闇の皇子だ。世界中から嫌われたって構わない、この立場と力を利用して……今度こそ自分の為に生きてやる。
例えそれが悪逆非道と言われようとも!
などという実現不可能な世迷い言を、その時の彼は思っていたのである。
自分の歩む人生が、嫌になるぐらい笑顔と感謝に溢れた道だとも知らずに。
◆
鏡に映る成長した自分を見て、テリオスはため息をついた。百億万点と言われた顔面も、紫がかった黒髪も、物理も魔法も難なくこなす強大な力も今や自分自身のものだ。
それでもテリオスには不満があった。いやむしろ、不満しかないと言っても過言ではない。
「殿下、パーティの準備が整いました」
ノックと共に入室するのは、灰色の髪をした執事であるエヴァンだった。
「ああエヴァンか……早いよな、俺達もう十五だぞ」
彼もまたマジック&ソードタクティクスの登場人物の一人である。悪役であるテリオスに付き従う敵キャラクターでありながらも、最期までテリオスと共にした忠誠心は女性ファンを虜にした。
とりわけテリオスとのカップリングはさらに濃い目の女性ファンから熱狂的な支持を受けている。マジック&ソードタクティクスの女性向けグッズの八割はテリオスとエヴァンな程だ。
「そうですね。五つの頃よりお仕えしていますが……殿下と過ごす毎日は退屈を感じる暇もありませんでしたよ」
「それ嫌味か?」
「ご想像にお任せします」
笑いながらも頭を下げるエヴァン。テリオスは彼が作中よりも砕けた態度を取っているなと日頃から感じていた。
「ま、俺に嫌味を言える奴なんて貴重だからな。許すぞエヴァンよ」
「はっ、恐悦至極に存じます」
「それも嫌味だろ」
「それはどうでしょうか」
だがそんな砕けた態度をテリオスは好ましく思っていた。もちろんその理由は、彼の不満と直結していた。
それから二人はテリオスの私室を後にし、『パーティ』の準備が終わった会場の前へと到着した。
「さて、開け」
豪華な扉に手をかけるも、テリオスの動きが止まってしまう。
「如何なさいましたか?」
「扉の向こうから嫌な予感しかしない」
嫌な予感。それこそがテリオスとして生きた十五年間における最大の不満だった。
作中におけるテリオス=エル=ヴァルトフェルドは間違いなく悪役であった。
それもただの悪役ではない、闇属性という生まれによって全てを狂わされ、力に溺れ力に飲まれた悲劇の悪役である。
だから彼の送る毎日は、それはもう周りから嫌われてたり疎まれりして当然だと、当のテリオスは考えていた。何より友介であった頃に憧れたのは、それでも我を通す彼の姿だ。
「そうですか。ではいつもの『アレ』をしては如何でしょうか」
「ああ、やるか……『悪役ムーブ』!」
そこで思い至ったのが、作中におけるテリオスの真似をするという愚行だった。
「どうせ無駄ですけどね」
「うるさいな……さぁ行くぞ!」
エヴァンの言葉に反論しつつ、テリオスは扉を足で蹴破る。
「祝え、愚図共が! このテリオス=エル=ヴァルトフェルドが……十五の誕生日を迎えたぞ!」
これがもし、本物のテリオスであったのなら。
使用人達は恐れおののき、両親は呆れたため息を漏らし、兄は汚物を見るような目を向けていただろう。
「……うっ」
だが、このテリオスは違った。
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このまま1位を目指して頑張りたいので、これから読んで面白いと思っていただけましたら★★★評価やフォローがまだの方はぜひよろしくお願いします!
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