第2話 闇の皇子は不満しかない

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおテリオス様が十五になったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ひぇっ」


 泣いて喜ぶ使用人達。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおテリオスが成人してパパもママもうれしいよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「こっわ」


 おかしくなった両親に。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお僕の十五の時のパーティより豪華だけど兄さん気にしないよおおおおおおおおおっ!」

「そこは気にしろよ」


 やっぱり泣いて喜ぶ次期皇帝の兄。


「やはり無駄でしたね、『悪役ムーブ』は」


 エヴァンがそう答えると、呼んでもいない楽団が音楽を奏で始める。長机の上には豪勢な料理が並べ立てられ、窓の外には帝都の住民が祝いの歌を歌っていた。


「何でこうなっちゃたのかなぁ」


 着座したテリオスが不満を漏らす。


 こうなっちゃった……悪役のくせに大人気になってしまった。それこそがテリオス=エル=ヴァルトフェルドにとっての人生最大の不満と誤算と失敗であった。


「何で、ですと?」

「あーいいぞジョージ、別に言わなくても」


 料理長のジョージがテリオスの静止を聞かずに言葉を続ける。テリオスは思った、俺のこと好きなら言うこと聞けや、と。


「いいえ言わせて頂きます、テリオス様の助言のお陰で帝国の食料事情は大幅に改善。昨年はなんと建国以来初の餓死者ゼロという偉業を達成いたしました」

「だって飯不味かったから」


 転生して真っ先に感じた不満は食事だった。芋と草とたまに肉という食卓は現代人であった彼には到底耐えられないものだった。


 なので彼は現代の知識を広めたのだが……魔法のある世界では、想像以上の効果を発揮してしまったのだ。


 おかげで今日のパーティにも高級フレンチ顔負けの料理がこれでもかと並んでいたので、それ以上テリオスは何も言えなかった。


「それにテリオスが兵を引き連れて盗賊狩りに精を出してくれているおかげで治安も大分改善しているからね。兄として鼻が高いよ」


 テリオスの兄が自慢げに言葉を続ける。


「それは理由があって」

「理由? それってもちろん……民の為だよね!」


 兄がそう言い切った瞬間、周囲から拍手と嗚咽が巻き起こった。テリオスが盗賊狩りをしたのも、結果として多くの人命を救ったのは事実である。


 だが嫌われ者を目指す彼がそんな善行に手を染めていたのは、当然ながら理由がある。


「なぁエヴァン……『フィオル』について進展はあったか?」


 それを知る唯一の腹心であるエヴァンに、テリオスは小声で尋ねた。


 フィオル、姓の無いただのフィオル。マジック&ソードタクティクスにおける『男』主人公の名前である。


「殿下の仰る金髪で光属性を持った少年のことですか?」


 彼の人生はいわゆる王道物語であった。帝国の片田舎にある村で過ごしていると、盗賊に襲撃されて光属性に覚醒する。それをたまたま通りかかった学園の関係者に見出され、特待生として招かれた……というのが物語の始まりである。


「相変わらず進展はございません」


 幼いテリオスは考えた、流石に主人公に関わるのはリスクが高いな、と。


 そこで彼が取ったのが、原因である盗賊の排除であった。しかし作中では具体的な村の名前が出なかったせいで、帝国中を駆けずり回る羽目になった、というのが真実であった。


「そうか、どっかで歴史が変わったのかもな」


 だがその功も虚しく、テリオスはついぞフィオルの足取りを掴むことができなかった。それを便りがないのはいい知らせ、ぐらいに考えていたのだが。


「ところで殿下、今年の特待生はフィ」


 だがテリオスは、とある重大な事実を忘れていた。それは現代のゲームでは何一つ珍しくもない、主人公におけるたった一つの仕様であった。


「おいおいエヴァン、あまりテリオスを独占するでないぞ」


 エヴァンの重大な一言を陛下が遮る。それが自分の息子にとって致命傷になるとも知らずに。


「これは陛下、大変失礼致しました」

「それでだな、テリオスよ。お前も晴れて十五になった……春よりアークトゥルス学園に通ってもらうぞ。皇子としての勤めであるからな」

「ああ」


 三月生まれであるテリオスは、来月にはゲームの舞台である学園に通うことが決まっていた。


「しっかり勉強してくるのだぞ、駄々をこねても駄目だからな」

「ああ」


 そもそも学園に行かなければよくね? と当然思ったテリオスだったが、その作戦は去年失敗していた。


「……ん、それだけ?」


 ここでテリオスが皇帝に聞き返す。自分が学園における使命は勉強だけなのかと。


 何故なら作中におけるテリオスには、皇帝より下された使命があったからだ。それはこの大陸の命運を左右する、『ある物』の奪取なのだが。


「うん? そうだが?」

「釈然としねぇ……」


 結局それについては触れられずに、皇帝はゆっくりと立ち上がる。


「それでは、我が息子テリオス=エル=ヴァルトフェルドの成人を祝い……乾杯!」


 皇帝が一口酒を煽ると、怒号のような歓声が沸き立つ。その騒音に顔を顰めながらも、テリオス自身も一口だけ酒を煽る。


「ま、このやかましい帝国から巣立ついい機会だ」


 ワインに映る顔を眺めながら、テリオスは笑う。


「今度こそ俺は学園という名の新天地で……自分のためだけに生きてやるぞ!」


 今度こそ今度こそ絶対に、自分の望む自分になってみせると。






「まぁ、それは無理でしょうね」




 もっとも彼の最大の理解者であるエヴァンは、それが不可能だと悟っていたが。

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